序 キダカ
極東にキダカあり。
その妙技、もはや魔人の域。
【シュバリレード法王騎士団騎士長 剣聖のルドルフ】
東方の退魔の一族に気を付けろ。奴等は不死者を殺せる。
【血の巡業団の団員】
ありゃあ殺人剣術じゃねぇ、斬魔剣術だ。
【亜人解放戦線のカヴァルド】
いまだに剣を捨てる者たちは少ないわ。ことに魔を狩ることを生業とする者たちはね。殺す感覚をその手に味わいたいのよ。イカれているわ。
【マギアル王国一級宮廷魔術師 アドナ・シュルト・カポディストリアス】
【ある町民の噂話 場所は極東】
聞いたか、なんでも鬼鷹家の所のガキが、違うよ本家の詩褥様じゃない、分家の子供達でもない。おれが鬼鷹家の坊っちゃん方をガキ呼ばわりするわけないだろ。あのガキだよ、鬼子と蔑まれてた、ご当主様の妾の・・・そう、あの目付きの悪いガキだ。野良犬の群れをバラバラにしたアイツだよ、ああそうだ、最近川辺で見つかった男の斬殺死体もアイツの仕業じゃねぇかっていわれてる、あのガキだ。なんでもあのガキ、鬼ノ蠱毒を終えたらしい。それも第八門までだ。信じられるか? まだ十一、十二のガキが蠱毒を、それも八門までだぞ? 詩褥様でさえ十五の時に挑んで六門だった、それをあの齢で・・・このままじゃ【鬼の名】はあのガキのもんになるかもしれねぇ。当然本家は大荒れだよ。しかたねぇよな、どこの馬の骨とも知れない女との戯れで出来たガキが、まさか名を受け継ぐに足る器だったとは・・・悦んでるのは座敷牢の鬼堂様だけらしい。あの老翁は歴代でも最強と呼ばれた鬼鷹流の使い手だったが、イカれちまったからな・・・やっぱり鬼鷹家は呪われてるのかもしれねぇな。何代かに一人、狂人が産まれちまう。鬼子ってのは間違ってねぇ。やっぱりあのガキは呪われてやがる。今のうちに殺しておいた方がいい気がするぜ。本当に、手遅れにならないうちによ。おめぇもそう思うだろ?
そうか、成ったか。やはりわしの眼に狂いはなかった。あの童こそ真の鬼鷹の使い手よ。クックックッ、あやつはわしを凌ぐ剣鬼となろうぞ。まこと鬼殺しの名に相応しいわ。
【幽閉された老剣士 鬼鷹鬼堂】
『鬼子』とは。
ある地方では稀に異貌の赤子が産み落とされる。赤子は二本の八重歯が生えた状態で産まれ、決して泣き声を上げず、絶対に母親の乳を吸うことはない。怪童、呪い子とも呼ばれる。また、鬼子とは魂獣*25 と解釈される場合もある。
*25 魂獣については第五巻『東方の生死観』に詳しく記述されている。この考えは大陸の六属性提唱論に通ずるものがあり、非常に興味深い。
【東方の伝承を集めた書物『極東魔境見聞録 第四巻』】
古来より人間の魂は五つの属性から成り立っていると考えられてきた。だが私はここからさらに踏み込み、もうひとつの属性を抽出したいと思う。思想と宗教、道徳と無意識、戦争と平和。時代により魂の聖性は如何様にも変質する。だが人間の魂が内包する属性の中で、負の欲動 ―――それは純粋な邪悪さ、原初の獣性と呼んでもかまわない――― だけは、決して変わることがない。ゆえに私はそれを第六の属性であると定めたのだ。私はこの属性に【深淵】と名付ける。
【魔導師トルトニスの六属性提唱論 第二部『邪悪さの証明』】
飢え渇いた獣は神を求めぬ。ただ血だけを求める。
【神火聖教の教典 第八十四章 第三節『背きし異端たち』】
『おお、老賢者よ! ならば貴方に問いたい! 躍り狂う痴呆と肉を喰らう獣! いったいどちらがより恐ろしいというのか!』すると老賢者は灰白の髭を撫で、薄汚れた蓬髪をひとつ掻き、ゼビアの質問に答えた。『そこまで問うのならば答えよう! 真に恐ろしいのは、躍り狂う獣、である!』
【北シャペル神話 ゼビアによる賢者との問答】
俺は舞踏者だ。この血塗れの舞台で俺は躍り続ける。誰にも邪魔はさせない。