9話 楪はにんきもの
「えーと、これとこれと……」
「まだ買うのか?」
「だって全然家にものが無いんです。美味しいものを作るにはまず材料からです!」
さて、楪に連れられて来たのは近所のスーパーである。
あまり自炊をしない俺には用事が少ない場所だが、男子も女子も寮住まいならここにお世話になっていることが多い。
近くに住宅が少ないことも合って、スーパーにしては主婦層向けよりも学生向けなつくりになっている。
品揃えもそうだが、安くて量のあるものがよくそろっている。
「あら~、可愛い学生カップルね~」
「彼女さんは浴衣を着てるけど、彼氏くんの趣味かしら~?」
とは言っても、主婦層が全く居ないわけでもない。安くて量のあるスーパーは、やや遠出をしてでも、たくましい主婦の方は来るようである。
学生カップルはもちろん俺達以外にもいるし、そもそも俺達はカップルでもないのだが、やはり楪は見た目が半端なく目立つので、主婦の方も目を奪われるようだ。
「別に腕を組む必要はないだろ……」
「これも夢でしたから」
それを言われるとはねかえせない。
「お野菜は何か食べれないものありますか?」
「野菜じゃないけどキノコが食えない」
「好きなものは?」
「カレーとマーボー豆腐としょうが焼き」
「ちょっとカロリー的に不安ですね。ベジタブルカレーとマーボーナスと野菜たっぷりしょうが焼きでもいいですか?」
「別にうまけりゃいいよ。食えない野菜さえ入ってなきゃ」
「へー、しっかり答えてくれるんですね~」
「何で感心してんだ?」
「お父さんとお母さん基本的に仲良かったんですけど、お父さんが何でも食べれる人で、お母さんがご飯何がいいって聞いて、大抵なんでもいいって答えて、それでたまに喧嘩してました」
「可愛い喧嘩だな」
「いえいえ、うちは最終的にお父さんが折れるので深刻にはなりませんでしたけど、夫婦間の問題の1つだと思うんですよ。毎日メニューを決めるのって大変なんです。お母さんを見てて思いました」
楪の声がよく通るのもあるし、注目されているのもあってか、周りの叔母様たちは、うんうんとうなづいていたり、中には楪の声を賞賛するようなお褒めの言葉まで聞こえてきた。俺の居心地が悪いにもほどがある。
「俺も母さんが大変そうだったから、聞かれたら答えるようにはしてたからな。何でもいいが1番困るだろうからな。俺は好きな料理が20種類くらいあるから、それを順番に言ってただけだけどな」
母の機嫌が悪い場合、何でもいいはすごく揉めるので、俺なりに考えた結果である。20種類あれば2日に1回聞かれたとしても、1ヶ月半は持つ。
「槐さん、女の子に気遣えないって言ってましたけど、ちゃんと結婚したらお嫁さんを気遣ってくれそうですね。今から楽しみです~」
「いや、これはお母さんを気遣ったというか、なんというか、あと腕を組むな、頬ずりするな! 見られ照る見られてる」
俺としては好物を言っただけで、全く楪に対する気遣いなど無かったのだが、どうも思いのほか嬉しかったようで、腕を組まれる。
周りの主婦の方の暖かい目線と、おそらく同世代からの暖かいものから冷たい目線がささって辛い。
「いいじゃないですか~。ラブラブカップルとして町の方にも認めてもらいましょうよ」
「君は公共の場でもそんなんか」
「はい、愛する人のためなら、たとえ世界の終わる1分前でも」
暖かい目線に耐えれず、できるだけ早めに買い物を片付けて帰路についた。
ちなみにその日のご飯は味噌汁とご飯、そしてたまねぎと人参とネギとキャベツがたっぷりはいったしょうが焼きだった。
たまねぎ以外の野菜が入ってるのは始めただったがうまかった。
たくさん作ったので、次の日の弁当にも入ることになった。本当にお母さんの弁当の作り方みたいだな。
「槐さん槐さん」
「どうした?」
次の日のお昼休み、弁当を食した後に(弁当を食べるときにも楪の手作りということでひと悶着あったが、大体昨日と同じ流れなので割愛)めずらしく楪の姿が見えなくなったので、どうしたのかと思ったが、すぐに戻ってきて俺に話しかけてきた。
「見てくださいこれ」
「えーと、これはラインのIDか?」
「はい」
IDの横には、いつでも連絡して来ていいとか、いろいろ添えてあり、性別も様々である、実に人気者というわけだが、幽霊にIDを教えることに対してリスクとかそこらへんは感じないのか。
本人同士がよけりゃ別にいいけど。どうやって連絡するのかも知らんが。俺は2人分の携帯料金を払うほどの度量はないぞ。
しかしよく見ると知らん名前まで書いてある。俺がクラスメイトとそこまで親密にすごしていなかったとはいえ、名前を覚えないほど白状ではない。
ということは、他のクラスのメンバーからももらってるのか。
「俺から離れて何してんのかと思ったら、俺よりよほどうまいこと学生生活過ごしてるな」
やたらベタベタしてくるから忘れがちだが、一応20メートルくらいなら離れられるので、教室を出て、廊下から階段くらいなら単独でも動くことはできる。
「私がいなくて寂しかったんですか~」
「いや、ちょうどいい距離感があったほうがいい」
「そうですか、何してたか気になりましたか」
「都合のいい耳してんな」
「告白されちゃいました! きゃっ」
「楪に? 誰が?」
さすがに驚いて聞き返した。
「えーと、確か3年生の林さんとか、1年生の東さんとかです~。後ラブレターもたくさん頂きました~」
幽霊に告白するとか、なかなかの挑戦者だな。というか、3年生や1年生にも噂が広まってるのか。
「楪ちゃんがモテモテで、彼氏冥利につきるな。わが親友」
俺の肩を槐が叩く。
「まだ3日目だぞ、何で1年生や3年生にまで噂が広まってるんだ。正式に転入手続きをしたわけでもないのに」
「そりゃそうだろ。楪ちゃんが制服じゃなくて、浴衣着てるんだから目立つし、クラスの女子が全員知ってて、それを流さないわけが無いだろ」
「それはそうだったか……」
「しかも、女子からも大人気だ。たくさん遊びに誘われてるらしいぞ」
「どうしてだ? これだけモテまくってたら、嫌われるんじゃないのか?」
あまり一般論に詳しいわけではないが、可愛くてモテる女子というのは、女子には嫌われるイメージがあった。
「そりゃ、楪ちゃんが柊ラブの姿勢で一貫してるからだろ。男子を振っても嫌味な感じもないし、ちょっと自分が可愛いって知ってる感はあるけど、性格も明るくていい子なのが分かるから、全然嫌われてない」
「そっか」
ちょっとだけその辺りを心配していたので、ほっとした。幽霊が好かれるのはどうかと思うが、嫌われるようなことにはなってほしくなかったからな。
「心配してくれてたんですか? 大丈夫です。私は槐さん一筋ですし、少しくらい嫌われても、槐さんがいてくれれば大丈夫ですから」
そしてまたぎゅっとされる。周りが俺がけじめをつけたことである程度認められているとは言え、このパーソナルスペースが近いこの絡みは、女子からの黄色い声と一部男子からの怨嗟は耐えない。