第百四話 右玉②
おれは、矢倉の完成前に角を交換した。本来ならば、矢倉が完成してからおこなうべき手順だが、今回は攻める気持ちが強く出た形だ。
奏多さんもノータイムで角を交換した。ここまではすべて想定内という表情だ。
おれは次の手で矢倉を完成させた。
矢倉と右玉がお互いににらみ合っている。こちらから仕掛けるのが、セオリーだが…… なにか嫌な予感がした。この先に罠が待ち構えているような危険な予感が。どうする。おれは悩みながら攻撃の準備をおこなう。
しかし、奏多さんの構想はおれを上回るものだった。
やはり、彼女は専門家だ。
一番下の段にいた飛車が急展開して、おれの飛車とにらみあったのだ。
これは……
攻める右玉。本来ならば、カウンター戦法のはずの右玉側から攻めてくる積極策。バランスを重視することで、守備を薄くしている右玉側からみるとハイリスクハイリターンな戦い方だ。おれの当初の計画ももろくも崩壊していく。
「びっくりした顔しているね」
奏多さんは意地悪な笑顔になっていた。
「そりゃあそうですよ。考えていた対策がすべて崩れましたから」
「そうでしょう、そうでしょう」
「くっ」
「ここからは力勝負よ。お互いに楽しみましょう」
そう言って、奏多さんは飛車先の歩を伸ばしてくる。主導権は向こうに握られてしまった。
おれは対処療法的に駒をうごかさざるを得なかった。
※
「弱ったわね」
「そうですね」
珍しく部長とかな恵ちゃんの意見が一致した。
「なにが困ったんですか?」
わたしはよくわからないので、聞き返す。
「右玉はカウンター戦法なんだけど、ごくたまに自分から動いてくることがあるんだよ」
文人先輩が教えてくれる。
「今がその状況ですよね」
「うん、桂太は攻めるために陣形を組んでいたんだけど、それがあだとなってしまったんだ。
「どういうことですか!?」
「桂太の陣形はかなりもろいってこと」
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人物紹介
奏多エリ……
高校三年生。アマチュア三段。右玉使い、別名「右玉の女王」
カウンター主体の将棋を得意とし、全国大会の常連までのぼりつめた。
バランス感覚に優れた棋風で、強烈なカウンターを持ち味とする。
前回の大会では、米山部長と個人戦ベスト8をかけて激突。
四間飛車vs糸谷流右玉で死闘を繰り広げて惜敗している。
用語解説
右玉……
居飛車戦法に分類されるが、かなり特殊。
王と飛車を接近させて、バランスよい陣形を作る。
カウンターを主体とする戦い方。
相居飛車、対振り飛車(別名「糸谷流右玉」)どちらにも対応が可能。




