第一話 邂逅
おれは、佐藤桂太。
今年、高校二年になった男子だ。趣味は将棋で、特技も将棋、部活も将棋部。
母さんが小さいころに亡くなって、おれは父さんと二人暮らしだ。
「遊び相手もいなくてさびしいだろうから」と小学生時代に父さんから将棋を教えてもらい、熱中した。今ではアマチュア三段。去年の新人戦では、県大会ベスト8まで進出できた。自分で言うのもなんだが、将棋部のホープと言われているのだ。だから、期待にこたえたい。そんな理由で将棋漬けの灰色な高校生活を送っている。
布団から起き上がる。
カーテンを開けて、窓から外を眺めると、近所の公園から桜の花びらが舞っていた。もうすぐ、春休みも終わってしまう。
そんな感傷的な気分になりつつも、友だちと遊ぶわけでも、予定があるわけでもない。
今日は部活も休みなので、一日中家にいる予定だ。でも、おれは今日を楽しみにしていた。
「よし、やるか!」
おれは、顔を洗って、台所から食パンを数枚拝借すると、すぐさまデスクトップパソコンの前に駆け込んだ。すぐさま、それを起動させる。
「いまどき、高校生がパソコン?」とか言われてしまうかもしれない。たしかに、将棋で遊ぶだけならスマホやタブレットでもいい。しかし、パソコンは将棋好きには必須アイテムなのだ。高校入学祝いに父さんにねだって、高スペックパソコンと勉強用の将棋ソフトを買ってもらった。このパソコンのハードディスクには数千ものプロの棋譜とおれの実戦譜、詰将棋や将棋本の電子データが入っている。おれの宝物だ。
起動時間すら惜しい。パスワードを高速で入力すると、おれはすぐさまブラウザを立ち上げた。
そして、お気に入りのサイトを開く。
開いたサイトは、「将棋道場48」
インターネット黎明期からある老舗の将棋サイトだ。ここでは、プロや全国大会優勝経験をもつアマチュアから、コマの動きをおぼえたばかりの初心者・ネズミ将棋という初心者用AIなど幅広い相手と戦うことができる。おれも10年以上使っている。
予定がない日は、いつもここに入りびたっているのだ。
「今日は、昼までに5局はやりたいなっ」
そう言いつつ、早速対戦相手とマッチングした……。
※
「よし、3連勝!」
今日は、とても調子が良い。おれの居飛車は絶好調だった。
1戦目は、おれとほぼ同等の実力をもつ相手だった。
矢倉という盤面全体で戦う総力戦にもちこまれたおれは守勢に立つも、相手のミスを誘発させて逆転勝ち。おれの得意な流れとなった。
2戦目は、vs四間飛車。
カウンターを狙ってくる相手を、抑え込んで完勝した。
3戦目は、横歩取り。
案の定、乱戦になったが、本に書いてあった手順となり圧勝した。
全部、得意の守備を生かしての勝利だった。こういう自分の持ち味がでる戦いはとても嬉しい。
ポイントもどんどん上がっていく。
「夏の大会までに、四段になれちゃうかもな……」
そんな風に調子に乗っていた。四段なら、県大会の優勝だって狙えるかもしれない。去年の新人戦準々決勝で敗けたあいつにリベンジして今度こそは……。
そんな夢まで見ていた。
最高の休日だった。
そう、ここまでは……。
『新しい対戦相手とマッチングしました』
パソコンの画面は、おれにそう告げた。
「やってやるぜ」
おれはチャットであいさつし、歩を動かした。
対局がはじまった。
「えーっと、お相手は<kana kana>さんか。はじめて戦う人だな。女子みたいなハンドルだけど、きっと男だろう。このポイントだと、おれと同じアマチュア三段だな」
プロフィールを見ながら、相手の初手を待つ。将棋界に、女性は貴重だ。だからなのか、みんな女性みたいなハンドルをつける男も多い。俗に言う「ネカマ」さんだ。おれも以前、一本釣りされてしまったことが……。
「なっ!?」
おれは、相手の初手を見て驚愕する。バカな考えは吹き飛んでしまった。そこには、驚くべき一手が記されていた。
「後手、4四歩」と……。
――――――――――――――――――――――――――――
人物紹介
佐藤桂太
……主人公。16歳、高校二年生。幼少期から将棋にはまり、アマチュア三段の腕前となる。居飛車(飛車を初期位置からあまり動かさずに、縦の攻めをおこなう)党で、正統派な将棋を好む。防御重視の棋風。自分の陣地を防御で固めるよりも、相手の自由度を奪う厚みを築くことが多い。
得意戦法は、矢倉や対振り持久戦。
用語解説
アマチュア段位……
一般的な最高位は六段。
六段→アマチュア全国大会の優勝者クラス
五段→全国大会の準優勝者クラス
四段→県の代表者レベル
三段→県大会上位クラス(桂太)
二段→県大会予選突破レベル
ブックマークや感想等お気軽にお願い致します。
とても励みになります!
累計PVが45万を突破しました。本当にありがとうございますm(__)m