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2.ラストからの依頼

【最果ての迷宮の制覇者】、【七門の支配者】、【精霊王の相棒】、そして……【世界最強の魔術師】。


 これらの呼称はすべて、サクが決して自分では名乗らぬ、だが彼の″真の実力″を知るものたちが異名として名付けたものだった。

 それをなぜ、この--幼女と言っても過言ではないような少女が知っているのか。飄々と接していたサクの顔に、僅かに真剣味が帯びる。その変化を感じてか、背後に控える従者のマリィが大剣を持つ手に力を加える。一気に漂う緊張した空気。


 だがここで先に折れたのは、雰囲気が変わったことを察したラストの方だった。


「……あぁ、もし妾が言ったことが気に障ったならすまない。確かにわたしから先に正式に名乗るべきだったな。改めて自己紹介をさせてもらうが、この場で口にするのが憚られるので、このプレートの名を確認して欲しい」


 ラストから改めて差し出されたプラチナプレート。そこに刻まれた名前を読み込み、サクは言葉を失う。


「……おい、こいつは何の冗談だ?」

「冗談でこんな名前は名乗らんよ」

「だがこいつは……」


 プラチナプレートに刻まれていた名は『ラスティネイア・ヴァーレンベルク・アル・ラウラメント』。

 いくらサクが風来の冒険者であるとはいえ、知らない名ではなかった。いやむしろ、知らないほうがおかしいくらい有名な名である。


「……なぁラスト、あんたはもしかしてこの国のお姫さんなのか?」

「こう見えて、実はそうなのだ」

「しかもラウラメント=ウル王国のラスティネイア姫といえば、【ウルの聖女】という二つ名で有名な、この国を栄光ある未来に導く至高かつ不可侵の存在だと聞いていたんだがな」

「つまらない呼び名だな。何の感慨も湧かん」

「ついでに言うと、御歳二十三の妙齢な美女と聞いていたが……?」

「どこからどう見ても妙齢な美女だろう?」

「……オホン。まぁいい、でもなんでまた【ウルの聖女】様が冒険者プレートなんて持ってるんだ?」

「その呼び名は好かん。ちなみにこれ・・は以前冒険者ギルドから貰ったものだ。特にこれまで使う機会もなかったが、こうやってサクに会うのには役に立ったな」


 冒険者たちの至高の憧れであるプラチナプレートをこれ呼ばわりする彼女の言い草はさて置くとして、冒険者プレート--しかもプラチナプレートに、たとえウソだとしてもこの名を刻むことが出来るわけがなかった。どうやら信じられないことに、目の前にいる少女は正真正銘【ウルの聖女】ラスティネイア・ヴァーレンベルク・アル・ラウラメントその人に間違いないらしい。

 並大抵のことでは動じることのないサクをも動揺させたこの驚愕の事実を、どうやら受け入れざるを得ないようだった。


「……で、じゃあその姫さまは、この俺にわざわざ会いにこんな薄汚いギルドまで出向いて来たってのか?」

「ラストと呼んでくれ。ああ、そのとおりだ」

「俺がここに寄ったのはほんの気まぐれで偶然だ。なのにラストはなぜ俺がここにいると知っている?」

「その答えは、企業秘密だな。もし知りたければ、妾の依頼を受けて欲しい。そのために、妾はここに来たのだから」

「ほう……依頼ねぇ」サクは特に表情を変えることなく呟く。「だが俺のことを知ってるってなら、俺が簡単に依頼を受けないことも知ってるよな?」

「もちろんだ。ゆえに未だシルバープレートに留まってるという事実もな。だからこれまでもサクが興味を引くような仕事の依頼の仕方をしてきたつもりだったんだが」


 ラストの言葉に、サクは記憶を刺激するものがあり動きを止める。


「……もしかして、あの変な依頼を出してたのはあんたか?」

「変な依頼とは失礼な。だがその通り、あの依頼を出していたのはこの妾だ」


 サクはギルドの掲示板に掲示されていた依頼文を思い出す。差出人もなにも記載されていない、ただ莫大な報酬と意味不明な依頼内容だけが記載されたあの奇妙な依頼を。


「確か『わが身と共にあれ』だったか? 意味がわからんな。一体どういう依頼なんだ?」

「そう聞いてくるということは、妾の依頼を受ける気があると考えて良いのか?」

「いやいや、受けるも何も依頼内容が分からないのに判断しようもないだろう」

「だが、興味もないなら詳しく聞こうとは思わない。違うか?」

「むっ」


 ラストの言葉には確かに一理あった。事実、サクは彼女の依頼に興味を持ち始めていたのだ。

 一国の姫--しかも【ウルの聖女】とまで呼ばれるラスティネイア姫からの依頼。十億エリルもの大金。姫の謎の能力の秘密。サクが興味を持つには十分な理由があった。

 だがサクとしても安易に依頼を受けるつもりはない。いくら金が必要とはいえ、甘い話には落とし穴があることを彼はこれまでの人生でよく・・知っていた。


「まぁ興味があるのは事実だ。とはいえ、たとえ聞いたとしても受けるとは限らんがな」

「それだけでも妾としてはだいぶ状況は前進している。詳しい話をしたい、どこか邪魔の入らずに話せる場所はないか?」

「あぁ、それなら……」


 そう言ってサクは立ち上がりながらカウンターの奥でコップを磨いていたオウガに一声かけると、ラストをギルドの奥にある部屋へと案内する。サクに先導される形でラストが、次いで大剣を担いだマリィが続いていった。



 サクが案内したのは、冒険者ギルドの奥にあるちょっとした広さを持つ部屋だった。舗装もしていない地面に、壁には様々な武器が立てかけてある。

 愛用の大剣を担いで部屋に入ってきたラストは、周りを見渡しながらサクに問いかける。


「ここはギルドの訓練場か?」

「ああそうだ。姫さまと語り合うにはちと殺風景だが、ここには防音の魔法もかかっているからな。誰かに話を聞かれる心配もない」

「ふっ、妾は別に気にしない。先ほどの酒場の雰囲気も嫌いではないがな」

「ははっ、庶民の暮らしにご理解が深くてありがたいことだ」


 そう言いながらサクは手に持ったワインボトルを何の道具も使わずに・・・・・・・・・空けると、空のグラスに中身の液体を注ぎ込む。片手で器用に二つのグラスを満たすと、そのうちの一つをラストに手渡し、ラストは優雅な仕草でグラスを受け取る。


「改めて、至高の姫との栄光ある出会いに」

「世界最高の魔術師との栄光ある出会いに」

「「乾杯」」


 二人の二度目の乾杯は、互いに視線を合わせたまま行われた。ラストはその体躯に似合わずワインを一気に飲み干す。ほうと感心して眺めるサクに向かって彼女は「早速だが、仕事の話をさせてもらおう」と言いながら、空いた杯をマリィに手渡す。


「おやおや、姫様は気が早いことで。俺としてはもう少しあなたとの会話を楽しみたいんだけどな。ほら、前戯もなくいきなりヤろうとすると嫌われたりするだろう?」


 さりげなく繰り出したサクのジャブのような猥談に、後ろに控えていたマリィがわずかに眉をしかめる。だがラストは表情を微塵も変化させることなく、完全に無視して話を続ける。


「依頼内容は単純だ。そう難しいものではない」


 そう言うとラストは、マリィに指示して何かを取り出させる。彼女が手に取ったのは、濃い藍色と白の混じった--おそらくは布切れだった。恭しく差し出されたそれを受け取ったラストは、そのままサクの前に突き出す。


「……これは?」

「見ればわかる」


 何かの魔法の道具なのか、もしくは神聖なる神官の祝福がかけられた聖布なのか。だがサクは何の躊躇もなく手に取ると、無造作に広げる。

 ふぁさり。空気に舞うようにして広がったそれは、サクにとっては日常的には全く縁のない、しかしそれなりに知るものであった。


 間違いない。それは服だった。

 しかも女性物の服だ。見る人が見ればそれが″メイド服″であると分かるだろう。

 そう、サクの手にあるのは、見まがうことなきメイド服だったのだ。



 あまりにも予想外の状況を前にしても、サクは動じることなくメイド服を眺めた。ただ、分かることと理解することは別である。サクは表情を崩すことなくラストに尋ねる。


「……なぁ姫さんよ。こいつはいったい何なんだ?」

「見てわからないか? それはメイド服というものだ」

「いや、それは分かる。だがこいつがあんたの仕事の依頼と何の関係があるんだ?」

「大いにある」

「ほぉ……どんな関係が?」

「おまえには、これを着てもらいたい」

「……………………は?」


 サクは、彼にしてはあり得ない行動を取った。すなわち、素っ頓狂な声を上げたのだ。


「……お、おいおい姫さん、何の冗談だ?」

「冗談でもなんでもない。おまえには一ヶ月間、その服を着て妾の侍女メイドになってほしい。それが妾の依頼内容だ」


 ラストの口から申し出された異次元級の申し出に、今度こそサクは、完全に絶句してしまったのだった。



 ◆◆◆



 突如自分の目の前に現れた姫。そして破天荒極まりない依頼内容。

 それでもサクはすぐに自我を取り戻して、無表情のまま立つラストに少し呆れた口調で語りかけた。


「……なぁラスト、あんたはたいしたやつだ。オウガに続いて俺にも絶句させたんだからな。だが冗談を言うなら、もう少しリアリティのあるものにしてもらえないか? いくらなんでもこいつは……」

「妾は冗談など言っていない。これは本気の依頼だ、報酬もきっちりと出す。十億エリルだ」

「ほう、あんたは十億エリルで人の尊厳を奪って女装させて、侍らせて楽しむような悪趣味でも持ってのか?」

「違う。侍女メイドはあくまで過程であって、本当の依頼内容は--とある人物の護衛だ。期間は一ヶ月くらいかな」

「一ヶ月? たった一ヶ月女装して護衛するだけで十億エリルを出すってのか?」


 さすがに法外な価格であることはサクでなくても簡単に分かった。なにせ『地上最強の魔獣』と言われる火炎龍の鱗でさえ三億エリルなのだ。その三倍以上の額をたった一か月の護衛で払うなど、いくらメイド服を着ることが前提とはいえ正気の沙汰ではない。


「それだけではない。我らラウラメント=ウル王国の王家に代々伝わる二つの【秘術の門】の″鍵″を開示しよう」


 ピクリ。【秘術の門】と言う単語キーワードにサクはその動きを完全に止めた。彼の目に、真剣な光が宿る。


「おいおい、ラウラメント=ウル王国の【秘術の門】といえば、完全に特秘された超一級の極秘魔法じゃないか。ちまたにはどんな種類の魔法なのか、噂一つ伝わっていない。そんなものの″鍵″を簡単に報酬にしていいのか?」

「ああ、問題ない。なにせ″鍵″の管理権限はこの妾にあるからな」


 大国ラウラメント=ウルの秘術の″鍵″の管理権限を、なぜ姫が持っているのか。普通であれば到底信じられない話だった。なぜならそのような権限は、一般的には国王もしくは複数の人物に分割して持つようなものであるからだ。

 だがラストはサクに疑問を抱かせる間を与えることなく話を続ける。


「これから先の話をするに当たって、まず一つ目の【秘術の門】についての情報を開示しよう。その名は《天をも見通す目アマテラス・ヴィジョン》。これは、使用者が望むおおまかな未来や遠方な事象を知ることができる魔法だ。種明かしすると、サクが今日ここに来ることも、この魔法によって″視た″のだ」

「なっ⁉︎」

「そして妾は、この秘術の管理および使用権限を持つ存在だ。というより、現状妾にしか使えない。妾はな、月に一度、秘術を使用することでラウラメント=ウル王国の未来を″視て″いたのだ。--まぁちょっとした占いをする巫女のようなものだな」


 ラストは″巫女″などとおちゃらけて話しているものの、その内容たるやとんでもなく、まさに世を震撼させるに足る恐るべきものであった。なにせ未来を知ることが出来る魔法など、この世に存在することすら知られていなかったのだから。


「……そいつはまた、ずいぶんとブッ飛んだ魔法だな。なるほど、秘術として隠匿されるわけだ」

「ところが先日、この魔法を使った時にある予知ヴィジョンを見た。それは、妾の弟が暗殺されるというものだった」

「おいおい、そいつは穏やかじゃないな」


 サクの記憶によると、ラウラメント=ウル王国には二人しか子がいなかったはずで、そうすると、そのうち一人が目の前のラスト、そしてもう一人が彼女の弟である王子ということになる。


「弟のスピリアトスは、妾が言うのもなんだが非常に優秀なやつだ。きっと我がラウラメント=ウル王国にさらなる発展をもたらす王となるだろう。妾が視た予知ヴィジョンは、その弟が来月16歳に--すなわち成人する予定なのだが、記念すべき成人式の会場で凶刃に斃れるというものだ」

「そりゃ散々だな」

「弟を失えば、我がラウラメント=ウル王国が衰退、もしくは滅亡してしまうのは火を見るよりも明らかだ。そんな未来、妾は決して受け入れることはできん」

「……そこまで″視えて″るってなら、犯人の目星だってついてるんだろう?」

「ああ。犯人は、隣国″セルシュヴァント魔法帝国″の第二王子であるガーランド・ブラッディハンド・ヴァン・セルシュヴァントとその手のものだ」


 ほぅ、とサクは声を上げる。セルシュヴァント魔法帝国といえば、数多くの優秀な魔法使いを抱え、野心的な超武闘派として有名な国だ。その王族は超一流の魔導士であり、第二王子となればやはりかなりの使い手なのだろう。

 その第二王子ガーランドに、自国の王子が暗殺される。なるほど、それは一大事だ。だがサクにはいくつか拭えぬ疑問があった。


「なぁ、ちょっと聞いていいか?」

「かまわないが」

「まず第一に、そこまで分かってるなら何か手を打たない?」

「だからこうしてお主に仕事を依頼してるだろう」

「いや、だからなんで俺なのさ。相手が魔法帝国だと分かってるなら他にやりようがあるだろう? しかも、単に護衛だったらマリィだっけ? そこにいるお嬢ちゃんで十分なんじゃないか。なにせその子、【漆黒の戦乙女】マールレント・ヴィジャスだろ?」


 サクの問いかけは、質問ではなく確認。断定的な物言いに、マリィが手に持つ大剣をガチャリと鳴らす。その動きを手で制しながら、ラストがニヤリと笑みを浮かべる。


「ほう……よく分かったな」

「そりゃ簡単さ。ここラウラメント=ウル王国において、黒髪で大剣を担ぐ美女なんてそう多くない。しかも未成年ときた。そしたらそこのお嬢ちゃんの正体は、自然と……三年前の魔法帝国との戦役で、齢十三にしてただ一騎で一千もの敵兵を殲滅した【漆黒の戦乙女】くらいしか思い浮かばない」

「ふむ……」

「しかもあんたは姫だ。その護衛として国の最高戦力がついていたとしても、別におかしくはない」

「ふふっ、まぁそうだな」


 あっさりと事実と受け入れるラストに、サクはだからこそ疑問を隠せない。


「そこだよ。それだけの固有戦力を所有しながら、なぜ俺のような何処の馬の骨とも知れない風来坊に頼る? 別にそこのお嬢ちゃんが一人いれば片付く問題なんじゃないのか?」

「それが、そうもいかない問題があってな。なにせ、妾が見た予知ヴィジョンでは、マリィの腕を以ってしても防げなかった・・・・・・のだ」

「あぁ……」


 ラストは、弟が暗殺される未来を″視て″いる。その中で当然、国家の最高戦力たるマリィがどうなったのかも″視て″いるのだろう。


「なにせ相手は″魔法帝国″だ。数多くの強力な魔法使いだけでなく、固有の【秘術の門】も複数所有している」


 世間の噂によると、セルシュヴァント魔法帝国は二桁を超える【秘術の門】を所持していると言われていた。実際に戦役等で確認されたのは三つの門であるが、そのいずれもが超破壊力を持つ魔法であると伝わっている。


「しかも、妾の予知ヴィジョンによると、おそらく相手は未知の・・・【秘術の門】を使用していた」

「未知の門、ねぇ……」


 なるほど、とサクは頷く。相手が並大抵なものでなく、かつ護衛を必要としている事情も理解した。

 だが彼には、最も腑に落ちていないことがある。


「そこまではいい、事情は理解した。でもな、だからこそ理解できない。なぜこの俺なんだ? そして、なんでメイドなんだ?」

「……そのとおりです」


 サクの問いかけに同意を示したしたのは、それまで無言を貫いていたマリィだった。


「ラスティネイア様、なにゆえこのような得体の知れぬ輩に頼ろうとするのです! メイドでしたらこの私にお任せくださればよろしいですのにっ!」

「そこかよっ!」


 思わず突っ込むサクの言葉に、マリィは抜けるような白さの頬をサッと赤く染めながら激しく首を左右に振る。


「ち、ちがった。ラスティネイア様、こやつなどよりも私の方が絶対に役に立ってみせます! この私、マールレント・ヴィジャスが死力を尽くしてスピリアトス王子をお守りしますのにっ!」


 だがマリィの必死の申し出にも、ラストは冷たい表情を浮かべたまま、首を横に振る。


「……お主では力不足なのだよ、マリィ。ガーランドはおろか、このサクの足元にも及ばない」

「そ、そんなわけがありませんっ! 私は一騎当千の王国の騎士、貴女の親衛隊です。こんなお、お、お、お下劣なことを言う輩に遅れをとることなどありえませんっ!」

「おいおい、おまえさんさっきの下ネタを根に持ってたのかよ」

「ですのでこの私がたった今ここでこの不埒者を打ち倒し、その力を証明してみせます!」


 言うが早いか、マリィは手に持つ大剣を一気に構えた。同時に、赤黒いオーラのようなものがマリィの全身をうっすらと包み込んでゆく。


「【戦騎状態ガルド・モード】に入ったか、愚か者め」


 今にもサクに跳びかからんマリィの様子を見ながら、ラストがため息まじりにサクに声をかけた。


「……サク、大変申し訳ないがこの馬鹿者を軽く捻ってはもらえんだろうか」

「簡単に言ってくれるな、相手は【戦騎状態ガルド・モード】に入った騎士さんだぞ?」

「詫びがわりに、後ほどもう一つの【秘術の門】を見せよう。あと、おぬしの【守護者アステリア】を喚んでもらってもかまわない」

「ったく、まだ会ったばかりだってのに人使いの荒い姫さんだな」


 ため息まじりにそう口にしながらも、サクはすでにラストの依頼を受ける気でいた。理由はもちろん金ではない。彼としてもどうしても手に入れたい″報酬″があったからだ。

 ゆえに彼は手に持っていたワインをラストに手渡しながら、コキッと軽く首を回す。


「仕方ない。あの怒髪天をついてるお嬢ちゃんをちと鎮めてくるかな」

「力を示してくれ、サク。……いや、怪盗【ネームレス】」


 怪盗【ネームレス】。そう呼ばれてサクは僅かに動きを止めたあと、ラストの方に振り返る。


「……なにを言ってるかわからんなぁ。なんで俺が世界を騒がす大怪盗、超一級世界犯罪者である【名無しの権兵衛ネームレス】だと呼ばれなきゃいかんのか」

「……ふふっ、まぁいいさ。とにかくマリィに怪我させないでくれよ。あれでも可愛い嫁入り前の生娘なんだから」

「どう考えても心配するなら俺の方だと思うんだがなぁ」


 そう言いながら、サクは赤黒く輝くマリィへと対峙するのだった。




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