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第20話 夢の中へ

 世界は恐怖した。

 〈666の獣〉の腹の下でなにかが蠢いたかと思うと、記号と六芒星が痣のように浮かび上がり、その中心に猫の顔が浮かび上がったのだ。

 恐怖だ!

 それを見たローゼンクロイツが、口から空気の塊を吹き出した。

「ぷっ……ごめん、笑っちゃったよ(ふにゅふにゅ)」

 荘厳な〈666の獣〉の雰囲気と、腹に浮かび上がった猫の顔のギャップがありすぎたのだ。

 腹筋猫ここに現る!

 それは吸収されたハルカだった。目を瞑ったままで意識はないようだ。

 まだハルカはそこにいる。それを知ったルーファスは希望が沸いた。

「(まだハルカを助けられる。助けなきゃいけなんだ絶対に!)」

 それも束の間の夢だった。

「我の復活に血の祝杯はないのか?」

 〈666の獣〉の瞳が緋色の輝き、そこに六芒星が映し出された。

 刹那の時、全員の意識が闇の中に堕ちた。

 気がつくと血の香りが鼻を刺激した。

 ルーファスが振り返ったときには、ローゼンクロイツの腹には黒い槍が突き刺さっていた。

「ローゼンクロイツ!」

「……このままやられ役に納まるの嫌だな(ふぅ)」

 自ら腹に刺さった槍を抜き、ローゼンクロイツはそのまま前のめりに倒れてしまった。

 駆け寄って来ようとするルーファスをローゼンクロイツは止めた。

「君アイラ使えないだろ(ふにふに)。ボクは大丈夫、それよりもハルカを救いなよ(ふあふあ)。ボクは応急処置くらいのアイラは使えるさ(ふあふあ)」

 アイラとは回復魔導の全体を指す言葉だ。

 応急処置のアイラでローゼンクロイツは止血には成功した。それでもローゼンクロイツはもう戦うことも、立つこともできない状況だった。

 大量の血はすでに吹き出し、直した傷口もいつ開くともわからない状況。それに加えて、ローゼンクロイツの使えたアイラは、自分のエネルギーを使って治癒する方法だったために、自らの体力を消費してしまったのだ。傷が深かったローゼンクロイツは、それだけ自分の体力を消耗してしまった。

 ルーファスだけが残された。無傷のまま戦えるのはルーファスだけだった。しかし、ルーファスにもわかっていた。力の差がありすぎるのだ。

 目にも見える闇の風を纏う〈666の獣〉から発せられる鬼気。

 このときルーファスは死を身近に感じた。汗が滝のように流れ出し、抑えられ恐怖が内から沸き立つ。

 気づいたときには、ルーファスは雪だるまになっているカーシャの後ろに隠れていた。

「駄目だよ、僕は怖いんだ。なにもできない」

「ルーファス、妾の後ろに隠れるでない!」

「そんなこといったってさ」

「妾の顔に顔を近づけろ!」

「えっ?」

「早くしろ戯け!」

 言われるままルーファスが顔を近づけると、カーシャの唇がルーファスの唇に接吻をし、なにか冷気のようなものがルーファスの口の中に投げれ込んできた。

 口を離しカーシャは緩やかに微笑んだ。

「妾のマナをくれてやった。早く奴を倒せ……でないと妾が死ぬ……笑えん……」

 ルーファスに力を分け与えたカーシャの意識が途切れてしまった。

「カーシャ!」

 叫ぶルーファス。

 最後の望みをルーファスに託したカーシャの身体からは大量の汗が流れていた。カーシャの身体が溶けていく。早く〈666の獣〉を倒して、カーシャにマナを返さねば、カーシャの身体が溶けて消えてしまう。

 なんてこったい!

 焦るルーファスは恐怖を忘れ、すぐさま〈666の獣〉に向かって手を構えた。

「ライララライラ、ホワイトウィンド!」

 白銀の風が〈666の獣〉に向かって吹き荒れる。

「余興にもならんな」

 〈666の獣〉が羽虫でも払いのけるかのように手を動かしただけで、突風が巻き起こりホワイトウィンドを相殺してしまった。

 ライラさえも簡単に防がれてしまっては、ルーファスに勝ち目がないに等しかった。

 焦りを深くするルーファスの前で〈666の獣〉が残像を残し消えた。

 どこに消えたかなど考える時間などなかった。

 ルーファスはすでに〈666の獣〉に首を絞められていた。

「ううっ(く、苦しい)」

「軽く触れているだけだ。少しでも力を込めれば喉の骨は砕けるだろう。だがな、それではつまらん」

「放せ……アイスニードル!」

 至近距離で放たれた氷の氷柱は〈666の獣〉の胸を突き抜けた。

「もっとやりたまえ、抵抗をするのだ」

 〈666の獣〉は笑っていた。胸に穴を開けられたというのに、苦痛など微塵も感じさせず、ルーファスの首を絞め続けていた。

 抵抗することすら虚しく感じてしまう。

 ルーファスの腕が力を落とすと、〈666の獣〉は不快そうな顔を露にした。

「もうあきらめるのか、つまらぬ。仕方あるまい、心の臓を抉り出して殺してやろう」

 〈666の獣〉がルーファスに止めを刺そうとした瞬間だった。急に〈666の獣〉の動きが止まってしまったのだ。いや、〈666の獣〉は腕が小刻みに震えている。力を込めても動かないといった感じだ。

 苦痛に顔を歪ませ〈666の獣〉はルーファスを開放し、よろめきながら後ずさりをした。

 そのとき、〈666の獣〉の腹に浮かび上がっていたハルカの顔が、深い眠りから覚めて静かに瞼を開いたのだ。

「……ルーファス……今のうちに……」

 〈666の獣〉に吸収されながらも、ハルカの意識はまだそこで生き続けていた。

「早く……アタシがこいつの動きを……早く殺して……」

 ハルカがなにを言わんとしているかルーファスはすぐにわかったが、苦しみを噛み締めて動くことができなかった。

「駄目だよ、そんなことできない!」

「このままだとルーファスが殺されちゃうから……見ているのも嫌……早く殺して……それでアタシも苦しまずに済むから」

 まん丸のハルカの瞳から大粒の涙が一筋流れた。

 しかし、ハルカの抵抗も長くは持ちそうにはなかった。〈666の獣〉は歯をガチガチならしながら、徐々に震える腕を動かしていく。

「まだ意識が残っていたか……されば、おまえの意識を消し去る前に、この男を目の前で殺してくれる!」

 黒い風が叫び声をあげ、かまいたちのようにルーファスの魔導衣を切り裂き、頬までも赤い筋が走った。

 傷付くルーファスの姿を見てハルカは叫んだ。

「早くアタシごとこいつを殺して!」

「そんなことできない! だって、ハルカは僕の大切な人だから!」

 震える手を必死に押さえるルーファス。

 だが、死はそこまで迫っていた。

 〈666の獣〉が呪文の詠唱をはじめる。

「ライララライラ、暗黒星イーマより吹き荒れる死に風は……」

 それでもルーファスは動くことができなかった。

「……駄目なんだ、僕にはできない」

 迷いが生じるルーファスの脳裏に誰かが直接話しかけてきた。

《ルーファス迷うな、ハルカの意思を無駄にするでない!》

 それは気絶してしまっているはずのカーシャだった。肉体的な意識をなくしても、ルーファスの中に入ったカーシャの一部とカーシャのアニマの意識を繋いだのだ。

《メガフレアを撃て!》

「は、はい!」

 有無を言わさぬカーシャに押されてルーファスは返事をした。

《ライララライラ、神々の母にして氷の女王ウラクァよ……》

 カーシャの呪文詠唱がはじまり、ルーファスの手が意思に反して動きはじめた。カーシャの意思がルーファスの身体を動かしているのだ。

 慌てたルーファスもすぐに呪文の詠唱をはじめる。

「ライララライラ、紅蓮の業火よ全てを焼き尽くしたまえ……」

 魔導を帯びた風が当たりに吹き荒れ、〈666の獣〉が起こす魔気を反発しあい相殺していく。

 ルーファスの身体の周りをオレンジとブルーのマナフレアが飛びはじめ、魔法衣と髪の毛が魔導風によって揺れた。

《ホワイトブレス!》&「メガフレア!」

 ハルカは涙を零しながら微笑んだ。

 吹雪と炎が渦を巻き、〈666の獣〉を一瞬にして呑み込んだ。

 身体が分解していく〈666の獣〉を見て、壁にもたれかかっていたローゼンクロイツが口元を歪めた。

「聖王が魔王を倒した……ボクの勝ちだね(ふにふに)」

 〈666の獣〉の身体が暗黒の炎を吹き出し燃え上がり、次々と蝶の形をした死の灰が天に舞い上がる。そして、跡形もなく消えていく。

 至極を味わっているかのごとく〈666の獣〉は嗤っていた。

「ははははははっ、これで終わりではないぞ。我は〈666の獣〉の一柱に過ぎないのだからな!」

 不吉なセリフを残し、〈666の獣〉は灰も残さず完全に消失した。

 そして、〈666の獣〉がいた場所で、小さな影がうずくまっているのが目に入る。

 ルーファスの瞳に歓喜の色が宿った。

「ハルカ!」

「ルーちゃん!」

 そこにはなんとハルカの姿があったのだ。

 ルーファスはすぐさまハルカを抱きかかえ、その場でクルクル回転した。

「ハルカ、よかった……よかったよハルカ」

 笑顔で目に涙を浮かべるルーファスに、ハルカは満面の笑顔ながらそっぽを向いた。

「……ありが……ルーファス」

「えっ、今なんて?」

 ハルカが答えを口にしようとしたとき、ローゼンクロイツがボソッと呟いた。

「――あ、来るよ(ふあふあ)」

 なにが?

 ボソッと何気なくであったが、ルーファスとハルカはローゼンクロイツの発言にただならぬものを感じて、息を塊のまま呑み込んだ。

「大変だよ(ふあふあ)。クラウス王国がここに向けて魔導砲を撃ったらしい(ふにふに)」

「「えーっ!?」」

 声を合わせてルーファス&ハルカが叫んだ。

 どこからその情報を仕入れたのか、きっとローゼンクロイツは電波を受信したに違いない。実際、このときクラウス王国から発射された魔導砲は、音速に迫るスピードでカーシャの居城シルバーキャッスルに向かっていた。

 ルーファスの意識の中でカーシャがャ叫んだ。

《クロウリーが呑み込んだ制御装置を捜せ、こちらからも魔導砲を撃ち返してくれるわ!》

 命令にルーファス迅速に動き、〈666の獣〉の消失した場所を床に這いつくばって、カーシャのイヤリングを捜した。

「ないよ、ないってば!(なにもないよ!)」

 城の警報装置がけたたましい叫び声をあげ、ローゼンクロイツがボソッと呟いた。

「……間に合わないかも(ふあふあ)」

 ローゼンクロイツのエメラルドグリーンの瞳がここにいた全員を映し出し、瞳に浮かぶ五芒星が煌く輝きを放った。

 城全体が激しく揺れ、唸るような音を出した。

 目を開けられないほどの光が世界を包み、闇を全て消し去ってしまった。

 そして、全ては光の海の中に消えた。


 ハルカは目覚めた。

「……あれ、ここって?」

 見覚えのある部屋。

 ベッドの上から見える光が差し込む窓の外の景色。

壁には崇拝するヘヴィメタルバンドのポスター。

 ――自分の部屋。

「もしかして……帰って……もしかして、全部夢だったの?」

 目覚めたら自分の部屋だった。

 そう考えたら、もしかして今までの出来事は全部夢だったのかもしれないと思えてきた。

 魔法の世界――そんな世界があるはずがない。

 とても長い夢だった。

「すごく疲れてるみたい……もう少し寝よ」

 そう言ってハルカは深い眠りに落ちた。

 小さな身体が静かな寝息を立てる。

 夢のような冒険は終わり、再び夢の中へ。

 でも、本当に夢だったのだろうか?

 もしも、あの出来事がハルカの体験した現実だったならば、そのことはハルカの『身体』が身に沁みて覚えていることだろう。

 ベッドの上では小さな黒猫が静かね寝息を立てていた。

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