第百三話 右玉
今回は、最終局ということもあって、振りゴマで先後を決めることになっていた。振りゴマとは、歩を5つほど振って、表が出るか裏がでるかで先手後手を決める方法だ。
結果は、表が4枚。おれが、先手となった。
これで一安心だ。将棋は先手が少しだけ有利なゲームだと言われている。プロの結果を見ると、先手の勝率が51から55パーセント前後で推移しているのもそれを裏付けている。先手のほうが主導権を握りやすく、戦法の選択権も取りやすいことが大きい。
おれは、さっそく飛車先の歩を伸ばして、居飛車を明示した。
今回の対局内容ははっきりしている、対右玉だ。
右玉。それはカウンター主体の超守備的な戦法。卓球でいうところのカットマン。
相手の攻撃をひたすらかわして、陣形を崩させて、最後に強烈なカウンターを叩きこむ。
陣形を乱されているので、それが致命傷となり敗北を迎えるのだ。これが対右玉の負けパターンだ。このカウンターパンチをとても警戒しなくてはいけない。特に相手は、高校将棋界最強の右玉使い。右玉の女王だ。
おれは、慎重に陣形を整えていく。
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右玉は、最初は振り飛車か角換わりか右玉かわからない時が多いのだ。おれも疑心暗鬼になりながら、守備陣を整える。もしここで、奏多さんが違う戦法を採用したら、おれが用意してきた対策はおじゃんとなる。ここが正念場だ。
おれは得意な矢倉囲いを採用した。上からの攻撃に強いため、右玉のカウンター攻撃をある程度防ぐことができる上に、囲い自体に攻撃力が付加されているため、大乱戦の終盤でも決定打になり得る。
おれは、普通の矢倉ではなくて、矢倉早囲いという戦い方を選んだ。
こうすることで、さらに早く攻撃準備を整えることができるのだ。おれは、右玉に対して攻撃の速さで対抗しようと考えた。
奏多さんは、迷いなく右玉を採用した。
その陣形は、とてもバランスが整えられていて、スキがほとんどない。おれが、この陣形を無理やりこじ開けなくてはいけないのだ。
頭の中でトレーニングした右玉崩しの手順を思い出す。この対策に抜けはないのか。もしかしたら、右玉の専門家だけに伝わる定跡の裏道があるかもしれない。それがあったら、この対策は終わりだ。
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「葵ちゃん、よく見ていなさい。あれが矢倉対右玉よ」
部長がわたしに説明してくれた。
「ふたりとも、お互いのエース戦法を採用してのぶつかり合いってことですよね」
わたしはそう聞き返す。
「うん。お互いに盤面全体を使って戦う戦法よ。いかに支配領域を拡大できるか。早く相手の守備陣に食い込めるか。それが問題になってくるはず」
部長の声は少しだけ震えていた。




