第百九話 報酬
苦悩の末にすべてが報われる時がある。有名なマンガでそう言っていたのを思い出した。将棋ですべてが報われる時とは、たぶんこういう時だ。
「やったああああああああああああああああああああああ」
おれが、みんなの席に戻った時、みんなはそう言って祝福してくれた。
「よかったな。桂太。大金星じゃないか」
文人がおれの首をつかんで頭をごりごりする。
「桂太先輩、最後の寄せかたすごかったです」
葵ちゃんがそう言って抱き着いてきた。ああ、至福。
「すごかったです。兄さん」
かな恵がそう言って手をつかんできた。俺の株がストップ高だ。
「桂太くん。すごい将棋だったわ」
今回の最大の功労者である部長も珍しく素直に誉めてくれる。
「みんなのおかげです」
おれは、疲れはてながら絞り出すようにそう言った。
みんなの様子を見て、本当に勝ったんだなという実感が生まれた。
勝ててよかった。今は安心感しかない。
じゃあ、みんな向こうの部活の人と挨拶して、お昼休憩。その後、各自好きなように個人戦よ。
「はーい」
※
おれたちは、近くのファミレスで昼食を取った後、練習試合に戻った。
おれは、西内さんとの練習将棋をおこなう。
「あなたが、米山さんによって来る変な虫ね。成敗」
とか怖いことを言われたが、なんとか勝つことができた。
部長は団体戦で戦えなかった奏多さんと四間飛車vs左玉の相振り対決を演じていた。
互角の将棋は、大熱戦となり、最後には千日手が成立した。本来ならば、指しなおしだが、今回は引き分けということになったらしい。
驚いたことは、葵ちゃんだ。彼女は有段者たちに次々と勝負を挑まれて、得意の中飛車でバシバシと終盤に切り抜いていった。
ピンチになっても得意の終盤力で大逆転の魅せる将棋だ。
敗れた有段者は、超正確な葵ちゃんの将棋を見て、「まるでコンピュータ」だと震えていた。
たしかに葵ちゃんの将棋は、コンピュータのようにすごい。終盤に不利であれば、こちらが負けてしまうので逆転もできない。勝つためには序盤でポイントを稼ぐしかないが、ポイントを稼いでも、一手のミスが命取りとなりうる最強の初心者。
考えただけでもおそろしい。そして、彼女はまだ成長途中だということが一番の恐怖だ。
文人もかな恵も勝ち越す結果を残していた。全国名門校とのこの結果は、おれたちのいい自信となった。
こうして、おれたちは、充実した合宿2日目を過ごした。
※
「今日は、ありがとうございました」
わたしは奏多さんにそう言ってあいさつした。
「ええ、こちらこそありがとう、米山さん」
わたしたちは握手する。
「しかし、みごとに当て馬にされたわ。まさか、あんな隠し玉を持っていたなんてね」
「葵ちゃんのこと?」
「ええ、あの子も本当にすごい才能の持ち主よ。でも、もっと、上がいる。わかってるんでしょう?」
「ええ、もちろん」
「わたしを生贄にするなんて、ちょっとだけむかつきましけどね」
いつもの上品な口調が崩れていた。それほどまで、彼との敗戦がショックだったということか。
「彼は最高よ。だって、わたしの秘密兵器だから」
「魔法使いの弟子ということね」
わたしたちは笑いあう。
最後の夏の大会まであと1か月。
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用語解説
左玉……
お互いに振り飛車戦法を採用した際に用いられる右玉の親戚戦法。
ひたすらカウンターを狙っていく。




