両親を失った15歳の娘を戦場へ出したのは、その娘の親になれない俺でした。
俺は彼女を巻き込みたくなかった。
まだ15だぞ、俺らみたいな老兵はともかく…。
いや、せめてあいつだけは…。
「キーロン!ちょっと聞いてるの!?」
「あぁ、すまない。どうした、マーシャ?」
無線機からマーシャの声が響いていた。
「別に何でもないけど、キーロンと話したかっただけ」
俺らは先の大戦で敗北した敵性勢力の残存軍。今はテロリストと言ってもいいかもしれない。
そして誰が言い出したのか、最後の足掻きとして敵基地の一番弱い、陸海軍併設基地を制圧しようという作戦がまかり通った。作戦の要をマーシャとして。
「そうか、マーシャの方は大丈夫か?」
「うん!みんなの調子もいい感じ!」
「いや、みんなの方じゃなくて、おまえの事だよ」
「え、私?私は大丈夫だよ!だって、お父さんとお母さんの無念を晴らせるからね!それに、この作戦なら勝てるよ!」
なぜ、マーシャがこのような状況に置かれているかというと、マーシャは親を殺された恨みからこの作戦の旗振り役となり、勝利の女神を演じていたからである。
「そうか…」
「……どうして元気ないの?」
「いや…」
「大丈夫、きっと大丈夫だよ…」
「そうだな…」
別に作戦の成否を案じているのではない。ただ、マーシャの事が…。
いや、これでは親の言い分だ。俺がどれだけ親しみや愛を込め育てたとしても、マーシャの親には敵わない。
マーシャの両親が亡くなったのは5年前だ。街に敵の軍隊が進駐してきて、目の前でなぶり殺しにした。
そこから俺が引き取り、親のつもりで接してきたが、きっと彼女は本当の親しか見えていないんだろう。でなけりゃ、こんな作戦の旗振り役なんて…。
「キーロン、作戦時間」
そう呟くようにマーシャから無線が入ると同時に、海側より潜水艦からのミサイルと、駆逐艦からの巡航ミサイルが、白い尾を引いて軍港、レーダー、通信施設に爆発をもたらす。
着弾と同時にヘリポートの爆薬が作動し、敵の戦力手段を奪っていく。
「行くぞぉぉぉー!!」
第1部隊は対戦車砲を放って、派手に正面ゲートを突っ切る。
それに続いて、第2部隊第3部隊第4部隊が突っ込み、それぞれ目標を目指して進軍を開始する。
「こちら航空支援01、キーロン大尉より発する。各部隊の目標を乞う」
「こちらブラボー1、ポイント54に敵の装甲車
「確認した。空対地榴弾砲、ファイヤー!!」
「弾着確認、命中、撃破、支援に感謝する」
海からの奇襲と、地上からの奇襲、二つのことが同時に起こり、敵もパニックを起こしているようだった。
地上部隊の進行は順調そのものだった。しかし、まだ気は抜けない。
「作戦をフェーズ2へ移行する!海上部隊、ミサイル発射!」
巡航ミサイルの第2波が、兵舎、兵器保管庫などに飛んでいく。
海中からは魚雷が、軍港を塞がれ行き場を失った軍艦に全弾命中する。
「こちら、観測機スワロー、海軍施設の被害は中程度!」
「よし、これより、航空支援をしばらく中断する!マーシャ…生きて帰ってこいよ…降下!」
後部のハッチが上下に開き、空挺部隊が降下を開始する。
地上部隊のおかげで対空砲は殆ど消し飛んでいるが、油断は禁物だ。
次々に降下した部隊がパラシュートを広げて基地内に入っていく。これは敵にも見えているだろうが、地上部隊の援護、もとい陽動が効いているかが鍵だ。
「マーシャ、大丈夫か?」
「うん、何事も無く降りられたよ。対空砲の一発も上がってこなかった」
「そうか…」
マーシャは空挺降下する部隊のリーダーを任され、作戦指示の為に直接話せる無線を持っている。
思ったより作戦は順調なのかもしれない。
「負傷者はの数は?」
「現在、チャーリーチーム、デルタチームで1名ずつ被弾、計2名の負傷者です」
ホッと息を吐きたいのをグッとこらえる。不謹慎以前にまだ作戦が成功したわけじゃない。
この作戦の最終目標は、基地の制圧、つまり敵の無力化だ。敵戦力が残っている以上、安堵な態度は禁物だ。
その時、気になる無線が耳についた。
「こちらブラボーチーム、敵装甲兵を確認!」
装甲兵…?そんなの、斥候の報告にはなかったぞ?
「こちらブラボー1敵装甲兵に…うわぁぁぁ!」
「おい!どうした!ブラボーチーム!応答しろ!」
バイタルモニターを見ると、ブラボーチームは全員意識不明か…死亡…。
「全部隊に次ぐ、敵装甲兵に気をつけろ!」
入った直後、轟音ととてつもない風切り音が機体の脇をかすめた。
「まさか…!!」
次の瞬間、エンジンが爆発し翼が折れる。
あまりの衝撃で舌を噛みそうになる。
機体は地上に向かって落下していた。
どうして…敵航空機が…。
思ったところでどうにもならないことを、当てどころもないのに湧いて出てくる。
機体は敵基地のど真ん中に落ちた。
強い衝撃を最後に意識が消える。
意識が戻ると地獄絵図が広がっていた。機体の爆発は周囲を巻き込んで大規模な火災となっていた。
誰かが走ってくる。
「……っ!……っ!」
ん?誰かが、何か言っている…?
「…ぉん!…ーロン!ねぇ、キーロンってば!」
「マー…シャ…」
「キーロン…」
被さるようにして、マーシャは俺を抱きしめる。
それに応えようと腕を持ち上げるが、両手とも肘から先がない。
それを見た瞬間、痛覚の反応が著しくなる。
「うっ!グアァっ!くっ…」
痛みで叫びだしそうなのを必死にこらえる。
見えはしないが、下半身の感覚もなくなり、お腹あたりにも何で負ったか、痛みが溢れ出てくる。
「マー…シャ…俺は…もう…」
「ヤダっ!何を言ってるの!?」
まだ幼く、光に満ち溢れた瞳は、明らかに駄々をこねる子供のよう…。
「き、聞いて…欲しい…」
「ヤダよ!まだ…私は…」
「すまない…」
そうだ、これは彼女にとっては、大事な大事な敵討ち。それが、こんな形で失敗するなんて…。
むしろ、俺は今までで一番恥ずかしい姿を見られてるみたいだ…。
「ごめんな、マーシャ…俺は、お前の親になれなくて…」
潤んだ瞳から大粒の涙が溢れる。
「泣くなよ…俺は、お前の親の…代わりになれなかった、ただのオッサンだよ…」
「そんなことない!そんなこと、ないから…」
「良いんだ、親になろうとして…なれなかった…お前の両親に会ったら、絞め殺されそうだな…」
笑顔を作る、つもりが表情が引きつってうまく笑えない。
「ここにいる、連中は…人の形をした、怨念の塊だ…俺は、お前に…お前だけには…」
「違うよ!」
突然の否定に、話の続きが遮られる。
「私…私はね、お父さんとお母さんがいなくなってからは、キーロンに、親として家族になって欲しかったんだよ…」
確かにその言葉は予想外だった、しかし、驚くほどの余裕はなく、外から見たら無反応かもしれない。
「キーロンも親になろうと努力してた、と思う。でもどこかで、自分は親じゃないって思っていたんじゃないかな?」
それは間違いなく事実だ。だったらなぜ、この作戦の旗振りなんか…。
「それでね、私がどこか無意識に、お父さんとお母さんを連想させる言動を取っていると思ったの」
「それは…グファっ!」
否定してやりたい、お前のお父さんお母さんを意識していたのは俺だと、だからお前は何も悪くないと。
しかし、喉元から血反吐が上がって、否定を許さない。
「無意識のレベルでお父さんお母さんを忘れるにはどうしたら良いのかな、って考えてたら、この作戦の話を聞いたの。恨みを晴らせれば、無意識にでも良い意味で忘れられるんじゃないかなって」
倒れて見上げることしかできない自分を酷く呪った。
今すぐにでも立ち上がって、その涙を拭ってやりたい。抱きしめて少しでも安心させてやりたい。
それができない精神的な痛みが、身体的痛みをともなって、体に巻き付く。
「キーロンがいなくなったら、私、どうしたら良いの…?」
「マーシャ…この作戦で、俺たちの戦争は終わる、悲しいことも怖いことも、全部終わるんだ。恨みも憎しみも、全て無くなる。そんな世界になるんだ。素敵な事だろ?」
「でも…!!」
「良いかい?お前は、可愛らしくて美しい女性だ。軍人上がりだから、力も強い…きっとお前を幸せになれる…」
うっ、うっ、と声にならない声でマーシャは泣いている。
涙を止める手立てが無いから、明るい未来の話をしてやってるのに…こいつときたら…。
悲しませたく無いのに、なんでかなぁ…。
「キーロン…」
視線だけで返事をする。
「大好きだよ、お父さん…」
その瞬間、言われた言葉が頭を貫いて、全ての痛みから解放された。
なんだよ、その笑顔は。クシャクシャじゃねーか。笑って送ってくれなんて誰も頼んでねーぞ。
でも、手向けにその表情は…あぁ、俺は贅沢者だな。
ありがとう。強く生きろよ、マーシャ。