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第16話 影

「ローゼンクロイツ!」

 ローゼンクロイツが倒れたのを見てルーファスが叫んだ。

「余所見をするなルーファス!」

 カーシャの叱咤が飛んだ。

 慌ててしゃがんだルーファスの頭上を風の刃が擦り抜けた。

 クロウリーの動きは猫とじゃれ合うように、ルーファスとカーシャを弄んでいた。

 わざと攻撃を少し外し楽しむ。

 石の祭壇の裏からルーファスたちを見守るハルカの瞳。

「カーシャがんばって、とくにルーファスは死ぬ気でがんばれ!」

「……私まだ死にたくないよ」

 呟くルーファスの真横を気弾が抜けた。またもやカーシャの叱咤が飛ぶ。

「戯けがルーファス、気を抜く出ない!(へっぽこ魔導士め!)」

 舞うように動くクロウリーは笑っていた。このお遊びを心から楽しんでいた。

「運命は決して変えられぬ。ハルカと私がひとつに結ばれることも、この戦いの行方も。さて、この勝負どちらが勝つと思うかね?」

 どうしてもハルカを助けたい。

「僕が絶対に勝たなきゃいけないんだ。ハルカを助けなきゃいけない」

 何度もルーファスはハルカを助けることができなかった。

 教会でハルカが連行されたときも、ハルカが処刑されたときも、魔導学院で連れ去られたときもだ。

「(これが最後だ)」

 そんな想いがルーファスの頭を過ぎった。ここでハルカを助けられなかったら後がない。すべてが取り返しの付かないことになってしまうような気がした。

 ルーファスがハルカのことをどう思っているのか?

 そんなことじゃない。

 今のルーファスはただ一心にハルカを守りたいだけだった。

 ただひたすらにがむしゃらに、ルーファスはクロウリーに向かっていった。

「わかったやるよ、やるさ、やってやるさ――クイック!」

 呪文を唱えたルーファスの移動速度が急激に上がった。普段の二倍以上のスピードが出た。

 遊んでいるクロウリーの真後ろにルーファスが回った。

「ウィンドカッター!」

 クロスさせた腕を広げ、ルーファスは風の刃を放った。

 空気を切り裂く風の刃は簡単に避けられてしまったが、そこを狙ってカーシャが魔導を放つ。

「ライララライラ、生を凍らせ!」

 カーシャの両手から放たれた冷気が扇状に芝生を凍らせ、鋭い氷の刃がいくつもクロウリーに襲い掛かる。

 上下左右に扇状に広がる攻撃を避けることはクロウリーにもできなかった。

 氷の刃がクロウリーの肉体を貫通し穴を開け、肉体は蒼い氷に覆われ凍結した。

 だが、氷付けにされたクロウリーの身体から、突如として黒い炎が巻き起こり、天を焦がす勢いで燃え上がった。

 炎の中で優しく微笑むクロウリーの目に緋色が宿る。

「覇ッ!」

 業火は一瞬にして掻き消され、衣服すらも無傷のクロウリーが蒸気をあげながら現れた。

 それを見たカーシャが呟く。

「もはや奴は人間ではない。肉体は人の肉にあらず、服もマナを具現化させたものに違いない(人間の域を超えたか……神か悪魔か、どちらでもない魔人か)」

「さすがはカーシャ君だ。私はすでに人間の域を超えている。しかしまだまだ……ハルカとひとつに交われば、もっと強大な力を得る。神をも凌駕する力をね」

 クロウリーは魔王の出現を望み、それを喰らい力を吸収する気でいたのだ。

「そんなことさせない!」

 地面を蹴り上げたルーファスのクイックが時間オーバーで切れた。急激なスピード変化に身体がついていけず、その反動でつまずいたルーファスがぶっ飛び、拳を前に出しながらクロウリーに向かってロケットパーンチ!

「覇ッ!」

 だが、ルーファスはクロウリーの気合だけで吹っ飛ばされたしまった。

 物陰で見守るハルカはため息をついた。

「頑張ってるのは伝わるんだけどー、ダサッ」

 しかも、もっとダイいことに、飛ばされたルーファスはカーシャにぶつかって押し倒してしまっていた。

「このへっぽこ魔導士がっ!(どこまで人に迷惑をかければ気が済むのだ……笑えん、ふふっ)」

 人様に迷惑をかけてるのはお互い様だ。カーシャも人のことを言えない。

 カーシャの巨乳から顔を上げ、ルースファスはすぐに立ち上がった。

「わかってるよ、僕だって一生懸命やってるんだよ!」

 マジな心意気は伝わるが、ルーファスの鼻からはツーっと鼻血が流れていた。

「妾が本気で戦えぬは貴様のせいだぞ、貴様が責任を取らずにどうする!」

 カーシャに叱咤され、ルーファスのお腹が『ぐぅ』となった。だんだんお腹が緩くなってきた。極度の緊張がピークを超えようとしていた。

 しかし、こんなときにトイレに行ってるる場合じゃない。

 クロウリーは腕を組み、ルーファスとカーシャのやり取りを見守っていた。不意打ちをする気すらないのだ。

「つまらんな、二人とも弱すぎる。しかも二人とも実力を出し切れていないようだな。特にカーシャ君、君は最盛期の十分の一の力も出せないのだろう?」

「悪かったな、全てルーファスのせいだ!(ルーファスに出会ってから、前にも増して運が悪くなったな……ふふふっ)」

「そうか、やはりな。ルーファス君の中にある力は、カーシャ君の力を奪ったものだったのだね。いや、それを足しても最盛期の力にはならない。残りはどこに?」

「うるさい知るか!」

 クロウリーの緋色の瞳に浮かぶ六芒星は、ルーファスの中に入り込んでいるカーシャのエネルギーを感じていた。どうやってカーシャのエネルギーが、ルーファスの体内に入り込んだのかまではわからない。けれど、そのエネルギーを使えば、ルーファスはもっと高度な魔導を使えるはずだった。

「力の使い方を知らんようだな、もったいない」

 クロウリーは呟いた。

 想い耽るようにクロウリーは天を仰ぎ、動きをまったく止めてしまった。

 その隙をカーシャは見逃さなかった。

「ルーファス、ライラで炎を撃て!」

「えっ!?」

「イヤなら貴様を投げるぞ(ルーファスミサイル……そっちの方がおもしろいな)」

 なにを言われているのかわからなかったが、カーシャの髪色が白銀に変わったのを見てすぐに理解した。

 カーシャは身体の中のマナを全て手に集中させた。

「ライララライラ、神々の母にして氷の女王ウラクァよ……」

 ルーファスの周りにもマナフレアが飛びはじめ、魔導を帯びた風が髪の毛を巻き上げた。

「ライララライラ、紅蓮の業火よ全てを焼き尽くしたまえ……」

 二人が呪文を詠唱する最中もクロウリーは空を見上げ、流れる雲の動きを詠んでいた。そして、クロウリーが首を下げた瞬間。

「メガフレア!」

「ホワイトブレス!」

 紅蓮の業火と猛吹雪が世界を包む。

 高等魔導ライラの中でも名を持つ魔導。不完全な詩だけではライラは真価を発揮できない。正しい詩を読み、名を呼ばれることによってライラは完成するのだ。

 ほぼ同時に放たれた炎系高位魔導と氷系高位魔導は、普通なら互いを相殺するはずだった。

 心の底からクロウリーは笑った。

「あははははっ、素晴らしいぞ、太古の神術。さすがはカーシャ君だ」

 二人の放った魔法は互いに轟音と共にとぐろを巻きながらクロウリーに襲い掛かる。決して混ざり合うことなく、炎と氷がそこに存在する。それを見たカーシャが不適な笑みを浮かべた。

「名付けて、冬にコタツで食べるアイスは美味いだ!」

 クロウリーは魔導壁を張ったが、二人の放った魔導に当たった刹那、シールドはガラスの割れるような音を立てて粉々に砕け、炎と氷がクロウリーの身体を包み込んだ。

 蒸気と硝煙で視界が遮られ、渦巻き混沌とする魔導の中で、クロウリーは高笑いをしていた。

「ははははははっ、素晴らしい、素晴らしいぞ、とても快感だ!」

 クロウリーの身体が溶けていく。それはまるで鉄が溶解するようだった。

 ルーファスが額の汗を拭う。

「どうなった?」

 すでにクロウリーの笑い声は消えていた。

 視界を遮っていた煙たちが姿を消すと、その中に人影が!?

 まさか、まだクロウリーは生きているというのか!

 人型をしていた影が飛び散り、銀色の粉が風に吹かれ舞い上がった。

 煌く粉の中にクロウリーはいない。

 あれだけの攻撃を喰らえば、跡形も残らないのは当然だった。

 その場に立ち尽くすルーファスにハルカが駆け寄る。

「ルーファス、イケてたよ。やればできるんじゃん!」

「あ、ああ、うん」

 呆然としてしまっているルーファス。自分でもビックリ仰天なにがなんだか実感が沸かない。

 カーシャは焦げた地面に残る銀色の粉を指先で掬った。

「完全に消滅したらしいな。これは身体を構成していた物質だろう」

 そう、全ては終った。

 それをじわじわと実感してきたルーファスはハルカのことを抱きかかえた。

「よかった、本当によかったハルカが無事で」

「助けに来て当然だからありがとうなんて言わないからね……ちゅっ」

 仔猫の唇がルーファスの頬にキスをした。

「はわっ、な、ななにしたの!?(キス、キスされた!?)」

 猫といえどキスはキス。一回は一回。

 ルーファスは顔を真っ赤にして取り乱し、ここでもうひとつあることに気づいてしまった。

「あーっ! 人殺しちゃった、殺しちゃった、クロウリー学院長殺しちゃったよ、これって殺人じゃん!」

 ルーファスの頭から意識が紐のように抜け、口から泡を吹いて最後は気絶してしまった。

 そんなルーファスのハルカは見て思う。

「……ダサイ」


 夜のカーテンが空を覆い、サン・ハリュク寺院が静けさを取り戻した頃、式場だったあの場所で赤黒いの魔導衣が風に揺られてはためいた。

「よくぞ私の影を倒した。しかし、まだまだだ、まだまだ彼らは強くなる……ふっはははははっ!」

 月明かりに照らされる妖艶な横顔は狂気の影を孕んでいた。

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