第百七話 逆転②
「おお、桂太が、奏多さんに王手をかけた」
文人くんは、そう言って驚きの声をあげた。
そう、この王手をかける手順は、流れるように美しかった。
でも……
「部長、形勢をどうみますか?」
かな恵ちゃんがわたしにそう聞いてくる。たぶん、彼女もわたしと同意見なのだろう。
「かなり、悪いわね」
「やっぱりですか」
わたしたちは同時にため息をつく。桂太くんは、俗に言う「勝負手」を連発している。かなり鋭い手だ。普通の人なら、すぐに間違えてしまうような、本当に鋭い一手。でも、その鋭さを奏多さんは正確に受け流していた。それができる彼女はやはりトップクラスの実力者だ。
「葵ちゃん、詰み筋ありそう?」
終盤は、葵ちゃんに聞け。わたしたちの合言葉だった。
「うーん、ミスをすれば、わからないですけど、正確に指せばたぶん逃げられそうな気がします」
葵ちゃんはやはり、ほとんど読み切っているようだ。さすがは、最強の初心者。
「うーん、やっぱり厳しいかもね」
「そうですね」
ふたりともそう言ってうなだれる。
「ふたりともあんまり悲観的にならなくていいわ。この勝負、桂太くんが有利だから」
わたしは自信満々にそう言った。
これは、お世辞ではなく、たしかな確信だった。
「この勝負、桂太くんが勝つわ」
だって、わたしの弟子なんだから……
※
やっぱり、奏多さんは強かった。おれが何度も勝負手を放っても、動揺することなく最善手を見つけてくる。これが全国クラスの安定感。
ゆるぎなく力強い将棋だ。この戦いはとてもおもしろい。負けそうな自分が言うのもなんだけども……
さあ、最後のテクニックのお披露目だ。
逆転のテクニック3「盤面を複雑化させる」
これも当たり前の話かもしれない。盤面をどんどんカオスにしていくことで、相手を動揺させて間違わせるのだ。
対局者二人が泥沼でもがき苦しみ、最後に強いほうが勝つ。
おれは、奏多さんの王に詰めろをかけた。
これで盤面はどんどん複雑化していく。
しかし、この一手は、簡単に歩で防がれてしまった。
さらに、奏多さんの王は、前に向かって前進していく。文人がやられた入玉作戦だ。相手の王が、おれの陣地に入られたら確実に敗戦となる。右玉の将棋では、玉が柔らかいため、入玉を志向することが多い。つまり、ここまでは奏多さんの作戦通りだ。おれは飛車を動かして、少しでも相手の退路を防ごうとする。しかし、それによって相手が攻撃する余地を与えてしまった。
猛烈な王手がおれの王に襲い掛かった。




