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 お祖父さんは、僕をよく可愛がってくれた。僕が遊びに行くと大抵お祖父さんは甘いお菓子をもって僕を出迎えてくれたし、僕と話すお祖父さんはいつも機嫌が良さそうだった。おしゃべりするとき、お祖父さんはよく僕の頭をわしわしと撫でてくれた。

 僕から見たお祖父さんはとても優しくて、尊敬のできる人格者そのものだったけど、他の人から見たお祖父さんの性格は、決して人の好い部類ではなく、むしろズケズケと物を言ってのけるような、嫌いな人には嫌い、好きな人には好きと過不足なく伝えるような、そんな厳しくもサッパリとした性格をしていた。

 お祖父さんはよく誰かと口喧嘩をしたもので、僕がお祖父さんの家に遊びにいくと、やいやいと何やら激しい口調の声が聞こえてくるときがあって、そんな時は、正面を避けて裏口から抜き足差し足でお祖父さんたちに気付かれないように恐る恐る二階へ上がって、下の喧騒が止むのを持ち込んだ漫画を読んで待っていた。

 お祖父さんは口喧嘩が強く、ズバズバと相手の隙をついて、完璧なボクサーのように相手を追い込んで、大抵終わりごろにはお祖父さんの口喧嘩相手は泣きながら家へと帰っていくのだった。

 僕はそうやって敵をつくるお祖父さんのことを少し心配していたけど、お祖父さんは口調が厳しいだけで、決して間違えたことを言っている訳じゃない。大体、お祖父さんは相手を打ち負かすことを目的にして口喧嘩をしているわけじゃなく、相手の言っていることが気に食わないからそれを論破しようとしているだけなのだ。

 お祖父さんは頭がよく、分別があって、しっかりとした性格をしているのだ。お祖父さんを嫌っている人は確かにいるだろうけど、それ以上にお祖父さんを慕っている人は多く、そういう人たちの間ではお祖父さんの厳しい性格は一つの好ましいキャラクターとして受け入れられているのだ。僕はそんなお祖父さんがとても誇らしいし、とても大好きだ。

 当時小学生だった僕は、お祖父さんの家に入り浸っていた。お祖父さんの家は僕の家から近くて、歩いて10分くらいの距離だったから気軽に行くことができる。

 僕の家はアパートで、お祖父さんの家は広い一軒家だった。木造の古めかしい造りで、家に入るといつも懐かしい匂いがした。

 お祖父さんは僕が来ると、お饅頭とか、焼き芋とか、甘くておいしいものを僕に食べさせてくれた。

 僕はそういったものを食べながら、お祖父さんの話を聞くのが好きだった。お祖父さんは博識で、聡明で、何でも知っていた。難しいことを分かりやすく説明してくれて、それでいてとても興味を惹くような語り口だったので、僕はいつもお祖父さんの話を熱中して聞いた。

 例えば、宇宙のお話、歴史のお話、哲学のお話など、難しい話。それだけじゃなく、身近な話として、お父さんの子供のころのお話、お祖父さんの子供の頃のお話。そして、僕が大好きだった話で、お祖母さんとお祖父さんの馴れ初めのお話。

 お祖父さんとお祖母さんの馴れ初めのお話は、珍しくあのお祖父さんの語り口が不明瞭だった。話していて何だか口ごもることが多くて、話の途中で、もういいだろうと強引に話を打ち切ることもあった。僕は、そんなお祖父さんの態度が面白くて、余計にその話をせがんだものだった。お祖父さんは、顔に出さなかったけど、凄く照れているようだった。

 お祖母さんは、僕が物心つく前に亡くなっていた。生前の写真を見てみたけど、とても品がよさそうで、優しそうな人だった。ある日、お祖父さんがお祖母さんのお話をしていたとき、ふと優しい顔になっていたのが、とても印象的だった。

 僕はお祖父さんが大好きだった。お祖父さんが大好きなお祖母さんも大好きだった。もっと前に、二人がいるときに僕が生まれていたかった。そして、二人と話をしてみたかった。でも、それは叶わない話だ。

 

 ところで、実は、僕には秘密があった。両親にも、学校の友達にも話したことのない、とてつもない秘密だった。

僕は超能力者だ。ある日、僕はあるときふと、超能力者として目覚めた。やったことはないけど、人なんて跡かたもなく殺せる力だ。恐ろしい力だと思う。

 僕がこの超能力の存在にはじめて気付いたのは小学一年生のころで、ソファに寝転んで、TVをつけようと、テーブルの上にあるリモコンに手を伸ばしたときだった。

 寝転んだままだと、届きそうで届かない絶妙な位置にあって、僕は四苦八苦して手を伸ばしていた。腕が伸びるようにとぐいぐい腕に力を入れて、それがピークに達した時、なぜかリモコンの塗料が一気に剥がれた。

 それは不思議な剥がれ方で、卵の殻がつるんと剥けるように、リモコンの形を保ったまま剥がれて、空中に浮かんで、そして霧散して、空気中に溶け込んだ。

 僕はしばらく呆然としていた。

 慌てて床を見ても塗料の残がいは見当たらず、残ったのはテーブルの上にある剥げたつるつるのリモコンだけだった。僕は、目の前で突然起きた現象に、全く理解が及ばなかった。その時は、自分と現象との関係性すら、よく分からなかった。

 その後、頻発するようになったそれと僕をやっと関係づけることができるようになった。うまく言えないが、ふんぬと力を入れると発動するようだ。

どうしてこんなことが起きるのか? 僕はサッパリわからなかったし、何に対しても力を込めるのが怖くなった。それで僕は、お祖父さんに相談しにいったのである。

お祖父さんは、僕の話をちゃんと聞いてくれて、力になるといってくれた。正直信じてくれるかは五分だと思ってたから、お祖父さんの言葉を聞いて、僕はすっかり安心してしまった。

 お祖父さんは、僕の話を根掘り葉掘り聞いて、実際に能力を見て、サイコキネシスと呼ばれる能力じゃないかと言った。

 「あてずっぽうだがな」

 お祖父さんはぽりぽりと顎をかいて、自信なさげにそう付け足した。

 お祖父さんが言うには、リモコンの外側だけサイコキネシスで動かしたのである。塗料だけベリベリと。もしこれを人間に使ったら人体模型ができあがるのかもしれない。

 例えば、リモコン、木、ダンボール、絵。僕の力で動かせるのは、上から順に、塗料、樹の皮、ダンボールの薄皮、絵具となる。

 でも、僕はお祖父さんに当然の反論をした。

 「どうしてリモコン本体が動かないの? それに、どうして物が消えちゃうの?」

 僕が使うと、いつも外側が剥がれる。普通に物が動いたことなんて一度もない。そして、空中に浮かんだ薄皮は、全て霧散し、消滅した。一瞬もやっとして、その場からすぐに消えてなくなる。なんでだろう。

 「おそらく、コントロールの問題だな」

 お祖父さんは、床にどっかりと座って、顎に手をあてて、思案気にしていた。僕は、そんなお祖父さんにならって、どっかりと座って、同じように顎に手をあてていた。

 「お前が習ってる理科のお話だ。トラックでも、家でも、鉄球でも、物を分割していったら、どうなる?」

 「分子とか原子とかになるんでしょ?」

 「うん、そうだな。千切って千切って千切れなくなっても、突き詰めていくとそうなる」

 「素粒子とか、クォークとか」

 「ああ、そうだな。本で読んだのかい?」

 お祖父さんは、僕の頭をくしゃくしゃと撫でた。僕は照れくさくなって、ちょっと抵抗した。

 「人間の目に見えないくらいに小さな物もあって、全ての物はそういう小さいので構成されているんだ。例えば空気中には、それこそたくさんのちいさい粒子が存在する。窒素とか二酸化炭素とか酸素とか。酸素は人間が生きていくために必須の物質だ。ちゃんと、そういう小さな物があって、それらが人間を生かしているんだ」

 「……それ、今関係あるお話?」

 「スケールを意識することは大事なことだぞ。人間の直観は、人間の持つスケールでしか普通構成されない。全ての確かなことは、人間の目で見えることだけを根拠にできている。物が消えることなんて、普段のスケールじゃ考えられない」

 お祖父さんは懐からなぜかみかんを取りだした。そのみかんを上下にお手玉しながら、お祖父さんは説明を続けた。

 「物を動かすとき、こうして力を加えて動かす。みかんはこんな風にぽんぽんと動く。だが、みかんはたくさんの小さい物が集まってできているのに、どうしてみかんはバラバラにならないで動くのか? それはみかんの中の物質同士が強くくっついているからだ」

 お手玉をやめて、今度はみかんに親指を突っ込んだ。そして皮をむきむきと剥がしていった。

 「力の与え方を変えると、こうして物体を引き裂くこともできる。でも、俺の手が与えられる力はそれほど細かくないし強くもないから、精々がこうして皮を剥くくらいで、それほど細かい物質に分けることはできない」

 白い部分まで綺麗にみかんを剥くと、お祖父さんはそれを僕によこしてくれた。僕はありがたくそれを頂いた。

 お祖父さんは自分の分のみかんにかぶりついた。むしゃむしゃと豪快に口を動かす。

 「歯で噛み砕いても、目に見える物質は残る。人間が普通に与えられる力じゃ、目に見える程度に千切るくらいしかできない」

 お祖父さんはもう一つみかんをまた懐から取りだして、皮を剥きながら言った。

 「つまりは、コントロールだ」

 お祖父さんはそれを強調した。

 「それがサイコキネシスなら、透のその力は、よほど小さい手にもなれるらしい。見えない粒をそのまま掴んでしまえるくらい小さな手だ。手の動く方向をコントロールできても、大小をコントロールできなければ、薄皮しか剥がせないのだろう」

 僕は無数の小さな手がリモコンの表皮を丁寧にはがすのを想像して、気持ち悪くなった。

 「じゃあ、それを大きくコントロールできれば、物を普通に動かすこともできるの?」

 「そうかもな」

 「……どうやって」

 「さあな。想像だし、俺には抽象的にしか言えんな……例えば、そうだな、今度は車の部品をつくることを思い浮かべよう」

 「うん」

「そういう部品の大きさの精度はシビアだ。部品の長さの精度を高めたい。精度、1mm。0.1mm。0.01mm。どんどん細かくしていくと、その内頭打ちになってしまう。なぜなら、細かく削ろうとすれば、それより細かい刃が必要となるからだ。刃より細かいもの以上の細かいものを削れないだろう。爪楊枝じゃ、インフルエンザを潰せんのだ。だから、そこで、削る長さを指針にするのではなく、与える力を指針にしてみる。長さじゃなく、力。目じゃなく、触覚を頼りに、丁度いい按排にやすりでごしごしと削ってみるわけだ。すると、ぐんと精度の高い部品をつくることができる。スケールの限界を突破できるんだ」

 よく分からない。何を言っているのだろう。

 「つまり?」

 「目に見えることだけが指針じゃない。物事の測りは一つじゃない。視覚ではなく触覚を使う方が精度が高くなることもある。微小の歪みを電圧で測ることもできる。もしくは、複数の感覚を統合して、極めて正確な一つの判断をすることもできる。例えば、レースドライバーが全身を使って機体を操縦するようにな」

 「……つまり?」

 「自転車の操縦のように、習うより慣れよってことだ。どこの筋肉を使うのか知れんが、何だってやっていくうちに、いろんな感覚を使って上手く制御できるように慣れていくもんだ」

 「たくさん練習して、力の使い方に慣れるしかないってこと? それしかないの?」

 「そればっかりは、お前しか持ってない感覚だからなあ」

 「まあ、そうだね」

 僕は溜息をついた。

 「折角だし練習してみるよ……間違って、暴発しないようにね」

 「練習は人のいないところで、当たり障りの無い物に試せよ」

「分かってるよ」

 お祖父さんは笑った。

 「間違っても、人には使うなよ」


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