歌拓捜査(かたくそうさ)
刑事の小畑は古いタイプの人間だった。パソコンやスマホを持たず、情報の仕入れは毎朝 緑茶を啜りながら読む経済新聞のみ。仕事ばかりの日々で、趣味と呼べるようなものもない。テレビも映画も音楽も嗜まぬ。妻の食事と仕事の合間に吸う一本の煙草だけが彼にとっての生き甲斐だった。
師走のある日、小畑は一件の事件を担当する。若者の失踪事件だ。山下大地というその若者は、N県で起きた窃盗事件の容疑者として挙げられている。
山下の行方を求めて小畑は靴底を擦り減らしながら聞き込みに奮闘した。しかし、有力な手掛かりを掌握するには至らなかった。
山下の住処であったアパートにはギターと一冊のノートがあった。山下の知人によると、彼はシンガーソンングライターとやらを名乗っていたらしい。自身で詞と曲を紡ぎ歌い上げる職種とのことだが、音楽を全く嗜まない小畑には未知の存在だ。
「自分の経験の中で感じたことを歌詞にして綴るんです。山下もよく言ってましたよ。俺は胸の中の思いを歌にして発散してるんだ、ってね」
山下の知人はそう教えてくれた。
小畑は急いで署に戻り、山下のアパートから押収したノートを開いた。そこには山下が書いた数多の歌詞が綴られていた。山下が自分の思いを歌詞にしているのであれば、歌詞にこそ山下失踪事件を解く鍵があるのではないだろうかと考えたのだ。
歌詞の中で小畑はある一節に着眼した。
『君と出逢えて 人生が変わりだした 僕は動き出す』
歌詞にある『君』という人物に会えば何かがわかるのではないかと小畑は踏んんだ。山下の人生に間違いなく大きな影響を及ぼしたはずなのだから。
『君』は山下の歌の中に頻繁に現れる。『君に逢いたい 逢いたい 逢いたいんだ』『君を想うだけで 心が裂けそうになるんだ』どうやら山下は『君』に想いを寄せているようだ。しかし、身辺を調査したが山下には恋人はいなかった。となると、山下は一方通行な想いをしていたことになる。山下が好意を寄せていたのは誰なのか……
「鈴木麻友さん、あなたは山下大地と同じ大学に通っていたそうですね。山下大地は鈴木さんのことをなんて呼んでいましたか?」
喫茶店にて、手帳を片手に小畑は尋ねた。
「最初は鈴木さん、仲良くなってからはまゆゆって呼ばれてたかなぁ」
「他には?」
「他? うーん、あとは特に無いよ。お前、ってたまに呼ぶくらい」
「そうですか。わかりました。お話は以上です、ありがとうございました」
小畑は手帳を閉じた。
「なんだか刑事さん、残念そう」
「山下が、君、と呼んでいた人物を探しているんですよ。山下のアルバイト先の人間や大学の友人にひたすら会って話を聞いているのですが、なかなか当たらない。どの人にも山下は名前やあだ名、または、お前、と呼んでいるんです」
「山下が君なんて呼んでいた人いない気がするけどなぁ」
「確かに呼んでいたはずなんです」
そう言って小畑は歌詞ノートを開いてみせた。
「ほらここに、君と出逢えて 人生が輝きだした 僕は動き出す、って書いてあるでしょう?」
すると鈴木麻友は困ったような顔をした。
「刑事さん。もう一回言うとけどね、山下が君と呼んでいた人なんていない。もっと言うとね、山下は自分のこと僕だなんて言わないで俺って言う。さらにさらにね、この歌詞にある君ってたぶん私のこと。山下、私によくアプローチしてくれてたから」
「いや、でも確かにここには 君って書いてあるし、僕とも書いてある」
鈴木麻友は腕時計を一瞥し、立ち上がった。
「刑事さん、ごめん。もう3限が始まるから行かなくちゃ。あのね、君とか僕とか普段言わなくてもそう書くの。J−POPってね、そういうもんなの。お前 よりも君、俺よりも僕。沢山のアーティストがそう書きたがるもんなの」
「それはどうして?」
新たな疑問を小畑はぶつけてみた。
「ワケなんてない。そういうもんなの」




