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1 ラセツ






「リリィお嬢様ッ! 僕の後ろに!」


 アシュレイはそう叫ぶと、腰から剣を抜いた。森の中の街道は薄暗く、鬱蒼たる天蓋てんがいから射し込んだ陽光が彼の剣を照らした。聞こえるのは鳥の声と風が樹々を揺らす音だけ。街まではまだ遠い。助けを求めたところでその声は虚しく森に消えていくだけだ。


 絶対に護る、とアシュレイは覚悟を決める。何としてもお嬢様だけはここから逃がす。僕はお嬢様に仕える騎士だ。アシュレイはを強く握り、突き出すように剣を構えた。


「アシュレイ・・・無理はしないで」彼の背に少女の小さな手が触れた。その指先は震えていた。リリィはアシュレイの服にしがみつくと、口を開いた。「本当に、無理をしないで・・・いざとなったら私を置いて」


「絶対に護ります」


 少女の言葉を遮るように彼は言った。


「僕はお嬢様を置いて絶対に逃げません。絶対にです」


「おいおい、泣かせる台詞じゃねえか」「まったくだな」「へへへ、若いってのはいいもんだ」「こういう奴等の方がいたぶりがいがあるぜ」


 野卑やひな嗤い声とともに、数人の男たちが現れた。盗賊のような風体の、みるからに野蛮そうな男たちだ。手には短剣や斧を握り、それをひけらかすようやに歩いてくる。


「ディノスさん、ようやく追い詰めましたよ」


「ガキを捕まえるだけの仕事にしちゃ少し手間かかりましたが、しかしこれで銀貨五十枚も貰えるってんだから、割りのイイ仕事ですね」


「しっかしもうちょい色のある展開が欲しいですぜボス。あのガキ、肉の付きはいまいちだが顔は悪くねぇ。依頼主に渡す前に味見しましょうや」


 男たちの下卑た賛同の向こうから、長身の人影が現れた。小綺麗な身なりの男だ。顔立ちも周囲の者たちとは違い、どこか上品さがある。優男といった表現がぴったりの男だった。


「ディノスさん、少しくらい遊んだって構わないでしょう?」


「やめておけ」ディノスは(たしな)めるように、しかし有無を言わさぬ口調で釘を指した。「私は【ゲオルグの旦那】に『生きたお嬢さん』を約束している。お前等が犯したら、あんな子供すぐに死んでしまう。そうなればお前らばかりか私まで旦那に殺されてしまう。旦那の恐ろしさはお前らも知っているはずだ。あまりふざけたことをぬかすな」


 優男の冷たい一瞥に、男たちは萎縮したように沈黙した。


「それにしても、悪かったよ。こんな男たちに追いかけられて、さぞや怖かったろう?」


 うって変わってディノスはリリィに微笑みかけ、剣を構えるアシュレイを冷ややかに見る。


「悪いが君に用はないんだアシュレイくん。そちらのお嬢さんを渡してくれれば、命だけは取らない。それにね、実をいうと私は君と争うつもりはないんだ。除名されたとはいえ、元々はシュナド帝国騎士団の一員だったのだろ? その歳で入団を許されたんだ、なかなかの腕前だということはわかっている。だが私と戦うには、少し力不足だろうね」


 そう言うと、優男は腰の物を抜いた。一目で使い込まれた得物とわかる、妖しい光を放つ長剣だ。それを手にした瞬間、男の気配が残酷なモノに変わる。それもそのはず、男の胸元では銀級(シルバー・クラス)を表すプレートが揺れている。


 共和国ギルドが発行する階級証。序列第三位の冒険者の証。


 ひとえに冒険者といっても、その内情は様々である。斥候や情報収集を得意とする追跡者(トラッカー)。食料調達、罠の処理、魔獣の情報など、あらゆるサバイバルに長けた狩人(ハンター)。様々な分野のある冒険者の中にあって、目の前の男は間違いなく荒事を得意とする戦士(ファイター)。それも銀級とあっては、一介の騎士が勝てるほど甘い相手ではない。


「無駄な殺しは好きじゃない。さあ、素直にお嬢さんを渡すんだ」


「僕が騎士だとわかっているなら、そんな言葉は無意味だと知っているだろう」アシュレイはディノスを睨む。「騎士の使命は主を護ることだ。お嬢様は絶対に渡さない」


「そうか。なら仕方ない」


 その言葉とともに野蛮な男たちが二人ににじりよる。


「アシュレイ・・・」


 背後で震えるリリィに「僕が合図をしたら森に逃げてください」とアシュレイは小声で指示を出す。「僕が奴等を食い止めます。その隙に、森を抜けてミドの街まで逃げてください」


「そんな、それじゃアシュレイが」


「僕は大丈夫です」彼は少しだけ振り返り笑った。「貴女の騎士は絶対に死にません」


 その笑顔の中に潜む決死の覚悟を、リリィは見てとった。相手は荒事に慣れた男たち、そして銀級の冒険者。大丈夫なわけがない。アシュレイは死ぬ気だ。そしてその命と引き換えに、彼女を逃がすつもりだ。リリィは「やめて」と言いたかった。だが覚悟を決めた騎士に、どうしてそんな事が言えよう。


「わかりました」リリィは小さくうなずいた。「私はあなたを信じます」


「お喋りはその辺にして、そろそろ始めようか」


 ディノスは快活に嗤った。


「騎士を殺してお姫様を奪おう。悪役には相応しいシチュエーションだな」


 男たちが武器を振り上げ、アシュレイは腰を落とす。


 風が吹き抜けた。どこかで馬のいななきが、ついで獣の吼え声が聞こえ、不意に森が静まり返った。嵐の前の静けさ。そして緊張は破られる。


 戦いが始まる、その直前。


「やっと道に出たか」


 だしぬけにその呟きが全員の耳に届いた。ついで草を踏み分ける音、繁茂はんもを掻き分ける音が響き、ひとりの男が森から現れた。薄汚れた身なりの男だった。どこぞの安傭兵やすようへいが着ていそうな簡素な戦士服に、暗色の革編靴ブーツ。男は肩に付着した葉や小枝を払い落とすと顔を上げ、周囲を見回した。武器を構える男たち、銀級のプレートを揺らす優男、そしてリリィとアシュレイを見た。アシュレイも男を見返した。どこがどうとはいえないが、奇妙な男だった。まず顔だちが大陸の人間とは違っていた。剃刀カミソリのように鋭い眼が特徴的だった。それに大陸では珍しい黒い髪。だが何より奇異なのは、その男が腰に差している二本の剣だった。一本は長く、もう一本は短かった。鞘に収まっているため刃は確認できないが、アシュレイの持っている剣よりもいくぶん細身なのだろうということはわかった。あんな剣は今まで見たことがない。


「街はこの道をまっすぐか?」


 男はアシュレイに聞いた。すべらかな発音だが、どこか訛りが感じられた。やはりこの国の人間ではない。


「そうです」


 アシュレイは答えた。男の出現により、その場の全員の興ががれていた。


「そうか」男はうなずくと歩き出した。「取り込み中らしいな。邪魔をした」


「待てよ、にいちゃん」


 その場を通りすぎようとした男の腕を、野盗のひとりが掴んだ。


「悪いが街に行かれて衛兵でも呼ばれたら面倒だ。少しここにいてくれよ。ついでに金目のもんを出せよ。特にその腰の得物、見たことのねぇ剣だ。そういう珍しい蛮族の刃物ってのは高く売れるんだ。ちょいと見せてくれよ」


「まさかとは思うが、俺に言っているのか?」黒髪の男は野盗の顔を見ると嗤った。「身のほどをわきまえない奴だな」


「ああ?」


「手を離せ。そうすれば楽に殺してやる。だが俺の刀に触れようとするなら、家畜のように殺す」


「テメェ何いってやが」


「手を離せといったろ」野盗の言葉を黒髪の男が遮った瞬間、野盗の腕から血が吹き出した。野盗には何が起きたのかわからなかった。ただ右腕が熱く、止まることのない血潮にパニックを起こしかけていた。彼は何かを踏んづけた。手首だった。彼の手首は切断されていた。「俺の腕がッ!」と野盗は叫び、錯乱した。


「俺の忠告を、素直に聞いておけばよかったのにな」


 黒髪の男はたのしそうに野盗を眺める。瞬間、野盗の両膝から下が切断された。男は地面に叩きつけられ、血を流しながら雄叫びを上げた。「うるさいな」だるそうな声とともに、野盗の首がね飛ばされた。その場にいた誰一人として、黒髪の男の太刀筋をたものはいなかった。すべてが瞬きする間の出来事だった。男が『カタナ』と称した剣を抜く瞬間さえ、誰にもわからなかった。


 数瞬、場が凍りついた。その隙をアシュレイは見逃さなかった。


「お嬢様、今です!」


「アシュレイも!」リリィは彼に手を伸ばした。「お願い、一緒に逃げて!」


 確かにこの状況ならば、アシュレイも逃げられるかもしれない。わずかな逡巡のすえ、彼も走り出す。


「アイツら!」


 遅れて反応する野盗を、しかしディノスが手を上げ制する。


「放っておけ」


「しかしディノスさん」


「どうせ彼等はミドの街に逃げ込む。念のためあの街には私の手下を潜ませてある。彼等を見つけ出し、追い詰めるのは簡単だ。厄介なのは目の前の男だ」ディノスは黒い髪の男を見る。刀と呼ばれる剣から血が滴っている。この大陸では見られないほど美しく、そして残酷な刃物だった。ディノスの内奥ないおうから狂暴な感情がせり上がる。「こういう世界に身を置いている以上、部下を殺されたままに引き下がるなど、私の沽券こけんに関わる。いや私だけじゃない。ゲオルグの旦那にまで迷惑がかかるかもしれない。わかるだろ?」


 ディノスの言葉を聞き、野盗たちは「確かに」とうなずきあう。そして黒髪の男に憎悪の籠った眼を向け、悪態をつく。


「テメェ、よくも俺のダチを!」「クソ野郎が、いきなり出てきて何てことしやがる!」「生きて帰れると思うんじゃねぇぞ!」


 いきり立つ野盗たちを押し退け、ディノスが前に出る。先ほどまでの余裕は霧散している。その顔には冒険者の、銀級の強者が危険な魔物に挑むときの獰猛さが浮かんでいた。


「貴様、何者だ」


「俺が誰なのかお前に関係あるか?」


「私の手下を惨殺しておいて、関係がないと思っているのか?」


 ディノスの殺気を、しかし黒髪の男は平然と受け流す。


「面倒臭い奴等だ。どうにもこの大陸の奴等は血の気が多すぎる。こっちに渡って来てまだ一月ひとつきほどしかたってないが、何回絡まれたかしれない」男は刀で二、三度肩を叩くと頬についた血を舐めとり、残忍に嗤った。「まあいいか。お前らなどと踊っても何一つ愉しくないが、技というものは使わなければなまるからな。それに俺は殺しが嫌いじゃない」


 刀を握る腕をだらりと垂らす。無作為な行動に思えるが、これが彼の構えのひとつなのだろう。


 ディノスは応えるようにきっさきを男に向けた。


「シャマル共和国 冒険者ギルド序列第三位銀級シルバー・クラスのディノス・マクシェインだ」


「お前の名前に興味はない」


「気にするな。これは流儀の問題でね。私は殺す相手に名前を残す。あるいは私を殺す相手に」


「それはあれか? 何だったか、確か騎士道という奴か?」


「そう受け取りたいならそれでかまわない。どちらにせよこれから私と貴様は殺し合う」


「それは違うな」男は嘲笑を浮かべた。「殺し合いとはもっと崇高な力量と技量のぶつかり合いを指す。あるいはより低俗でより残酷な獣と獣の共食いの凄絶さをいうんだ。俺が今からお前たちと演じるのは遊びだ。戯れだよ。この世界で人間だけが遊戯として殺しを行い、愉しむ為に虐殺を繰り返す。酷い話だよな」


 つまり、と黒髪の男は眼を爛々と輝かせ


「これから行われるのは単なる殺戮だ」


 男はいい放つ。


「お前の流儀に習って、俺も名乗ろう」彼は凄まじい殺気を宿した眼で獲物たちを()めた。「お前たちの大陸風にいえば、ラセツだ」


 血を吸った刀が陰惨に光った。そして男は名乗った。


「ラセツ・キダカだ」






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