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10 悪鬼羅刹






「デカいな。まるで馬頭めずだ。七尺三寸はあるか」


 ラセツは懐かしい過去の殺戮を目の前の男に重ね合わせているとでもいうような眼でゲオルグを見た。そして肉食獣が獲物の力量を測るときのように瞳孔を収縮させた。資格があるか、資質を有するかを見極めるために全神経を集中させるラセツの姿は悪辣な獣のようであり、千槍山せんそうざんの天狗や骨喰ほねばみのガシャ髑髏、爛華らんかの都を滅ぼした十夜叉と血みどろの殺し合いを演じた時のように殺意の化身となっていた。


「貴様は『キダカ』というのか」


 ゲオルグは無言で自分を見つめるラセツに問いかけた。


 ラセツはにやりと嗤った。


「ああそうだ。ガキにでも聞いたか」


「ザンマケンジュツキダカリュウ。極東の退魔師で間違いないようだな」


「驚いたな。まさか大陸の人間からその名を聞くことになるとは思わなかった。カミシロと違いキダカは皇国でもその筋の人間にしか知られていないはずだ。どうやってその名を知った」


「金と人脈さえあれば大抵の情報は手に入る。もっとも私が掴んだのはキダカという名と、貴様等が類いまれなる鬼殺しの一族だということだけだ。それにどうやら貴様も私のことを知っているようじゃないか」


「俺が知っていることなど表層的かつ断片的な些末事だ。確かに名前や血統からひとりの人間の歴史や人格を割り出すことは可能かもしれない。その男の属する社会や肩書きからその男がどのような生い立ちを経て今にいたるのかを推測するのは簡単だ。だが俺が知りたいのはそんなくだらない事じゃない。俺が知りたいのは人間的感情を完全に廃し、破壊と殺戮に余念がなく、良心や倫理などという弱者の理論からひとりの人間が完璧に解き放たれているかどうか、つまりその人間が魂の内奥なかに確固たる世界を確立し自己超克の果てに、あるいはその途上として自らを獣と称するほどの意思があるかどうかだ」ラセツはゲオルグの殺気を嗅ぎ、その殺意の濃さに満足した。「飢え渇いた獣は神を求めぬ。ただ血だけを求める」


「第八十四章 三節『背きし異端たち』」


「大陸の人間は博識だな。そうだ。俺の好きな一文だ」


「奇遇だな。私の好きな一節でもある。だが経典の中で語られる獣たちは神の怒りに触れ、円環の牢獄に千年幽閉され朽ち果て、神はその亡骸なきがらの上に地獄を創られた。神は獣の道の先に待ち受けるのは破滅だけだと言っている。貴様は破滅を求めているのか、あるいは私の中にそれを見いだすつもりか」


「経典は重要な部分を省いていると思わないか。なぜ千年の描写が欠落しているんだ。千年牢獄に閉じ込められた獣たちはどうやって死んだのか。つまるところ牢獄とは神の創り出した蠱毒こどくでありその中は神の名において定められた完璧な無秩序に支配されていたはずだ。のちに地獄と呼ばれる混沌の雛形こそがこの牢獄であり、当然獣たちは共食いを重ね、それは神や天使の望むもっとも残酷な刑罰だったのだろうが集められた猟獣や狂獣からすればこれほど狂気に満ちた楽園はなかったかもしれない。彼等の殺戮は日ごとに凄惨を極めひとり残らず殺され喰われ血に倒れた。お前のいうように獣には破滅しかないのかもしれない。だがそれは最終的な帰結であり結果というものはもう少し前にたち現れる。俺の考える結果とは屍の山の頂きでたったひとり立ち続ける勝利者の姿だ。共食いを征した者。もっとも多く殺した者。獣の王。俺は破滅など気にしない。俺が求めているのは勝利者として血の海で踊ることだ。俺の魂が生命の極点を迎えることだ。その後のことなどどうでもいい」


「妄想に執り憑かれた精神錯乱者のような考えだ。選民的で、差別的な思想だ」


「そう思われるのは心外だ。俺は平等主義者だ。確かに獣に重きをおいているがだからといってそれ以外を蔑ろにするわけじゃない。俺は国や民族、それに種族に興味がない。等しく生かし等しく殺す。俺が回りくどい言い回しを好むのはありとあらゆるものを掻き乱したいからだ。秩序や法則を撹乱したいんだ。だが実際の俺は単純な男だ。望みはひとつしかない」


「ほう、その望みとは?」


「殺し合うことだ」


 ラセツの言葉にゲオルグは嗤った。


「なるほど、素晴らしい答えだ」


 ゲオルグは大剣を構え、


 ラセツは刀を抜いた。


 冷たい沈黙が流れた。


「悪いが少し私の流儀に付き合ってくれ」


 ゲオルグはラセツに厳粛な顔を向け、殺意を込めて名乗った。


「ヴェルカの猟犬 ゲオルグ・アルブレイズヒッツベルガーだ」


「戦う前に名を告げるのはこの大陸の人間の礼儀なのか? 銀細工の男も同じことをした」


「敵を前に名乗るのはシュバリレード法王騎士団の掟だ。ディノスがそうしたのだとしたら、私の真似をしていたのだろう。奴は私を崇拝していたからな」


「そうか」ラセツの手の中で刀が踊った。「まあ名乗られて無視するほど俺も礼儀知らずじゃないからな。俺の名は」


「待て」ゲオルグはラセツを遮った。「貴様の国の言葉で名乗ってもらいたい」


「国の言葉?」


「貴様の祖国である皇国の言葉だ。貴様を形作った真の言葉で語られない名は名ではない。血肉を纏う言葉、貴様の魂に宿る言葉で語れ」


『注文の多い奴だ』ラセツは面倒くさそうに首をかしげたが、その口から発せられた言葉は大陸の言語ではなく、間違いなく極東の蛮族がもちいるものだった。『まあこれから死ぬ人間の願いを聞いてやるのも悪くないか』


 ラセツは腕をだらりと垂らす。彼特有の刀の構えだ。


 剃刀のような眼で殺意が渦巻き、犬歯を剥き出しにするようにラセツは口を開いた。


『斬魔剣術鬼鷹流 伝位【殺鬼サツキ】鬼鷹羅刹』


 ラセツはだらりと垂れた刀を揺らした。


『人は俺を見てこう言う。「悪鬼」と』


 陽の光が刃面で輝いた。


『「まさに悪鬼羅刹」と』


 反射した光がゲオルグの眼をいた瞬間、


 猟犬の視界からラセツの姿が消えた。


 咄嗟に、ゲオルグは大剣を振り下ろした。


 地面から跳ね上がるように放たれたラセツの刀と大剣が火花を散らした。


「いい反応速度だ」


 ラセツは嗤い、刀を絶妙に操ると大剣の刃面を滑らせるように振り抜いた。


 ゲオルグはバックステップでその斬撃を避け、同時に横振りの一撃をラセツに放った。


 重々しい大剣の一撃にラセツは吹き飛ぶが、すぐに体勢を立てなおすと吟味するように猟犬を見る。


 ゲオルグは警戒の眼でラセツを睨んだ。


(コイツ)


 ゲオルグの頬から血が流れた。


(一瞬で距離を殺した)


 刀の反射光により視界を潰し、その隙に超低姿勢移動、鬼鷹流縮地術【鬼平蜘蛛オニヒラグモ】で地疾ちばしり、下段から逆袈裟斬りを放つ。文字に起こすのは簡単だが、この一連の動作を呼吸をするように、しかも瞬きする間に行える者がはたして大陸に何人いるか。わずか十一にして鬼ノ蟲毒を八門まで終え、十五の頃には奥義以外のすべての技を修得し、十七の時に免許皆伝を言い渡された。その後はひたすら地獄の戦場で魔を、妖怪を、悪鬼を殺し研鑽を積み重ねた。鬼鷹鬼堂に匹敵、いやそれさえ凌駕する羅刹の技量、その技の完成度。ほぼすべての敵をこの初手で殺すことができるだろう。ヴェルカの猟犬だからこそ反応できたのだ。


「名が通るだけはあるな。凄まじい剣圧だ。十夜叉や八大豪鬼を思い出す。まともに受けていたら俺の刀がもたないな」ラセツはきっさきの血を振り払い、左手でナイフを抜いた。「まあ化け物の相手は俺の得意分野だ。やりようはいくらでもある」


「化け物か。それはこちらの台詞だ。血の巡業団ブラッディ・トループ血の獣ヴァンパイアでさえこれほど凶々まがまがしい殺気は放たない。なるほど、これがキダカか。想像以上だ」


「悪いがまだほんの序の口だ。お前はこれから死に物狂いで剣を振ることになる」


 そしてラセツは踊りはじめる。






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