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終 そしてラセツの旅がはじまる






「キダカさん」


 ゲオルグの死体に背を向けたラセツに、アシュレイとリリィが近づいてきた。


「お前等か」ラセツは首筋に飛び散った猟犬の血を拭いながら二人を見た。「ゲオルグは殺した。これで依頼は完了だろ?」


「はい、ありがとうございました」


 二人は深々と頭を下げた。


「それにしても」アシュレイはゲオルグを、次にラセツを凝視した。かたや猟犬は無惨に解体され、かたや極東の剣士は傷ひとつおっていない。元シュナド帝国騎士団の彼は裏切りの騎士ゲオルグの恐ろしさを知っている。大陸に悪名とどろくヴェルカの猟犬、そのひとりをこうも軽々と殺すとは。「ゲオルグはあなたの名前を聞いた瞬間、眼の色が変わりました。まるで長い間探し続けてきた敵に出会ったとでもいうように・・・キダカさん、あなたは一体何者なんですか」


「俺は極東から来たただの旅人だ」


「しかし、あなたの剣の腕は凄まじいです。極東の地では、よほど名の知られた剣客なのではないですか」


「それはないな」ラセツは故郷を思い出すように眼を細めた。いまなお悪鬼どもと殺し合いを続ける極東の蛮地を。「皇国でもキダカを知っている奴等はそう多くない。まして鬼子である俺の名はほとんど表に出ない。なにせ妾の血だ。俺は忌み子なんだよ。ゆえに俺は一族を破門されたんだ。まあ、少し暴れすぎたのが原因かもしれないけどな」


「破門・・・それは国を追われたということですか」


「そうともいえるな。おそらく一族は俺を殺したいんだ。だが殺せる奴がいない。俺はキダカ最強の使い手だからな」


 不意にラセツは言葉を止め、アシュレイの背後に視線を向けた。


「ああ、お前か。また会ったな」


「あの村で予言した通りだろ? アタシの勘は当たるんだよ」


 アシュレイとリリィを押し退けるように女が現れた。


 銀鼠色ぎんねずいろの髪、薄紅色の瞳、巨大な戦鎌ウォーサイズを背負った獰猛な女傭兵。


「まさか」アシュレイはリリィの手を引き、女から距離を取った。見るのははじめてだ。だが外見的特徴、有名な巨大鎌、そして女の纏う獣の気配から、眼前の人物が誰なのかを瞬時に悟った。「まさか、死二神シシリカ・・・!」


「ガキがアタシの名前を気安く呼ぶなよ」


 肉食獣の眼がアシュレイをめた。


 それだけで彼の全身に悪寒が駆け抜けた。


「数日前に見た時とは別人だな」ラセツの瞳で殺意が渦巻いた。「虎のような殺気だ。いい具合に研ぎ澄まされている」


「テメーもな。オウガみたいな眼をしやがって、そりゃあ、ゲオルグじゃ相手にならねぇわけだ」


「コイツの知り合いか?」


 ラセツは足元の肉塊を見下ろした。


「そう、そのバラバラになった男はアタシの同胞でね、用があるのはアンタじゃなくて死体のほうだ。ちょっと退いてくれない?」


「お前も猟犬か」ラセツはじっくりとシシリカを吟味し「お前の方が強いな」と嗤いながら脇へ退いた。


 シシリカは血の海からゲオルグの頭部を見つけ、その頭髪を鷲掴むと放り投げた。


「ちょっとシシリカ様、もう少し丁寧に扱ってくださいよ」いつの間にかシシリカの脇に現れたイシドロスがゲオルグの生首を受け止めた。「うわ、俺の上着が血でベトベトになっちゃいましたよ」


「アンタさ、うるさいよ。黙ってその生首持ち帰って氷漬けにしといて。アタシは少しコイツに話がある」


 シシリカは肉塊に混じって横たわる大剣を拾い上げ、地面に突き刺し、そこに凭れかかった。


「バカみたいに重い剣だ。あの筋肉達磨、よくこんなもんを振り回せるな。やっぱりゲオルグの野郎は脳ミソまで筋肉になってたようだな。まあ身体を鍛えるのは悪くねぇが技を磨くのをおろそかにすると全体のバランスを欠く。だからテメーはA級首止まりなんだよ」シシリカはゲラゲラ嗤い、不意にその顔に凄絶な影が射した。「しかし腐ってもヴェルカの猟犬、それを楽々殺すんだ、アンタ化け物だな」


 シシリカは大剣を担ぎ歩き始める。


「アンタが殺したんだしゲオルグのすべてはアンタの戦利品になるってのが道理だけどさ、悪いがこの大剣と野郎の首だけは貰ってくぜ」


「好きにしろ。だがそんなものを何に使う?」


「証明だよ」シシリカは振り返った。「ゲオルグの野郎が殺されたっていう証明が必要なんだよ。コイツを団長の元へ持ってい行き、手続きをする。・・・アンタ、名前は?」


「ラセツ・キダカ」


「アタシはシシリカだ。よく聞けラセツ・キダカ、ヴェルカの猟犬は同胞に牙を剥いた奴を赦さない。たとえそれがガキだろうが老婆だろうがアタシ等に楯突く奴等は皆殺しにする。これからアンタの名前はヴェルカの猟犬の一級狩猟対象ハンティング・リストの最上段に載ることになる。アタシ等は全力でアンタを狩り出す」


「なんなら今俺を狩っても構わないぞ?」


「焦るなよ。あいにく猟犬は面倒くさい手順を踏まないと動けない。何せ頭のイカれた傭兵団だ。そういう奴等を纏めるにはルールが必要になる。猟犬の掟は絶対だ」シシリカは中指を突き立て、首を掻き切るジェスチャーをする。「ま、そういうわけだからさ、アンタはせいぜい残りの人生を楽しめよ。次会ったとき、テメーの首を貰うからさ」


「ああ、楽しみにしてる」


「あばよ気狂い」


 そしてシシリカは消えた。











 ふたりから報酬を受け取るとその日のうちにラセツはクイン小国をあとにした。「ぜひ、叔父様の屋敷にいらしてください」というリリィの申し出や「少しの間でいいので僕に剣を教えてくれませんか」というアシュレイの願いは無下にした。商店で水や肉など旅に必要な物品を最低限そろえるとラセツは城門をくぐり外に出た。ふたりは街道の途中までついてきたが何を言っても無駄だと諦めるとラセツの背に「お元気で!」と叫び彼は軽く手を振りそれに応えた。その夜ラセツが河原で焚き火をしていると蒼白い肌の女が現れ「ひとりで夜営をしているなんて危ないわよ。なにせ最近このあたりに血の獣ヴァンパイアが出没するらしいから」とラセツの正面に座った。ラセツはぜる炎越しに女を見ながら「たとえ何であれ俺を襲う者は悲惨な死を迎えることになる」と犬歯を剥くように嗤った。ふたりが睨みあっていると「ブラッド様、どうしました?」とこちらも死体のように蒼白な肌の男が数人、ブラッドと呼ばれた女の背後から現れあたかも彼女の従者であるかのように恭しく声をかけた。「なんでもないの。食事にしようと思ったけど止めておくわ」女は艶然と微笑み立ち上がり「餌にするにはあまりに凶々まがまがしい臭いだわ。まるで猛獣よ。人間じゃないみたい」女はラセツにお辞儀をし深い闇の中に消え後を追うように従者たちも夜に呑まれ跡形もなく消え失せた。女の座っていた地面にトランプが一枚落ちていた。血の涙を流し真っ赤に縁取られた唇から白い牙が顎まで伸びた異形のピエロが描かれたジョーカーの一枚。血の巡業団ブラッディ・トループの紋章。ラセツはそれを炎に投じ先ほどの血の獣ヴァンパイアどもを何秒で殺せるかあるいは何手で屠れるか考えながら眠った。


 二日後小さな村に立ち寄り民家の納屋で眠っていると忍び込んだ盗人がラセツの荷物に手をかけたので殺した。外で見張りをしていたふたりも同じように殺し死体を森に捨てまた眠った。翌日は街道で冒険者に絡まれひとりの若造がラセツの胸ぐらを掴み刀を奪おうとしたので解体した。冒険者たちは仇を討とうと向かってきたが一瞬でふたりの男がばらされ残りのふたりは跪き命乞いをしたがラセツは容赦なくふたりの首をね血の海となった街道を眺めながら嗤った。


 それから五日間は何事も起こらずラセツはひたすら歩き続けた。明日にはザルザド共和国の首都に着くだろう。そしてラセツが首都に足を踏み入れた瞬間、この大陸は血の運命を刻み始めるだろう。なぜならこの大陸には様々な殺戮の歯車が存在しそれらは確実に回転しているがどれひとつ噛み合うことがなく虚しく空転しているばかりだ。だがラセツという歯車がその状況すべてを変える。彼がカチリとハマるときひとつの巨大な運命の歯車が回りはじめる。【ヴェルカの猟犬】【血の巡業団ブラッディ・トループ】【亜人解放戦線】【グラントン盗賊団】あるいは【黒金級オリハルコン・クラス】や極東からラセツを葬るために放たれた【神代家最強の処刑人】などもそのひとつかもしれない。これから始まる殺戮の時代の前日、ラセツは丘の上で踊る。


 血のしたたるような夕陽を背景にラセツは二刀を抜き【獣顎鬼牙ノ如シ】を披露する。鬼爪、獣暴き、火車殺し、右独楽、枯れ葉遊び、逆刃崩し、引打ち・・・二十五の斬擊による乱舞は延々と繰り返される。この世界は蟲毒こどくだ、とラセツは呟く。空を切る音、刃の煌めき、燃える夕陽。ラセツは嗤う。世界は巨大な器だ。巨大な壺だ。国、民族、種族・・・鬼ノ蟲毒などちっぽけに思えるほどの多様性を秘めた混沌がここにある。俺はこの混沌で、この世界で蟲毒をやりたいんだ。選りすぐりの獣どもと最高の殺し合いを演じたいんだ。そして最後に俺が勝利者となる。俺以外のすべてが死に俺以外のすべてが絶滅し世界でただひとり俺だけが血の海で仁王立ちする権利を持っている。なぜなら俺は完璧だからだ。獣の魂を宿し、最高の殺戮の技術を有し、人間的感情を持ち合わせていない。俺は獣だ。ラセツの技は冴えていく。ひたすらに研ぎ澄まされていく。ラセツは咆哮するように嗤う。俺は完璧だ。俺は必ず生き残る。ラセツの技が冴えていく。極限まで研ぎ澄まされていく。ラセツの咆哮が響きわたる。俺は獣だ。俺は完璧だ。まさに悪鬼羅刹の如くだ。俺の行くところ殺戮は猖獗しょうけつを極める。そしてラセツの旅がはじまる。












(了)

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