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9 俺は踊り続ける







 ラセツの刀が血に染まる。


 散らばる四肢。


 撒き散らされる臓物。


「同じ顔の人間を二度殺すというのはなんとも得難い経験だと思わないか?」


 ラセツは女を見下ろす。血にまみれている。苦悶の呻きが女の喉から漏れる。ひとりはすでに殺されている。もうひとりもこれから死ぬ。ラセツの眼に双子はまったく同じに映る。同一人物だとしか思えない。


「たとえそれが錯覚だとしても同じ顔の人間を連続して殺すというのはなかなか面白い趣向だ」ラセツは女に嗤いかけ、その頭部を踏みつける。「しかし見世物としては面白いが剣の腕はてんで駄目だな。所詮犬は犬だ。昔キドウの爺が『わしは強すぎる』とこぼしたのを聞いてなんて尊大不遜な男だと思ったことがあるが、今なら爺の気持ちがわかる。殺し合いとは互いの命を賭け金として差し出さなければ絶対に成立しない究極の博打だ。おそらくこれほど全てを包摂した行為というものは他に存在しない。問題なのは賭けをするほどの相手に出会えないということだ。俺は久しく血を流していない。絶対に負けることのない博打はぺてんでしかなく、それと同じように痛みの無い戦いは戦いではなく蹂躙だ。だが本来蹂躙などありえないんだ。なぜなら痛みのない生など存在しないように生きるという行為が形を変えた闘争行動である以上血を流し痛みにふるえるのは絶対的な真理であるべきだ。今お前は自然の作り出した真理を間近に感じているはずだ。四肢を断たれ腹を裂かれあとは首をねられるのを待つだけだ。お前は今なにをている。哲学者の語る不条理か、あるいは神火聖教の教えるところの神か。人は魂の終わりに何をる」


「黙れ、気狂い、が・・・」


「なぜ俺の気が狂っていると思うんだ? お前等は俺の狂気をどうやって証明するつもりだ。証拠はあるのか。そもそも俺とお前とでは狂気の定義に明確な齟齬が生じている。今お前は主観という自我の認識方を持ち出し一方的に俺を侮辱した。だから俺もお前にならってこう言わせてもらう。狂っているのは俺ではなく俺以外の世界全てかもしれない」


「イカれが・・・貴様は、悪魔デーモン、だ・・・さっさと、殺せ」


「ああ、悪かった。俺は喋りすぎる癖があってね。ゲオルグが俺の饒舌を止められるほどの男であることを願う」


 女の首から血が噴いた。


 頭が転がる。


「国は違えど言うことはみな同じだな。鬼子、怪童、悪鬼。あげくにデーモンか」ラセツの圧し殺した嗤いが静かに響いた。「その通りだ。俺の行くところ殺戮は猖獗しょうけつを極める」


 ラセツは刀で肩を叩いた。


「俺は舞踏者だ。俺はこの血塗れの舞台で踊り続ける。誰にも邪魔はさせない」











「ありゃあ何だ。ゲオルグの野郎はあんなモノをアタシに見せるために呼んだってのか?」城壁の上に立つ女は遠方を睨んだ。少年少女、そして巨人のような男が見える。


「あんなもんのどこが楽しいんだよ。あの筋肉達磨がガキをばらすだけじゃねぇか。法王騎士団ってのはお堅い野郎の集まりだけど、娯楽の意味がわからねぇほど敬虔なクソ野郎だとは思ってなかったわ。イシドロスさぁ、アタシに無駄な時間を使わせてタダですむと思ってるわけ?」


「俺はゲオルグ様からの伝言をシシリカ様に届けただけです。とばっちりは御免ですよ」


「『壮絶な殺し合いを御見せする』だっけ? 芝居がかった野郎だ」


「仮にもシシリカ様を呼び出したんです。何かあるのだとは思いますが」


「ヴェルカの猟犬とまともに戦える奴なんて共和国に何人もいねぇだろ。ギルドの四人の黒金級オリハルコン・クラスと共和国軍お抱えのサルザド騎士団の三騎士。裏の世界ならグラントンのクソ野郎くらいか。ギルドや軍に動きがありゃあアタシに情報が回ってくるがそんな話は聞いてねぇし、そもそもヴェルカの猟犬の掟を知らないほど奴等は馬鹿じゃない。グラントンはアタシの同類だから横やりを入れねぇだろうし、そもそもグラントンのクソ野郎とはアタシ等は不干渉条約を交わしてる。誰がゲオルグと殺し合うってんだよ。誰もいねぇよ。誰も」


 そこまで吐き捨てたとき、シシリカはふとある男を思い出した。


 数日前農村で出会った異邦人。


 海の向こうから来た蛮族。


 凄まじい殺気を纏った獣。


 血に飢えた眼。


「いや、ひとりいるな」シシリカの脳裏に黒髪の男の姿が浮かんだ。「ははっ、そういうことか」


「何がですか?」


「いや、なんであんな辺鄙な所に極東の蛮族がいるのかわからなかったけど、そう考えると辻褄が合うな。たかだか貴族の娘と側付きの騎士がゲオルグの手から逃げ続けるなんざ意味がわからねぇと思ってたが・・・ガキども、用心棒でも雇ったか」


 シシリカはゲラゲラと嗤った。


「なるほどね。確かに面白いもんが見れそうだ」


 その時シシリカの眼が街道を歩いてくる男を捉えた。











 アシュレイは吹き飛ばされた。


 地面を転がり樹木にぶつかった彼は、剣を杖に何とか立ち上がる。


「アシュレイ!」


 リリィの悲痛な声が響く。


 アシュレイはふらつきながら彼女の元に戻り、護るために再び剣を構えた。だが彼の剣は中程から折れている。


「諦めろ。本来なら今の一撃で剣ごと胴体を切断しているところだが、あいにく貴様のような三流騎士の血で私の剣を汚したくない。少女を置いて消えろ」


 ゲオルグは身の丈ほどもある大剣をアシュレイに突き付けた。


 銅像のように無機質な眼がアシュレイを睨んだ。


 アシュレイは息もたえたえにゲオルグを睨み返した。


「仮にも、あなたが騎士なら、わかるはずだ。騎士は、逃げない。お嬢様は、僕が、護る」


「そうか。その勇気は賞賛に値するが、私に騎士道を説くなど愚の骨頂だ。もはや私は騎士ではなくヴェルカの猟犬だ。我等に刃向かうものに罰を与えるのは猟犬の掟のひとつだ。小僧、貴様はタダでは死ねんぞ。我が剣に誓い惨憺たる死を約束しよう」


「アシュレイ、逃げて!」


 リリィは彼に抱きつき、嗚咽とともに叫ぶ。


「もうわたしのことはいいから、大丈夫だから、わたしはあなたに死んでほしくない・・・!」


「すいません、お嬢様、でも、僕は絶対に、ここを退きません。貴女は、誰にも、渡しません」


「でもッ!わたしはあなたが生きていてくれればそれだけで」


「僕は、お嬢様が好きです」アシュレイは心の底に隠していた気持ちを打ち明けた。「僕は、お嬢様を・・・リリィを愛しています。絶対に、誰にも渡しません。たとえヴェルカの猟犬だろうと、絶対に!」


「なんともロマンチック会話だな」ゲオルグはにやりと嗤い大剣を振りあげる。「だが、あいにく私は愛や友情というものが嫌いでね、そのような人間的感情を戦場に持ち込むのは冒涜だと思っている。武人である以上、ひとたび剣を抜けば修羅になるのが戦場ここでの礼儀だ。小僧、貴様には騎士の自覚が足りなさすぎる。だから貴様は弱いのだ。そして弱いから小娘ひとり護れず死ぬことになる」


 ゲオルグが大剣を振り下ろそうとしたその時


「ああ、お前のその意見には全面的に同意するが、あいにくそのガキどもは俺の雇い主だ。勝手に殺されちゃ困るな」


 冷たい声がゲオルグの背に投げかけられた。


 背後から凄まじい殺気の塊が近づいてくる。


 アシュレイとゲオルグの間に、何かが投げ込まれた。


 赤い髪の生首だった。


「お前の連れだろ? 安心しろ。もうひとつある」


 さらにもうひとつの生首が投げ込まれ、双子の頭部は寄り添うようにゲオルグの足元で止まった。


 ゲオルグは双子の変わり果てた姿を一瞥し、邪魔だとでもいうように生首を蹴り払った。


「シジナとカガネが殺されたか。ヴェルカの猟犬の信奉者だから使ってやったというのに、足止めさえ出来ないとはな」


「どうかな。相手が悪すぎただけかもしれない」


 男の声が近づいてくる。


 ゲオルグは大剣を握りなおすと、全神経を背後から迫る男に集中させた。うなじが粟立つほどの殺気。ゲオルグは猟犬のように牙を剥く。


「・・・ダカさん」


 小さな声がゲオルグの耳をかすめた。ゲオルグは眼を見開き、眼前の少年騎士を凝視した。


「小僧、今なんといった」


「・・・え?」


「今、貴様はなんといった」


 アシュレイはリリィを庇いつつ、やや困惑したように再度呟いた。


「キダカさん」


 ゲオルグの顔面が狂気に染まった。


『極東にキダカあり』


 師の言葉がよみがえる。


『その妙技、もはや魔人の域』


 ゲオルグの哄笑が空気を震わせた。


『絶対に戦うな』


 死を達観し、高みを諦めた師の横顔がゲオルグの視界にうつり込んだ。


「絶対に戦うな。よもや我が師の口からそのような戯れ言を聞かされるとは、私は夢にも思わなかった。あの瞬間、ルドルフは死んだ。騎士でありながら、剣の道を歩むと決めたはずの武人でありながら『絶対に戦うな』とは、いつから剣聖はそこまで落ちぶれたのだろうな。私はあのような師の姿が耐えられなかった。無様で、弱々しく、過去に囚われるあの姿が」


 ゲオルグはもはや少女と騎士に興味などないというように振り返った。


「私はルドルフとは違う。極東の鬼殺しの一族とは、ぜひ一度手合わせ願いたい」


 ゲオルグの視線がその男を捉えた。


 黒い髪の男がそこに立っていた。


 剃刀のような眼が殺意に染まっていた。


 極東の蛮族は歓喜を表現する獣のように犬歯を数回打ち鳴らし、舌なめずりをした。


「お前が猟犬のゲオルグか」


 ラセツは悪鬼のように嗤った。






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