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8.敵討ち




 

 ここは、どことも知れぬ豪華絢爛な部屋。黄金や銀に輝く数々の調度品が、所狭しと並べられている。

 部屋の最奥には、赤いビロードで覆われた豪奢な椅子があり、一人の男性が足を組んで鎮座していた。


 白い髪には整った目鼻立ち。きつく吊り上がった目つきは、野心的で強い意志を持つ雰囲気を周りに与えている。

 彼の名は、ガーランド・ブラッディハンド・ヴァン・セルシュヴァント。セルシュヴァント魔法帝国の第二王子である。


 彼の前には、薄暗いマントに身を包んで顔を隠した男が膝をついている。ほかでもない、ラウラメント=ウル王国の″白楼宮″を襲撃し、サクに右腕を奪われた″自称ネームレス″である。

 ガーランドは口元を僅かに歪めると、目の前にひざまづくネームレスに声をかける。


「無様だな、″ノーフェース″。よもや俺様の指示を無視して勝手に白楼宮に侵入した挙句、右腕を失って帰ってくるとはな。俺様は、貴様の魔術の腕だけは買っていたんだが」

「情けない姿をお見せして申し訳ありません、ガーランド王子。どうも我の魔術の調子が悪く、失敗してばかりでありました」

「……【秘術の門】の失敗か。お前は既に《永劫回帰の蛇ウロボロス》を自分のものにしていたと思っていたぞ?」

「我もそう思っていたのですが、どうやら魔術の道は奥深きようで……」


 深く頭を下げるネームレス、もといノーフェース。しかしガーランドは気にした様子もなく軽く手を振って頭を上げさせる。


「まあよい。単にお前が勝手に暴走して、手痛い思いをしただけのことだからな。で、その件はいいとして、お前は本来の仕事のほうはちゃんとやってきたのか?」

「しゃしゃしゃ。そちらについては抜かりなく」

「ほう、ではラスティネイア姫のお姿は確認できるのか?」

「もちろんです。ちゃんと録画してまいりました」


 ノーフェースはチロチロと舌を出しながら、残った左手を懐に入れる。彼が取り出したのは、小さな水晶の結晶。

 何やらノーフェースが小声で言葉を発すると、水晶が光を発し、中空にぼんやりと映像を照射し始める。


 映し出されたのは、昨晩の″白楼宮″の様子だった。二人の人物が、美しく整備された廊下を歩いている様子が立体映像として流れ出す。

 歩いているのは、大剣をかついだ黒髪の女性と、寝着を身につけた金髪の美少女……に見える人物である。


「ふむ、このどちらがラスティネイア姫だというのか?」

「もちろんこちらの金髪のほうでございます。黒髪のほうは【漆黒の戦乙女】マールレント・ヴィジャスですな」

「む、三年前の戦役で我が軍に手痛い痛手を被らせたあの小娘か。あの事件のせいで、俺様は兄上に『余計なことはするな』と釘を刺された挙句、手駒を奪われたのだぞ」


 ギリリッ。歯が軋む音が、悔しげなガーランドの口から漏れ聞こえる。だがすぐにガーランドは表情を元に戻すと、再び映像に視線を戻す。


「まぁいい。それではこの隣にいるのがラスティネイア姫なのか?」

「ええ。マールレントが寝室まで護衛していたので間違い無いと思われます。どーれ、拡大してみましょうかな。……ふむ、なかなかの美女ですな」

「おお! このお顔は間違いない、ラスティネイア姫だ! 俺様が十年前にお会いしたとき、姫は十三歳だったが、今は二十三歳か……変わらずお美しいな。まるで十代の乙女のように見えるではないか」


 まるで恋する少年のような目で、映し出される美少女の姿を食い入るように見つめるガーランド。ノーフェースも「しゃしゃしゃ」と笑いながら同意を示す。


 --だが、二人は知らない。

 --今見ている映像の人物が、ラスティネイアの弟であるスピリアトス王子であるということを。


「ふふっ、ラスティネイア姫は貧乳なのだな。だが俺様は貧乳も嫌いではない。あれはあれで良いと思うのだ」

「おやおや、ガーランド王子は良い趣味をしてますな。我も嫌いではありませんぞ?」

「くくく。ノーフェース、お前も好きだなぁ」

「しゃしゃしゃ。王子こそ」


 なにも知らない二人は、映像を見ながら実に楽しそうに高笑いをする。

 こうして奇妙な試写会は、ガーランドの居室でしばらく続けられたのであった。



 ◆◆◆



 誰もが寝静まった深夜。ラウラメント=ウル王国の王都ラウラメントにある白楼宮にある鍛錬場に、三人と一匹の姿があった。

 この国の第一王女であるラスティネイア姫、彼女の護衛である【漆黒の戦乙女】マールレント・ヴィジャス、そしてメイド服を着た美女サクラことサクと、守護者アステリアイータ=カリーナである。


 彼女たちのなかでも、特にマリィは恐ろしいまでの殺気を発していた。

 サクのことを視線だけで殺さんばかりの目で睨みつけている。もともと友好的な視線を向けられてはいなかったとはいえ、今では完全に敵対的である。


 どうやら先ほどマリィがサクに対して発した「親の仇」という表現は、あながち口から出たデタラメというわけではなさそうだ。


「マリィ。仮にも不審者から救い出したわたくしに対して、その発言は酷いんじゃないですの?」

「黙れ人殺し。そもそもその言葉遣いが気持ち悪い」

「……だってさ。流石の俺も傷つくぜ。普通に喋っていいか? イータ=カリーナ」

『あたしだってシリアス場面でちゃかすほど人の気持ちがわからないわけではないわ。普通に喋ってもいいわよ』


 イータ=カリーナの許可を受けて、サクは安堵の表情を浮かべてマリィに向き直る。


「ということでマリィ。あんたは俺を親の仇だと言うが、俺には何のことかさっぱりわからん」

「貴様……どこまでとぼけるつもりだっ!」

「落ち着けマリィ。まずは理由を話すのだ」


 ラストに諭され、マリィは一度深呼吸すると、改めてサクを睨みつけながら口を開く。


「ザッカード、という名に記憶はあるか?」

「……あんたが言うザッカードは、【紅蓮の闘士】という二つ名で呼ばれていた男のことか?」

「そうだ」

「それで、そのザッカードがどうしたんだ? って、まさか……」

「そのまさかだ。貴様と共に最果ての迷宮に挑み、そして最下層で貴様に・・・殺された・・・・ザッカードは、私の父だ」


 ザッカードという名に、サクとイータ=カリーナがそれぞれに反応を示した。サクは眉をひそめ、イータ=カリーナは目を細めながら『あら、まぁ。あなたがザックの……』と呟く。

 しばらくは無言のままマリィを見つめていたサクであったが、マリィに誰かの面影を認め、ふーっと息を吐いたあと口を開く。


「マリィ。お前が【二十一英雄】の一人、紅蓮の闘士ザッカードの娘だったのか」



 ◇



 かつて東の果てに、有史以来誰も踏破できなかった迷宮が存在していた。その名は″最果ての迷宮″。


 辿り着くだけでも一苦労。しかも中に入った途端、入り組んだ迷路に過酷な罠が待ち構え、しかも凶悪な魔獣たちがひしめき合う。

 一度入ったら二度と出られぬとまで言われ、圧倒的な死亡率の高さから下された評価は、超一級難易度。だが、かろうじて生きて帰ってきたものたちが、貴重な情報を持ち出してきていた。

 ーー迷宮の最奥に、なんと七つもの【秘術の門】が安置されているというのだ。


 超古代文明の英知の結晶と言われ、一つ所有するだけで伝説的な人物になれると言われる【秘術の門】ーーしかも未知のものが七つもあると判明して、冒険者たちは一気に色めき立った。


 まだ見ぬ秘宝、いや【秘術の門】を得るために、これまで数多くの英雄たちがチャレンジしていった。だがその多くは生きて帰ってくることはなかった。



 あまりの被害の多さに目を覆った冒険者ギルドは、ついに大きな作戦を決行することとする。

 当時の冒険者ギルドの最高戦力、もしくは最高評価を受けていたメンバーを厳選し、この″最果ての迷宮″にチャレンジさせることにしたのだ。


 この時に選ばれた二十一人の挑戦者チャレンジャーが、【二十一英雄】である。



 冒険者ギルド最高戦力とも呼べる二十一人でアタックした、″最果ての迷宮″。その挑戦は過酷を極めたのだという。

 途中で大怪我をして帰還したものが、【豪腕】オウガを含む三人。その三名を除く十八名が最後まで挑戦し続け、激闘の末ついには迷宮の最深部に到達する。

 だが、結局彼らは迷宮の最深部から帰ってくることはなかった。


 生還したのはたった一人、サクだけだった。



 ◇



「父は……ザッカードは、私にとってすばらしい父親だった。いつも優しくて、冒険から帰って来るたびに、私に優しくしてくれた。……十年前、私がわずか六歳の時に永遠に居なくなるまではな!」

「……ザッカードに娘がいるとは聞いていたが、そうか、それがマリィだったのか」

「貴様の口で軽々しく父を語るな! 父が突然いなくなった私の気持ちが貴様に分かるのか⁉︎ たった一人残された私が、どんな思いをしてこれまで生きてきたか……」


 歯を食いしばり、瞳から涙を零しながら、マリィはサクを睨みつけた。溢れ出る猛烈な殺意に、場の空気さえ震える。


「なのに貴様は、誰にもなにも話そうとしない! たった一人生き残ったにもかかわらず、あの迷宮でなにがあったのかを、貴様はなぜ言わない⁉︎ 貴様を除く十七人は、なぜ最下層で死んだんだ!」


 マリィの絶叫が、鍛錬場に響きわたる。


 彼女の魂の叫びには、実は根拠があった。

 たった一人生き延びて、″最果ての迷宮″を制覇したサクであったのだが、途中リタイヤを除く残り十七人に最下層でなにがあったのか、決して誰にも語ろうとしなかったのだ。

 ただ、全員が死亡したことと、自身が最奥にあった【七門】と呼ばれる七つの【秘術の門】を持ち帰ったことを伝えるのみ。それ以外のことについて、彼が一切語ることは無かった。


 そして迷宮ラビリンス制覇以降、サクは表舞台にほとんど姿を現さなくなる。

 誰にも、あそこで何があったのかを語ることなく、サクは迷宮の最下層での出来事について、終始無言を貫いたのだった。


「言わないということは、言えない理由があるんじゃないのかっ⁉︎」

「別に、言う必要がないから言わないだけだ。あの場所で起こったことは、あそこにいた十八人だけのものなんだよ」

「そんなの都合の良い言い訳だ! 単に言いたくないのだろう? その理由についても推測はついている!」

「……ほう、参考までに教えてもらえるか?」

「サクライ・ヤマト! 貴様は″最果ての迷宮″の最深部で、【七門】を独占するために他の英雄たちを殺害しただろう! 違うかっ⁉︎」


 あまりのマリィの言い草に、サクはつい失笑を漏らす。


「お門違いも甚だしいな。寝言は寝て言え、マリィ」

「だったらなぜ貴様だけが生きて帰ってきた! ″二十一英雄″には、私の父だけじゃ無い! 【治癒天使】エレミーや【氷の支配者】ブレイクニル、それに【森の王者】ファーブル、そしてなにより……【救国の勇者】ミレニアムもいたではないか! 全員が全員、超一流の冒険者たちだぞ! それだけの英雄たちが、なぜ帰ってこない? 貴様が、貴様が殺したからだろうがっ!」


 マリィの絶叫に呼応するかのように、彼女の全身から赤黒いオーラが吹き出し始めた。しかもそのオーラは徐々に透明な紅へと変色していく。


「おいマリィ、言っただろう? その力は危険だ。心を落ち着けてすぐに解除するんだ」

「黙れ、貴様の言うことなど聞かん! それよりも貴様にはやるべきことがある!」

「……なんだ?」

「私の父の最期を、紅蓮の闘士ザッカードの死に様を、娘である私に正直に話すことだ!」


 目を紅く輝かせながら雄大に剣を突き出し、戦乙女ヴァルキリーと呼ばれるにに相応しい姿で、マリィはサクに強く言い放った。


 だが一方のサクは、マリィの尋問に近い質問を受けてサッと顔を伏せたものの、すぐに肩を震わせ始める。

 その様子を見てマリィは、サクが笑っていることに気づいた。そう、この男は自らが殺した者の娘を前にして嗤っているのだ!


「くくく……ふふふ」

「貴様、なぜ嗤う!」

「なぜって? だってマリィ、お前はまだ親離れが出来ていなかったんだな」

「なっ⁉︎」

「マリィ、お前はその歳になってもまだ死んだ親父の影を追いかけてるんだろう? 処女ネンネ未成年ガキかと思ってたら、なんのことはない、実は親が恋しい乳飲み子ベイビーだったってわけか。まったく、ザックも救われないぜ」

「ふっざけるなっ! 貴様に、貴様に父のなにが分かると言うのだぁぁぁぁあぁぁ!」


 完全にブチ切れたマリィが、床を抉りながらサクに斬りつけていった。これまでにない速度に空気が震え、凄まじい衝撃音を発する。


 だが、マリィの剣がサクに届くことはなかった。

 二人の間にラストが立ち塞がったからだ。

 急に視界に入ってきた恩人ラストの姿に、マリィは慌てて剣を止める。


「姫っ! なにをなさいます! そこを退いてください! 私が、私がこの人殺しをっ……!」

「落ち着けマリィ。そして剣を引け。サクがそんなことをするわけないだろう?」

「いやです、たとえ姫の命でもお断りいたします! しかしなぜなのです⁉︎ どうして姫はそんなにも落ち着いていられるのですか⁉︎ 姫だって、姫だって私と同じ気持ちだと思っていましたのに!」

「よせ、マリィ。それ以上しゃべるな」

「いいえ辞めません! 姫様、私は知ってるんですよ? あなたが拾ってくる娘たちは、全員死んだ十七人の関係者です。すなわち、この男に愛する人を殺されたものたちだ! フリルだってそう! そして姫様も……」

「マリィ、いいかげんにしろ!」

「だって、だって姫も……この男に兄と呼んでいた人を殺された身でしょうに!」


 思いがけず放たれたマリィの発言は、それまでマリィに何を言われても動じることのなかったサクに強い驚きを与えた。


 よもやマリィだけでなく、ラストまでが【二十一英雄】の関係者だったというのか……。

 サクの心を代弁するかのように、イータ=カリーナがラストに問いかける。


『ねぇラスト、あなたの関係者も″最果ての迷宮″に挑戦してたの?』

「……うむ、言うつもりはなかったのだがな」

「誰だ? そしてお前とどんな関係なんだ?」

「従兄弟だ。名はミレニアム」

「お前……【救国の勇者】ミレニアム・ファーレンハイトの従姉妹だったのか」


 絞り出すようにサクが出した声が、静寂に包まれた″白楼宮″の中に消えていった。



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