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12.襲撃

「ラスティネイア姫サマー!」

「我らが希望! 我らが聖女!」

「【ウルの聖女】、バンザーイ!」

「俺たちに幸運と幸せを!」


 ラスティネイア姫を乗せた馬車は、十数名の騎士に先導されて沿道を進んでいく。道端に控えていた数千もの民衆が、めったにお目にかかれない【ウルの聖女】に向けて、祈りや称賛の声を張り上げている。


 ふいに、馬車の窓が開け放たれ、ヴェールを被った聖女の姿が民衆の前に披露された。

 見るだけで幸せになれると評判の【ウルの聖女】が姿を見せたとあって、観衆たちは熱狂的な歓声を上げる。その声に応えて、ラスティネイア姫は窓の外の歓声に手を振り、さらに歓声は大きなものに変わっていく。沿道は、興奮の坩堝へと化した。


「大したものですわね。スピリアトス王子も」

『本当ね。大人気じゃない』


 ラスティネイアに扮装したスピリアトスと同じ馬車に乗っていたサクとイータ=カリーナが、あまりの歓声の凄さに驚きを示す。

 すると、すぐ横に座っていた幼女--本物のラスティネイアが自慢げに頷いた。


「であろう? あやつにはなんというか、カリスマがあるのだ。ゆえにこれほどまでに観衆たちの熱狂的な支持を得ることができている」

「んなの、ただの女装マニアじゃねーか」

『こらヤマト、素が出てるわよ』

「……はいはい、わかりましたですわ」


 幸いにもサクとイータ=カリーナの囁きはラストの耳には届いていない。

 こうしてラスティネイア一行は、群衆の熱狂的な歓声を浴びながら、スピリアトスの成人の儀が行われる【ウルの神殿】へと進んでいった。



 ウルの神殿とは、王都ラウラメントの街から野道を小一時間ほど進んだ小高い山の上にある神殿だ。

 なんでもラウラメント=ウル王国の初代国王が、この丘で二匹の狼に育てられたという伝承が残っていることから、建国を記念する聖地として神殿が建立されたらしい。

 そのような経緯から、ラウラメント=ウル王家の嫡子が成人する際には、この【ウルの神殿】で成人の儀を行うこととなっていた。


 ただ、ウルの神殿自体は街から少し外れていることから、普段から多くの人たちが集まる場所ではない。せいぜい年に一度の『誕国祭』のときに、敬虔な愛国者が儀式に参加しに来るくらいである。

 そのため、神殿へ至る道はきちんと整備がなされているわけではなく、所によっては野道に近いような状況すらあった。


 とはいえ、王都に近いこの場で何かが起こるなど、誰が想像できようか。

 ましてや″魔物の群れ″が襲撃してくることなど、誰一人、夢にも思っていなかったのである。



 ◇



 ラスティネイア姫ご一行がしばらく行進していると、徐々に人もまばらになっていった。

 やがて馬車は、森の中の小道へとたどり着く。馬車が通る道くらいは確保されているものの、周りは木々に覆われている。


『……サク、気づいてる?』

「ええ。どうやら動き出したみたいですわね」

「どうした? 何かあったのか?」


 サクとイータ=カリーナの意味深な会話を耳にしたラストが、訝しげに二人に尋ねる。サクは周りの気配に気を配りながら、「どうやらお客様が来たみたいですわよ」と答える。


「お客様? それはどういう意味なのだ?」

『この馬車、すでに周りを″人でないもの″に囲まれているみたいよ』


 イータ=カリーナの返答に、ラストが一気に顔色を変える。


「まさか、ガーランドのやつがこんなところで仕掛けて来たと言うのか⁉︎」

「ガーランドが犯人かはわかりませんが、この気配……魔物かしらね」

『いきなりこれだけの数を揃えるなんて、もしかしたら召喚系の【秘術の門】なのかもね』

「視界は限られ、隠れ潜む場所は多数。襲撃をかけるには絶好とはいえ、まさかこうも堂々と仕掛けてくるとは思いませんでしたわ」


 言うが早いか、サクがメイド服を翻し、颯爽と立ち上がる。激しく揺れ動く馬車の中でもバランスを崩すことなく立つ様に、ラストは思わず見とれてしまう。


「サク、出るのか?」

「外にはマリィがいますわ。あの子がいれば、そう簡単には抜かれないでしょう。その間にわたくしは……様子を見ながら相手の魔術を分析します」



 一方、馬車の外ではポツリ、ポツリと黒い点が、森の中に見え隠れし始めた。

 状況の異変に最初に気づいたのは、マリィだった。


「気をつけろっ! 周りに何かがいるぞ!」


 次の瞬間、馬車の周りから一斉に何かが飛び出してきた。暗く小さな塊は、恐らく人間の子供程度の大きさだろうか。腰布を巻いただけのほぼ全裸姿で、頭には小さなツノを生やしている。

 小鬼のような姿をしたそれは、爬虫類のような縦長の瞳と、尖った牙をむき出しにして馬車を守る騎士たちに襲いかかる。その数、およそ百以上。


「な、なんだこいつらはっ⁉︎」

「小鬼かっ! クソッ、何でこんなところに!」

「うわあっ、噛まれたぞ! 痛えっ!」


 馬車に迫り来る小鬼たちを、マリィは大剣で一閃する。わずか一太刀で、三匹の小鬼が真っ二つに切り裂かれる。

 さらに一閃すると、続けて四匹の小鬼がバラバラになりながら吹き飛んでいく。不思議なことに、マリィに切断された小鬼たちは空気の中に溶け込むかのように消えていった。


 摩訶不思議な小鬼の襲撃を、大剣を振り回して退けるマリィ。

 だが彼女の武勇を以ってしても、数の暴力に対抗するには限界がある。しかも襲いかかる小鬼は、どうやらただの小鬼ではなかった。


「ぐっ⁉︎ か、身体が痺れるっ」

「がぁあっ!」


 小鬼に噛まれた騎士たちが、次々と地に倒れ伏していく。どうやらこの小鬼の牙や爪には麻痺の効果があるようだ。

 ただでさえそう多くない騎士たちが、小鬼の攻撃でどんどん数を減らされていく。マリィたち護衛騎士を取り巻く状況は徐々に悪化していった。


 だがそれでも、馬車に小鬼が攻撃を仕掛けることは敵わなかった。マリィが赤黒いオーラ【戦騎状態ガルドモード】を駆使しながら、迫り来る小鬼たちを殲滅していたのだ。鬼神のごとく凄まじく立ち回るマリィを前に、さすがの小鬼たちも攻めあぐね始める。


 そこで小鬼が狙いをつけたのは、他の騎士たちだ。マリィをけん制しながら、他の小鬼が騎士たちに噛みつき、一人また一人と倒れていく。

 やがて、馬車を守る騎士たちが全員麻痺して倒れ込んだ。幸いにも命を落とすほどではないのだが、体が自由に動かないらしく、もはや騎士たちは使い物にならない。


 いつのまにか小鬼たちは、数の優位を生かして馬車を完全に包囲していた。その前に立ち、小鬼たちを牽制するマリィ。小鬼に道を塞がれ、馬車も完全に停止してしまった。

 これではマリィも守りきれないため、サクがラストを庇うようにして表に出てくる。同様に、ラスティネイア姫に扮したスピリアトスも、フリルに手を引かれ馬車の外へと出てきた。


「マリィ、大丈夫か?」

「はっ、私は無事です! ですが、他の護衛が……」


 ラストの問いかけに、マリィは端的に周りの状況を伝える。その間にも小鬼に鋭い目線を送って牽制し、隙を見せず寄せ付けない。実に見事な立ち居振る舞いである。


「姫様たちはなるべく固まっていてください。私が必ずお守りしますので!」

「しゃしゃしゃ。言うではないか、マールレント・ヴィジャス。まあしかし、腕が立つのは事実ではあるな。実際、インプの群れを全く寄せ付けていないわけであるし」


 マリィの言葉を遮るようにして聞こえてきたのは、極めて不快な笑い声と不愉快な台詞。警戒を怠らないマリィが鋭く反応して詰問する。


「何者っ⁉︎」

「おやおや、もう我を忘れたかな? あのときは我に手も足も出なかったというのに」


 小鬼たちの一角が割れ、姿を現したのは--全身をマントで包み込んだ男だった。

 顔には仮面を被り、感情を読み取ることは出来ない。そして右腕は存在していないようで、上着の袖が風にはためいている。


 マリィはこの相手に見覚えがあった。一瞬の隙も見逃さないよう睨みつけながら、相手に向かって大剣を突き出す。


「貴様は、″ネームレス″! これはおまえの仕業かっ⁉︎ また姫様を攫いに来たのか⁉︎」

「しゃしゃしゃ。だとしたらどうすると言うのだ?」

「知れたこと、小鬼ごと貴様を斬るのみだ!」

「ほぅ、君にこの我が切れるかな?」

『シャーッ!』


 ゆらり。自称ネームレスの背後に複数の頭を持つ蛇が具現化していく。彼の守護者アステリアであるナーガラージャだ。


「姫様、それに師匠。ここは私にお任せください」

「大丈夫なのか、マリィ」

「心配ご無用です姫様。この日のために、私は師匠に鍛えていただいておりましたので」


 マリィはチラリとサクの方を見る。サクはニコリと微笑んで軽く頷き返した。


「わたしがここでやつを足止めをしておきます。ですので、皆様は先に【ウルの神殿】にお向かいください」

「マリィ。相手は一定の威力以下の魔法や物理攻撃を無にする能力を持っていますわ」

「はい師匠、分かっております。今の私なら、大丈夫です」


 一方、マリィたちの会話が聞き捨てならなかったのが自称ネームレスである。仮面をつけた顎を撫でながら、こきんと首を鳴らす。


「お嬢さん。あれだけの目にあっておきながら、君はまだ我との実力差を自覚してないのかい? 君にこの我の足止めなど不可能だよ。素直に下がってなさい」

「下衆め。貴様の好きになどさせないっ!」

「なっ! 我が紳士的な対応をしているというのに、なんという下品な女よ! いや、あるいは我の紳士的行為が不足しているのか……」

「貴様など、存在自体が下品だ!」

「全否定キタコレ!」

『シャーッ! コノヤローッ!』


 睨み合うマリィと自称ネームレス。既に麻痺攻撃を放つ小鬼インプは引いており、邪魔するものはいない。

 一触即発、まさに互いがぶつかり合おうとしていた、そのとき。


「ラフティネイア姫ーっ!」


 緊張に満ちた場の空気を切り裂くように、何者かがラストを呼ぶ声が突如飛び込んできた。

 同時に雷鳴と爆発音が聞こえ、サクたちの背後にいた小鬼インプたちがまとめて吹き飛ばされる。「ぴー!」という可愛らしい声を上げて飛んでいくインプたち。


 驚いたラストたちが視線を背後に向けると、立ち上る煙の中から、右手には黄金色に輝く剣を持ち、左手にはインプの首根っこを掴んだ男が姿を現した。

 正装と思しき白い服に身を包んだその男は、雪のように白い髪を振り乱しながら大声を張り上げる。


「ラスティネイア姫、ご無事ですか? 俺様は、あなたのピンチを察して現れたガーランドと言うものです!」

「……はぁ?」


 ラストが思わず気の抜けた声を上げてしまったのは仕方ないことだろう。

 なにせ、自称ネームレスの魔の手からラストを救い出すために颯爽と登場したのが、黒幕と考えていたガーランド王子その人であったのだから。


 絶体絶命のピンチに登場した、白い服に身を包んだ王子様。

 まるで絵本の中から取り出したかのような、理想的なシチュエーション。しかし、そう呼ぶには歪な事実が無数に散見された。


 ガーランドが登場しても、あえて襲いかかろうとしないインプたち。自称ネームレスですら彼の登場以降おとなしくしている。しかもガーランドが左手で掴んだインプは、チラチラとガーランドの顔色を伺ったりしているではないか。

 決定的だったのは、彼の口にする台詞がまるっきり棒読みだったことだ。あまりにも下手すぎる演技に、サクは胡散臭いものを通り越して笑いすら込み上げてくる。


 失笑を堪えながら、サクが隣のイータ=カリーナに耳打ちする。


「おいおいイータ=カリーナ。俺はこんな茶番に付き合うためにこの仕事を受けたってのか?」

『なんというか、かける言葉も見当たらないわね』


 それでもサクは本来の仕事を全うするため、ラストを守ろうと彼女の前へと一歩踏み出したのだった。


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