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第12話 ゆけ、ねこしゃん大行進!

 全員の視線が集まったそこに立っていたのは、蝙蝠のような漆黒の翼を持つ悪魔――エセルドレーダだった。

 ボンテージ姿に身を包むエセルドレーダの手には黒い鞭が握られている。その鞭が床の上で踊るたびに、甲高い音が廊下に木霊した。

 エセルドレーダは人差し指を熟れた口の中でしゃぶり、緋色の眼はローゼンクロイツを恨めしそうに見つめていた。

「本当はアナタの首を刎ねてやりたかったのに、我が君のお許しがでなかったわ」

「キミがボクのことをいつも睨んでいるのは知ってるよ(ふあふあ)」

 視線を滑るように移動させ、次にエセルドレーダが見たのはハルカだった。

「我が君はアナタを欲しているわ。はじめて出逢ったときから、我が君はアナタに惹かれていた。アナタが死から復活したことを知り、その想いはより強いものへと変わった」

 腐臭が霧のようにあたりに立ち込め、エセルドレーダの足元から汚泥が沸き立つように闇が姿を見せた。

 沸き立つ闇はエセルドレーダの感情が具現化したものだった。

 ――嫉妬。

「アタシが我が君に愛されることはない、ただの奴隷だから。傍にお仕えで消えれば本望よ。でも、許せない、許せない、許せない。我が君に愛されるアナタたちが許せない」

「ボクはクロウリーがキライだ(ふあふあ)」

 柳眉を逆立てるエセルドレーダを前に、ローゼンクロイツの声音に感情はない。

 軟鞭が撓った。

 ローゼンクロイツは動かなかった。その胸元の衣服は刃物で切られたように口を開けていた。

「クロウリーの命令がなければ、ボクを殺せないのかい?(ふにふに)」

「くっ!(今すぐにでも殺してやりたいのに)」

「やっぱりキミはクロウリーの犬だ(ふあふあ)」

「アンタこそ、我が君にどれだけの支援をされて、今があると思ってるのよ!」

 幼い頃からクロウリーに経済的支援と愛を受けてきたローゼンクロイツ。それを全て見てきたエセルドレーダにとって、ローゼンクロイツは嫉妬の対象でしかなかった。

 目の前にいるのに殺せない。身体の芯から熱く火照り、欲情にも感情がエセルドレーダの脳内を支配する。

「アタシが殺すなと言われているのは二人だけ」

 緋色の瞳に映し出されるルーファスの姿。

 エセルドレーダが床を蹴り上げ飛翔した。

 巨大な翼を携えたその姿はまさに魔鳥のごとく獲物を狙う。

 眼を丸くしたままルーファスは動けない。蛇に睨まれた蛙。美女に狙われたルーファス。

 鞭がルーファスに襲い掛かり、ハルカが叫ぶ。

「ルーファス!(危ない!)」

 鞭は宙に輝線を残し、紙一重でヘッドスライディングしたルーファスの足元を掠めた。

 次の攻撃はどこからくる!?

 来ない?

 エセルドレーダの繊手はルーファスではなくハルカを捕らえようとしていた。

「放して!」

 喚くハルカの首根っこを鷲掴みにし、エセルドレーダは妖艶な笑みで唇を舐めた。

「我が君の命令が優先よ。この仔猫ちゃんはいただいていくわ」

 高らかな嘲笑が木霊し、ハルカを胸に抱いたエセルドレーダの身体が、墨汁を垂らしたかのごとく闇に侵食されていく。

「助けて!」

 悲痛なハルカの叫びがルーファスの鼓膜を振るわせる。

「ハルカ!」

 闇に溶けていくハルカにルーファスが手を伸ばした。だが、間に合いそうにない。

 虚しく伸びるルーファスの手の横を輝く鎖が抜け飛んだ。ローゼンクロイツの放った魔導の鎖――エナジーチェーンだ。

 魔導の鎖は先端で四つに分かれ、エセルドレーダの四肢を捕らえた。

「ルーファス手伝え!(ふにふに)」

 珍しくローゼンクロイツが声をあげた。

 魔導チェーンを握っているローゼンクロイツの身体は少しずつ引きずられていた。

 すぐさまルーファスも魔導チェーンを握り締め、手に汗が滲むほどに力いっぱい引っ張った。

 力が込められるのと比例して、徐々にエセルドレーダの身体が闇の世界から引きずり出されていく。

「はっくしょん!」

 誰かがした突然のクシャミで、エセルドレーダは不意を衝かれハルカがその隙に逃げる。

 軽やかに床にジャンプし、ハルカはすぐにルーファスのもとへ走った。

 ルーファスは額に汗を滲ませ動きを止めていた。

 エセルドレーダは苦々しい顔で先を見つめていた。

 ハルカはまだ気づいていなかった。

 大きなクシャミが引き金となり起こる現象を、ローゼンクロイツを知る者ならば誰も知っている。

 蒼い顔をしたルーファスは脳ミソをフル回転させて、現状を分析した。

 身体をムズムズさせているローゼンクロイツ。

 その頭になぜか猫耳が生えた。

 おまけにしっぽまで生えた。

 そして、意味不明な言葉を発する。

「ふあふあ〜っ」

 空を漂う羊雲のような声を発したローゼンクロイツ。

「ハルカ逃げるよ!(ヤバイ、タイミングも悪い)」

 ローゼンクロイツの変化を見たルーファスは大声で叫んだ。

「なにがどうしたの?」

 状況がつかめないでいるハルカはすでにルーファスの腕の中だった。

「ローゼクロイツの〈猫返り〉だよ。一種の発作でトランス状態でなにを仕出かすかわかったもんじゃないよ!」

 ローゼンクロイツの〈猫返り〉とは、一種の発作のようなものである。いつ起こるともわからないその発作を起こすと、ローゼンクロイツの身体はキュートな猫人へと変身してしまうのだ。

 ――しかもだ。

 猫人となったローゼンクロイツの口元が一瞬だけ歪み、すぐに無表情になる。

「……ふっ」

 次の瞬間、ローゼンクロイツの身体から大量な『ねこしゃん人形』が飛び出した。しかも、ねこしゃんは止まることなく放出され続けている。

 ――『ねこしゃん大行進』発動!

 〈猫返り〉時のローゼンクロイツは記憶がぶっ飛び、トランス状態になる。人間の言葉も通じないし、意味不明な破壊活動も行なっちゃうのだ。つまり、手に負えなくなる。

 今のローゼンクロイツは最凶の魔導士だ。

 ローゼンクロイツの身体から放出される大量のねこしゃん人形。それは止まることなく、休むこともなく、二足歩行でそこら中を元気いっぱいに走り回る――いや、暴れまわる。

 ねこしゃんたちが壁に当たり、障害物に当たり、大爆発を巻き起こしていく。

 この魔導は勝手気ままに走り回るねこしゃんたちが、なにかにぶつかると『にゃ〜ん』とかわいらしく鳴いて、手当たり次第に大爆発を起こす無差別攻撃魔法だったのだ。

 しかも、一匹目がど〜んと大爆発すると、爆発が爆発の連鎖を呼んで、そこら中で大爆発が起こってしまう。

 硝煙を爆風が消し、轟音とともに再び硝煙が視界を遮る。戦乱の中に放り込まれてしまったような有様だ。

 煙の中で微かに見える建物を確認するルーファスは汗びっしょりだった。

「階段どこだかわかる?」

 ルーファスに抱かれたままのハルカは、聞かれて顎をしゃくって方向を示す。

「たぶん、あっ……あーっ!?」

「あーっ!」

 ハルカの見たものをルーファスも見て叫んだ。

 一階へ続く螺旋階段はすでに爆発によって崩落していたのだ。

 すぐにルーファスは方向を変えて走り出した。

「別の階段に行こう、こっちに道があるはず」

 視界を遮る煙の中で走る行為は、闇の中で走る行為に等しかった。

 ゴンッ!

 鈍い音を立ててルーファス転倒。ハルカが宙を舞う。

「イタッ!(壁に頭ぶつけた)」

 頭を押さえるルーファスの傍らで、見事に着地したハルカはすぐに辺りを見回した。

「ルーファスこっち!」

 ハルカが顎をしゃくった先に長い廊下が見えた。

 混乱に乗じてルーファスとハルカは廊下の奥へと走り去っていった。

 それをエセルドレーダが追うことはなかった。

 魔導に対して耐久性のある魔導学院の壁が崩壊していく。

 主人の城が壊されていくさまを見て、エセルドレーダの瞳に憤怒が宿る。

「もう許さないわよっ!(傷つけるだけなら、あとで再生が効くわ)」

 障害物のねこしゃんを軽やかに躱し、軟鞭を振るうエセルドレーダがローゼンクロイツに襲い掛かる。

 一方のローゼンクロイツは天井を見上げながらクルクルステップを踏んでいる。攻撃を躱す気、ヤル気ともにゼロだ。完全にトランスして、イッちゃっている。

 ねこしゃんの放出量が増えている。

 一斉にねこしゃんがエセルドレーダに襲い掛かった。

 エセルドレーダに向かって微笑むねこしゃん人形。目と目が合い、芽生えるトキメキ。そして、恋(?)は激しく燃え上がった。

 にゃ〜ん♪

 といっぱつ大爆発!

 そして、エセルドレーダの視界は真っ白の世界に包まれたのだった。

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