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4 ヴェルカの猟犬







 衛兵たちは森の街道で惨殺された死体を囲んでいた。


「酷いな。これをやった奴はイカれている。魔獣だってここまで死体を散らかさん」


 老年の衛兵が口元を押さえながら呟いた。


 若い兵士がひとり繁茂の影で吐いていた。


「新入りにはキツイ仕事だな」先輩格の衛兵が嘔吐する兵士を眺めながら顔を歪めた。「まあ、俺たちからしてもキツイことにかわりはないが。しかしこの死体を見ろ、この胸元の装飾品・・・こりゃあ共和国ギルドで銀級シルバー・クラスを証明する銀細工だ。序列第三位の冒険者が虐殺されたってのか」


 彼の発言に兵士たちはざわついた。


「銀級? そりゃマズいんじゃないか」「ギルドに知られたら管轄権の争いが起きるぞ。奴等身内には甘いからな」「いや、いっそ共和国ギルドに一任するべきじゃないか?」「確かに。犯人が何であれ、私たちの手に負える相手じゃない」「しかし銅級ブロンズ・クラス以上の冒険者には基本的にギルドは干渉しないんじゃなかったか? すべて自己責任のはずだ」「どっちにしたって厄介だよ」


 空が真っ赤に染まっていた。じきに夜だ。


 口々に言葉を交わす彼等の耳に、足音が届いた。


 兵士たちの間に緊張が走り、みな腰の剣に手をかけ、音のした方向を睨んだ。


 ひとりの男が近づいてきた。いわおのような筋肉に覆われた大男だった。外見だけを見れば巨鬼オーガに見えなくもない。ゴツゴツとした異貌の中に剣呑な瞳が浮かんでいた。


 男は衛兵たちに「退け」と一言浴びせた。地の底から響くような、聞くものを震え上がらせる声だった。


 兵士たちはその声に気圧けおされ一歩下がったが、正義感の強いふたりの兵士が恐怖を押し殺し男の前に立ちはだかった。


「なんだお前は!」「ここは現在通行禁止だ!」


 がなり立てるふたりの声が不意に苦痛の呻きに変わる。ふたりの咽喉から鮮血が噴き出す。彼等は膝から崩れ落ち、喉を掻きむしるように押さえたが血は止まらず、地面の上でのたうち回りながら死んだ。


「ゲオルグ様の道を遮るなんて」


「まったく礼儀というものを知らない兵士たちね」


 一体いつ現れたのか、いつの間にかふたりの美女が大男の横に立っていた。白い肌の女だった。ふたりの顔は瓜二つだった。ポニーテールに結われた赤毛まで同じだった。彼女たちはその手に奇妙な武器を握っていた。握り拳から飛び出した一枚の刃が血に濡れていた。砂漠の民族よりこの国に持ち込まれた武器、刺殺剣ジャマダハルだ。


 彼女たちの胸元には共和国ギルド序列第二位を示す金級ゴールド・クラスのプレートがあしらわれていた。


 双子の冒険者、シジナとカガネ。


「どうしますかゲオルグ様」


「邪魔ですので皆殺しにしましょうか」


「その必要はないだろう」ゲオルグと呼ばれた大男は兵士たちを睥睨へいげいし、もう一度呟いた。「退け。殺されぬうちにな」


 兵士たちは仲間の死体を抱え、逃げるようにその場を後にした。死体を担ぎ上げるとき、兵士のひとりが大男を見上げ、目を見開いた。薄闇の中に泰然たいぜんとたたずむゲオルグの首筋にそれを見つけたのだ。兵士は顔を伏せ、汗を滝のように流し、もつれる足で逃げた。


 悪魔の角の生えた猟犬の刺青。大男の首筋にはそれが刻まれていた。











「『ヴェルカの猟犬』。それが僕とお嬢様を狙っている男の正体です」


 アシュレイは真剣な顔でそう語った。ヴェルカの猟犬という名を聞いただけで、隣に座るリリィの肩がわずかに震えた。


「その、キドカさん」


「キダカだ」ふたりの正面に座るラセツはアシュレイの発音を訂正した。「ラセツ・キダカだ」


 三人は飯屋の一席にいた。騒がしい店内の中でも比較的静かな隅のテーブルで向かい合っていた。ラセツは肉とスープを腹に収め、茜色の蒸留酒を飲み干し、もう必要な物は何もないというようにふたりの話に耳を傾けた。これまでの経緯を語ろうとしたアシュレイに「お前等の身の上話に興味はない。重要な部分と依頼の内容を手短に話せ」とラセツは冷たい眼を向けた。話など聞く必要がなかった。リリィと呼ばれる少女は身なりこそ質素だが明らかに平民とは違う空気を発散しており、間違いなく貴族、あるいはそれに類する上流階級だ。アシュレイという御付きの騎士がいることからもそれは明らかだった。ふたりは薄汚れ、緊張していた。疲れてもいた。そして昼間の森の中での出来事・・・そこまでわかれば話を聞かなくとも彼等の状況は想像できる。このふたりは逃げているのだ。何者かから。


「すいません、この国では聞いたことのない名前なので」アシュレイは謝ると気を取り直したようにラセツを見た。「それでキダカさん、『ヴェルカの猟犬』を知っていますか」


「あいにく俺はこの大陸に渡って日が浅い」


「そうですか・・・ヴェルカの猟犬とは、この大陸中に悪名とどろく、凶悪な傭兵集団です」


 アシュレイはいったん言葉を切り、ラセツの反応を伺った。相変わらずの無表情だったが、わずかに口元が嗤った気がした。


「いつ結成されたのか、団員が何人いるのか、正確には不明です。わかっているのは奴等が極悪非道の殺戮集団であり、全員が凄腕の狂人、そして金さえ積めばどんな仕事だろうと引き受けるということです。奴等の逸話には限りがありません。マギアル王国の内戦で街ひとつを壊滅させ、シュナド帝国の浄化運動では五つの民族を滅ぼし、法国の異教弾圧遠征に同行し虐殺の限りを尽くした・・・団員全員がA級、あるいはS級の賞金首であり、その危険度は【血の巡業団ブラッディ・トループ】【グラントン盗賊団】【亜人解放戦線】に並ぶといわれます。僕たちはそのヴェルカの猟犬のひとり、『裏切りの騎士ゲオルグ』に狙われているんです」


 ラセツの眼が陰惨な光をおびた。


「そいつは何者だ」


「元シュバリレード法王騎士団、剣聖のルドルフ直属の弟子にして、師を殺しその大剣を奪った男、ゆえに裏切りの騎士」


 アシュレイは絞り出すように呟いた。


「奴は恐ろしい男です」












 ゲオルグは眼前に広がる惨状を無機質な眼でみつめた。


「ディノス・マクシェインからの連絡がないと思ったら」


「もう死んでいたんですね」


 双子は眉をひそめながら呟いた。


 ゲオルグは惨状の中に踏み入った。固まった血が割れる音が森の中に響いた。酷い臭いだった。群れのような蝿が彼の顔を叩いた。らされた肉の塊があちこちに転がっていた。ゲオルグは無表情でその死体を観察した。ヴェルカの猟犬ほどこういう状況に慣れ親しんだ者たちはいない。猟犬自身がこういう虐殺を繰り返してきたのだ。


「鮮やかだ」


 ゲオルグはディノスの生首の切断面を見て、称賛の言葉を漏らした。


「なんという切り口だ。芸術的といってもいい」


 死体の切断面はどれも医学書の解剖図のようなすべらかさだった。


「確かに素晴らしい断面です」


「よほどの名剣を使っているのですね」


「確かに剣も要因のひとつだ。だがそれだけでは説明がつかん」


 ゲオルグは一本の大樹を見た。弾痕が穿たれていた。次にその隣の樹を見る。こちらにも弾痕がある。ゲオルグはそのうちの一本に近づき、弾痕に指を入れ、銃弾を抉り出した。


 彼の掌の上の銃弾は、中央から綺麗に切断されていた。


「弾を斬ったのか」


 ゲオルグは銃弾を握り潰した。ひしゃげた弾丸が地面に落ちる。


「これほどの腕前ならば、一撃で首をねることもできるだろうに」


 彼は屠殺とさつされた死体を眺める。裂かれ、切断され、弄ばれた死者たち。ヴェルカの猟犬である彼にはわかる。この殺しの犯人は殺戮を楽しんでいる。これは遊びだ。殺しという名の遊戯だ。


 ゲオルグの眼が見開かれた。鼻孔が膨張した。歯を剥いた。彼は嗤っていた。


「これを行った者は私と『同じ側』の人間だ」


 低い嗤い声が草木を揺らした。


 シジナとカガネはゲオルグの前に歩み出るとディノスの胸元から銀のプレートを奪い取った。ヴェルカの猟犬のような犯罪者に荷担しているとはいえ、あくまで彼女たちは共和国ギルドの人間。冒険者は死した仲間のプレートを形見として持ち帰るのがルール


「仮にも銀級シルバー・クラスのディノス・マクシェインをこれほど軽々と殺すとは」


「あの娘の騎士には不可能です。一体何者でしょう」


「さあな」


 ゲオルグは愉しそうに背中の大剣に触れた。


「貴族の娘を連れ戻すだけの退屈な仕事だと思っていたが、どうやらそうではないらしい。報酬を上乗せさせる必要があるな」






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