第十一話 激突!四間飛車
「おい、なんかはじまるらしいぞ」
「聞いたところによると、米山さんと誰かが将棋でタイマンするらしいぞ」
「えっ、あの米山さん?」
「そうそう、どうやら痴情のもつれで、部員が首をかけてるとかなんとか」
「それって、昔、うわさになった佐藤ってやつじゃねえの?」
「あのうわさ本当だったのかよ。米山さん、どうしてあんな地味なやつのことなんか……」
部室の外まで騒がしい。どうやら、誰かが噂を流しているらしい。きっと、文人だ。
そして、地味とかいったやつ絶対に許さない。おれの生存ルートだったらな。
「さて、覚悟はいいかしら? け・い・た・く・ん」
これはダメだ。完全に戦闘マシーンと化していらっしゃる。
この状態の先輩を止めるには、将棋で満足させるしかない。
「あ、あの、先輩?」
「あら、言い訳かしら? 無残に私を振った元パートナーくん?」
「誤解する言い方やめて。先輩のファンクラブに抹殺されちゃうから。将棋の研究パートナーで、それにまだ振ってないよ」
「あら、そう言って、私をダメンズウォーカーにしようと言うのね」
「だから、本当に……」
「ねえ、聞いた?」
「あいつサイテー」
「元カレだって? 明日の校内新聞の一面は決まりだな」
どうして、春休みなのにこんなにギャラリー多いんだよ、この学校?!
「それで、先輩? 手合いは?」
「そうね。平手で。先手はキミにあげる。わたしの、はじめ……」
「はじめての弟子としてですね。わかります」
おれは、大声で先輩の下ネタをかき消した。
将棋は、先手が有利だと言われている。だから、段位が下のおれに、その有利な方を譲ってくれたのだ。
ただし、それ以外は真剣勝負。
先輩の目はそう言っていた。
「それに、なにかをかけないと楽しくないわ。勝者は敗者の言うことをなんでも聞いてあげるということで……」
「なんでも、ですか?」
「そう、なんでも、よ。後輩くん」
とんでもないことになってしまった。なにを命令されるか、わかったもんじゃない。とりあえず、おれが勝利して、さっきの発言は冗談だとみんなの前で宣言してもらおう。そうしないと、明日の朝にはおれの首が将棋盤のうらにさらされてしまう。米山ファンクラブの原理主義者たちによって……。
「でも、お願いします」
「お、お願いします」
問答無用で対局がはじまってしまった。
おれは先輩の研究パートナーだ。だから、手の内はほとんど知っている。彼女が、「伝家の宝刀」を確実に抜いてくるということを確信していた。
序盤の手は、お互いにノータイムで駒を動かす。
そして、伝家の宝刀は姿を現した。
「後手4二飛車」
四間飛車戦法だ。
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人物紹介
米山香……
高校三年生、17才。
桂太の通う高校の将棋部部長。女子ながら、県下トップクラスの実力をもつ。
前回の県新人戦、準優勝者。全国大会ベスト8など輝かしい実績をもつ。
小柄でショートカット。明るい性格で、ファンが多い。桂太もそのひとり。
ざっくばらんすぎて、親しいひとには下ネタを連発する悪癖も……。
桂太が入学してからは、彼を研究パートナーに抜擢して、サンドバックにしていた。
四間飛車戦法の専門家。むしろ、四間飛車しか指さないので、対戦相手に簡単に対策されるも、いつも終盤で逆転し、敵をなぎ倒している。
守備力には定評があり、部内では桂太の上位互換とも評される。
「受ける青春」「ニコニコ流」「米山建設」など数多くの異名をもつ。




