第2話 へっぽこ魔導士ルーちゃん
ルーファス宅の一階に到着したハルカ。
そこでハルカが目の当たりにしたモノは!!
「……ふ、腐海の森?(スゴイ散らかってる。アタシも片付け苦手だけど、ここまでじゃないしー)」
「足もと気をつけてね、すごく散らかってるから。その辺りに座って」
「えっ?(座る? 何に?)」
床に散乱するアイテムの数々が大地を創り、山を創り、森を創り、天地創造――まるでここは箱庭レベルの世界縮小模型を見ているようだった。
ちなみにルーファスが指さしたのは、巨大なガレキの山。
なかなか座らないハルカを見て、少し考えたルーファスは発掘作業を開始。ソファを掘り当てると、改めてハルカに席を勧めた。
「どうぞ、どうぞ座って」
「う、う〜ん」
再びハルカの前で発掘作業をはじめるルーファス。今度はハルカの向かい側で一人がけのソファを掘り当てた。遺跡発掘か、宝探しの勢いだ。
「どっこいしょ」
年寄り臭い声を出して座ったルーファスが、すぐにハルカの瞳を見つめるようで見つめない。本人はハルカの顔を見ようと努力しているのだが、眼が好き勝手に泳いじゃっている。
「あー、えーっと、なにから話したらいいのかな(うわぁ、僕のことずっと見てるよ。眼で殺されそう。早めに謝ったほうがいいかなぁ)」
「ここどこなの? なんかわかりやすく言ってくんない?(わけわかんなくてムカツクし、あーっもぉサイテー)」
「ここはアステア王国にある私の家。あなたは私に召喚されてこの場所に……(間違って来ちゃったみたい)」
完全に床を凝視するルーファスの顔を、キレ気味のハルカの眼が睨む。
「召喚ってどういうこと、意味わかんない」
「つまりですねー、他の場所からのこの場所に召喚したわけなんだけど(召喚ってポピュラーな言葉だよね、なんで通じないの?)」
「わかんないし、バカじゃないの!(召喚ってアニメとかのアレ……なわけないじゃん、ありえないしー、こいつバカ?)」
「あー、えっと、だからね。大魔王を召喚しようとしてですね。そのね、だからね、間違ってさ……召喚しちゃった、えへっ」
ルーファスの爽やか笑顔炸裂!
が、その口元はプルプル震えていた。ムリしちゃってるの丸わかり。
「大魔王って意味不明だし。てゆか、アンタの格好なんなのコスプレ? アタシ変態コスプレ野郎に誘拐拉致監禁?」
「だーっだだだだーから違うって、ごめんね、間違って召喚しちゃったんだってば。ごめんね、ごめんね、ごめんなさい!」
ひたすら謝るルーファスは、そのままソファを飛び降りた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
ゴン、ゴン、ゴン!
ルーファスは土下座しながら、床におでこを強打していた。痛々しいというか、イタイ人だ。
自虐傾向に走るルーファスを見ながら、ハルカは見下した態度で仁王立ちしていた。
「謝ればいいと思ってるわけ?」
ハルカの爪先がルーファスの体を突付く。
なんかこれって、嬢王様とマゾ男の構図だ!
「ごめんなさい許してください。根っからのダメ人間なんです、生まれてきてごめんなさい(ああ、母さんごめんなさい)」
「だったら死ね」
「うわぁ〜ん!」
ゴン、ゴン、ゴン!
再び頭を床に打ち付けるルーファス。釘を打てそうな勢いだ。
激しさを増す日曜大工の音色に、だんだんハルカも不安を覚えてきた。
「あのさー、ウザイからもうやめてくんない?」
真っ赤なおでこを上げたルーファスは鼻水も垂れ流していた。
「許してくれるの?」
「許すもなにも、まだなんかよくわかんないし。今回は特別に許してあげてもいいかなぁーとか」
プイっとハルカはそっぽを向いて、ルーファスから視線を外した。なぜかハルカは恥ずかしそうな顔をしていた。
そのハルカの表情を見逃さないルーファス。
「(その表情……萌えだ……だ、だめだ、また出会ったばっかりのコに恋しそうになちゃった)あーっ、紅茶いれてくるね。ちょっと待ってて(人を好きになるクセ直さなきゃなぁ)」
ルーファスは土下座でずれたメガネを直し、仕切り直しにキッチンに姿を消してしまった。
ひとり部屋に残されたことで、ハルカは周りをぼんやり見つめながら冷静さを取り戻してきた。
「(全部悪夢なのかも。アイツ変な服だし、アステア王国ってどこそれ。てゆーか、普通に言葉だって通じんのオカシイ)」
マンホールに落ちた記憶まではある。そのあとは気付いたらカビ臭い地下室だった。
ま、まさか下水道に落ちて知らない国まで流された!?
なんて非現実的なことはないだろう。
しばらくして、ルーファスが湯気の薫るカップをトレイの乗せてやって来た。
「熱いから気をつけてね」
「うん、ありがと」
ハルカは無愛想にカップを受け取り、、入念に息を吹きかけてから一口飲んだ。
次の瞬間。
ブフォーッ!
ハルカの口が紅茶の噴水を吹き上げた。
「マズーっ! 砂糖と塩間違えたんじゃないの、バカでしょ!)」
紅茶だと思ったものが紅茶の味ではなかった。油断した。真後ろから鈍器で撲殺されるくらい不意打ちで不覚だ。
唇から滴る紅茶を手で拭いながら、ハルカはふと目線を上げた。
そして、凍りつく。
レンジでチン♪
ハルカは解凍された。
「うはっ、マジごめん!」
紅茶を噴出してしまったこともそうだが、それによって引き起こされた悲劇が重大だった。
顔をびっしょり紅茶で濡らしたルーファスが、肩を震わせて引きつった笑みを浮かべている。怒っているのではない。ネジが外れて壊れているのだ。
「へっへっへっ……ぜんぜんへーき。えへへ、僕みたいな奴は紅茶かなんかで顔を洗って出直したほうがいいから、気にしないで(紅茶にもカテキン入ってるっけ。カテキン効果で雑菌退治。あはは、僕は雑菌か……)」
「……紅茶がマズイのが悪いのよ、アンタのせい」
「それは僕の過失だよね、あはは(いつも砂糖と塩の容器間違えるんだ)」
「もーしょーがないなぁ。拭いてあげるから顔出して」
そのままハルカは、濡れたルーファスのメガネを取った。
「……マジ?」
「どうかしたの?」
メガネを取ったルーファスの顔を覗きこむハルカ。
「(……イケメン)」
ハルカは頬を桜色に染めて、そっぽを向いてしまった。
そっぽを向かれたルーファスは、すぐにハルカからメガネを奪い取って掛け直した。
「はぁ、みんな僕の顔を見ると、なぜか顔を背けるんだ。そんなにヒドイ顔なのかぁ、ふふふっ」
メガネを掛けたルーファスを再び見るハルカ。分厚いメガネで、ボサボサの髪を結わいた冴えない男。
「そうよ、アンタなんて別に……その……なんでもないんだから!」
メガネを掛けたルーファスには、かなり強気の態度だ。
ハルカは脳裏から『記憶映像』を消すために、駅前でもらったポケットティッシュを取り出し、力いっぱいゴシゴシはじめた。
拭かれているルーファスはなんか言いたそう……。
「あ、あのさ(痛い)」
それでもハルカは手を止めようとしなかった。なにかに取り憑かれている勢いでゴシゴシ。
「よし、これでオッケー」
腰に手を当ててハルカは満足げにしている。
タイル掃除でもする勢いで拭けば、紅茶は一滴も残っていないだろう。
しかし!
ルーファスの顔はティッシュのカスでスゴイことになっていた。
顔にティッシュカスを付けたまま、急にルーファスは真顔になった。
「そういえばさ、ハルカってどこから来たの?」
「日本だけど、それがなに?」
「ん?(ニホンってどこだろう)」
「なんで首傾げるわけ、地球とでも言えばいいのウチュー人さん?」
「チキュウ?(ニホンという国のチキュウって都市?)」
「はぁ、なんで通じないわけアンタバカ? 英語だったら通じるの、アースよアース」
その発言を受けてルーファスは動きを止めた。そして爆発するように身を乗り出した。
「……な、なんだって!?(アースってアースのこと!?)」
驚きで顔がぶっ飛ぶ勢いで、ルーファスは唾を飛ばした。
ティッシュのついたままの顔で、ルーファスはグワっとハルカに詰め寄る。
「アースというのは伝説の楽園の名だよ。でもね、楽園というのは名ばかりで、大きな戦争のあとにそこは地獄よりヒドイ場所になったらしい。ま、全部おとぎ話だけどね」
「地球滅びてないし、だってアタシここにいるし。地球じゃない星にいるわけアタシ? ばっかじゃないの」
「一から説明しようか? この世界はガイア、今私たちがいるのはウーラティア地方のアステア王国の王都アステア」
「そんなことどーでいいから、早く家に帰しなさいよ!」
ハルカはルーファスの胸倉を掴んだ。
ルーファスの視線の先で、握られた拳が震えていた。今にもあの拳でグーパンチが来そうだ。
「だ、だからね帰してって言われても。間違って召喚したとはいえ、契約内容が生きている場合は、その契約を果たさないとあなたは帰れないわけで……(この子だったらルシファーの代わりになるかも)」
「どうしたら帰れるわけ?」
「大魔王を召喚しようとして間違ったって言ったっけ?」
「それがなに?」
「その召喚した理由って言うのが……世界征服なんだよねぇ、あはは」
「なにそれ、いい歳して子供みたい……ばっかじゃないの」
子供の夢ならまだしも、十七にもなって世界征服を本気で考えるなんて、脳内が子供だ。それとも、よほどの自信が……ルーファスにあるはずがない。
「子供みたいで悪かったですねー。私はこれでも真剣に世界征服をして、世間を見返してやろうと思ったんだよ」
「じゃあアタシが世界征服でもすれば帰れるの……バカらしい」
「……たぶん(あんまり後先考えてなかった)」
「たぶんじゃ困んのよバカ!」
ついにグーパンチ炸裂!
鼻血をピューと吹きながらルーファスは側倒した。
猛烈に鼻血を垂らしながら、ルーファスは真顔でハルカを見つめた。
「ごめんね、私のせいでこんなことになって。私が責任をもって君を帰してあげるから、心配しないで」
鼻血ブーしているが、その真剣な言葉にハルカは胸を打たれた。
そして、膨れっ面をしながらも、目頭が熱くなっているのを感じた。
ルーファスの手がハルカの顔にそっと伸び、瞳から零れ落ちた一滴を優しく指で拭った。
「ごめんね」
「気安く触んないでよ」
ハルカはルーファスの手を払いながらも、その行動は強がっているようにも見えた。
ルーファスは俯き、静かに言葉を漏らした。
「でもね……実はさ……ぜんぜんあなたを帰す方法がわからないんだよね。アースから来たなら、私には絶対ムリかなみたいな……あはは」
急に態度を変えて軽く笑い出すルーファスに対し、ハルカの中で突発的な憎悪が生まれた。
「シネッ!」
瓦礫の山からハルカは魔導書を取り、そのまま大きく振りかぶり風が唸る。
グォォォォン!
魂の剛速球だぁぁぁぁっ!
分厚い本がルーファスの顔面に炸裂した。
顔を変形させながらルーファスはぶっ飛び、そのまま意識がブラックアウトしてしまった。