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11.成人の儀

「やぁっ! たあっ!」

「まだまだ、感情が強く出すぎてますわ」


 二人の女性の勇ましい声が、鍛錬場にこだまする。

 一方は透明な赤い炎のオーラを身に纏うマリィ。対峙しているのは、メイド服に身を包んだままのサクラ……もとい、女性化したサクである。

 大剣を振り回して斬りかかるマリィを、おほほと笑いながらスカートの裾を掴んでひらひらと躱す様は、まるで妖精のよう。


「二人とも、精が出るな」

「サクラさん、マリィ、おつかれさま!(美女と美少女がくんずほぐれつ……たまんないわ!)」


 トレーニング中の二人に声をかけてきたのは、幼女--もといラストと、タオルや飲み物を持ったフリルだ。ちなみにフリルはタオルで自分の口元を押さえている。

 近くを飛び回っていたイッカがフリルの方へ飛んでいき、二人はハイタッチを交わした。なんだかんだでこの一人と一匹、案外仲が良かったりする。


 敬愛する主君がやってきたことに気づいたマリィが、慌てて剣を引いてラストの前に膝をつく。


「ラスティネイア姫、わざわざお越しいただきありがとうございます」

「そう硬くならなくていい。トレーニングの調子はどうだ?」

「あ、はい。その……し、師匠のおかげでだいぶ【闘神覇気クリムゾンオーラ】を使えるようになってきました」


 ちらりと横目でサクのほうを見ると、頬を染めながら答えるマリィ。どうやら二人の関係も大きな変化を遂げたようだ。


「その、師匠っていうのはやめてほしいですわね。なんだかむず痒いですわ」

「そうもいきません! 私にとって大切なことを教えてくださっている、大事な師匠なのですから!」


 おやおや、ずいぶんと態度が変わったものだとラストはマリィの様子に思わず頬を緩める。出会った頃とは大違いだ。三週間ほど前の夜の一件以来、マリィのサクに対する態度は大きな変化を遂げていた。


『仲良くなるのは良いことなんだけど、逆に懐きすぎじゃないかしら?』


 とは、別人のようにサクに従順になったマリィに対するイータ=カリーナの評価である。ちなみにサク曰く「新手のツンデレ」とのこと。フリルなどは「ポジショニングが変わったわ」と口元を押さえながらつぶやく始末。

 ラストはいずれの言葉の意味も分からなかったが、雰囲気から勝手に「素直で可愛いやつ」だと解釈した。あながち間違いでもないので、いずれの意味も知るイータ=カリーナは、あえて訂正せずに放置することにしていた。



 ラストの登場で、マリィとサクの模擬戦は終了した。マリィは全身から吹き出す汗をタオルで拭う。

 その仕草に、なんとなく色気を感じたフリルがちょっかいをかける。


「マリィ、なんだか最近笑顔が素敵ね」

「そ、そうか?」

『うんうん! それなら男の人だってイチコロよ?』

「えっ? ええっ⁉︎」


 フリルが持ってきた冷たい飲み物を飲みながら、フリルとマリィ、それにイッカが楽しげな会話に花を咲かせている。美しい乙女たちが語らう様は実に華やかだ。


 そんな三人の様子を横目に、ラストがサクに語りかける。


「なぁサク、これを見てほしい」


 手持ちのバッグから取り出したのは、どうやら手紙のようだ。濡れタオルで顔を拭いていたサクが、ラストから手渡されたそれを広げ中身を確認する。


「なになに、 『招待を、謹んで受託します。 ガーランド・ブラッディハンド・ヴァル・セルシュヴァント』……ってこれは」

「ああ、やはりヤツが弟の成人の儀に出席することになったよ」


 ラストが渡した手紙の正体は、スピリアトス王子の成人の儀への招待状に対しての、セルシュヴァント魔法帝国からの返信であった。かの国からは、やはりガーランド王子が代表として出席するとの回答になっている。


「なるほど、こうしてガーランド王子はこの国に来るわけですわね」

「ああ、いよいよ来週だ。運命の時は来る」

「……ラストの《天をも見通す目アマテラスヴィジョン》では視ることは出来ませんの?」

「あの【秘術の門】は制約が多くてな。未来を見通せるのはおよそ月に一度だ。お主を探すのに使ったからもうすぐ使えるのようにはなるのだろうが、果たして間に合うか……」


 胸を押さえながら、無念そうに呟くラスト。サクはそんな彼女の頭を優しく撫でる。


「気に病むことはありませんわ。未来なんて視えなくても、わたくしがいますもの」

「……すまない。頼むぞ、サク」

「ええ。そのためにわたくしはここに雇われているんですから」

「しかし、その口調は変わらんのう」

「慣れですわ、慣れ」


 そう言うとサクは、メイド服のスカートをひるがえしながら、とびっきりの笑顔をラストに返したのだった。



 ◆◆◆



 突き抜けるような青空。太陽は輝き、ここラウラメント=ウル王国の王都ラウラメントにある″白楼宮″を白く照らし出す。

 王国中の人たちが、今日という日を待ち望んでいた。

 なぜならこの日、この国の第一王子であるスピリアトス王子が、成人の日を迎えるからだ。


 民衆たちは家から飛び出して、あちこちでスピリアトス王子の成人を祝っていた。まさに国を挙げてのお祭り状態である。


 さらに、民衆たちが浮き足立つもう一つの理由がある。

 普段はめったに人前に姿を表すことのない【ウルの聖女】ラスティネイア姫が、成人の儀に参加するために″白楼宮″から出てくるというのだ。


 ラスティネイア姫は、ラウラメント=ウル王国の国民にとって豊穣と平和、そして幸せを約束する尊い存在だ。

 だがなぜかほとんど姿を見せないため、民衆の間では『ラスティネイア姫のお姿を観れれば幸せになれる』という風評まで流布するような有様であった。


 このような理由もあり、久しぶりに群衆の前にラスティネイア姫が姿を現わすとあって、白楼宮から本日スピリアトス王子の成人の儀が行われる『ウルの神殿』までの沿道は、既に民衆たちによって埋め尽くされていた。



 民衆たちが歓声を上げながら、【ウルの聖女】の登場を今や遅しと待ち構えている。その様子を、″白楼宮″にあるバルコニーから眺めている人物がいた。

 白いドレスに身を包んだ、ブロンドの髪にすらりした背、均整の取れた肢体を持つ絶世の美女。


「準備が整いました、ラスティネイア姫。……ぶふっ」


 後ろに控えていたメイド--鼻血を必死に押さえているフリルに声をかけられ、絶世の美女は振り向く。その眉は、大きくへの字に曲がっていた。


「……ねぇフリル、今日はぼくの成人の儀だよね? なのになんで今日も姉さんのふり・・・・・・をしなくちゃいけないのかな?」

「それは、ラスティネイア姫のお立場を守るためですよ? スピリアトス王子。はぅあっ!」


 鼻を押さえながら妙に興奮しているフリルに説得され、ラスティネイア姫に扮したスピリアトスはしぶしぶ頷く。だが鏡に映る自分を見て大きなため息をついた。


「いくら姉さんのためとはいえ、女装するのも辛いんだよねぇ」

「心中お察しします(でもめっちゃくちゃ似合ってますよ?)。とはいえ、あなた様ほど『大人の身体だったときの姫様』に似た人物はおりませんからね?(それ以上に、王子が女装ってシチュエーションがたまりません! ムッハー!)」

「分かっているよ。それに……こんな格好をするのも今日で最後だしね」

「ええ、そうですね(そんなご無体な。こんなに美味しいシチュエーションが今日で見納めなんて……しくしく)。スピリアトス様、長い間お勤めご苦労様でした! (でもいつでもウェルカムバーックですよ?)」


 フリルの心のセリフは、幸いにもスピリアトスの耳に届くことはない。もっとも、届いたところで意味を理解することはできなかったであろうが。



「スピリアトス、居るか?」

「あっ、姉さん!」


 スピリアトスが鏡を見ながら胸パットの位置を調整していると、サクとマリィを引き連れたラストがこの部屋にやってきた。化粧で整えられた弟の顔をじっくりと眺め、ラストが満足げに頷く。


「うむ、いい美女ぶりだなスピリアトス」

「ちょっと、やめてよ姉さん。ぼくはもう今日で成人するんだよ? そんなこと言われたってちっとも嬉しくなんてないや」

「まあそう言うな。しかし、もう二度と見れなくなるなんて勿体無いな。せっかく男とは到底思えないくらいの美少女になったというのに」

「(そのとおりです! ムッハー!)」


 姉弟とフリルのやり取りを見ながら、イータ=カリーナとサクが耳打ちを交わす。


『スピッツってば、女の子姿も似合ってるわね』

「……しかし、まさかあのシスコン王子が白楼宮ここに留まっていた理由が、よもやラストの代役を務めるためとは、夢にも思わなかったですわね」


 そう。実はスピリアトスが白楼宮に滞在していた最大の理由が、姉であるラスティネイアの影武者として対応するためだったのである。


 ラスティネイアは幼きその姿ゆえ、初見で二十三歳とは決して見られることはなかった。

 いくらなんでも、幼女の外観を持つ彼女を堂々と大っぴらに披露するわけにはいかない。しかし、【ウルの聖女】を見たいという要望は凄まじく多い。


 そこで白羽の矢が立ったのがスピリアトスである。

 性別は違うものの、顔つきはよく似たスピリアトスであれば、女装すれば十分にラスティネイアの代役を務めることができた。多少若くはあったものの、それでも幼女よりはマシである。

 ということで、スピリアトスは第一王子であるにも関わらず、このような悲惨な役目を負わざるを得なかったのである。


 恐るべき真実をサクが告げられたのが、つい昨夜のこと。

 あんまりと言えばあんまりな理由に、サクは開いた口が塞がらなかったものだ。


 とはいえ、こうして女装したスピリアトスの様子を見ると、なるほどよく似ているなと思う。ラストが順調に成長していれば、このような美貌になっているであろうと思うほどに。


 こうしてラストの影武者役をずっと務めてきたスピリアトスであったが、その役目も今日で終わりだ。

 もともと彼が成人を迎えるまでの約束であったし、なによりスピリアトスはラウラメント=ウルの次期国王としての大事な役目が今後たくさんやってくる。

 多くの人にとって残念ではあるが、彼の女装姿も今日で見納めとなるのだ。


「さて、それではスピリアトス最後のお披露目のパレードに行くとするかね」

「まったくもう、しょうがないなぁ。姉さんのためだから仕方なくやるんだからね?」

「ああ、分かってるよスピリアトス。感謝してる」

「ふふっ、分かってくれているならいいよ」


 姉弟は、楽しげに視線をかわして微笑み合う。側から見ると姉妹、しかもスピリアトスのほうが姉に見えるのだから不思議なものだ。

 しかし、そろそろ出発の時間だ。仲の良い姉弟の様子に、フリルが堪え切れず口元を押さえながらも、二人に声をかける。


「それではスピリアトス様、ご案内します(弟が女体化して、ガチで姉妹になるシチュエーションもおいしいかも……)」


 若干危険な妄想を繰り広げるフリルに連れられ、ついにスピリアトスを中心とした一行は馬車へと乗り込む。

 スピリアトスの成人の儀が行われる、『ウルの神殿』を目指して。



 ◆◆



 場所は変わって、とある部屋の中。

 恐らくは宿であろうか。かなり豪華な室内の作りは、高級な宿であることを表している。


 室内にあるソファに腰掛けているのは、赤い服に身を包んだ吊り上がった目の美しい顔の青年。

 その青年は、目の前に跪く全身マントの人物に対して、ふんぞり返りながら声をかける。


「なぁ″ノーフェース″。状況はどうなっている」

「しゃしゃしゃ。どうやら″白楼宮″を出発したようですぞ、ガーランド王子」


 ノーフェースの報告に、ガーランドは満足げに頷く。


「そうか。では予定通り例の作戦で行くかな」

「ははっ。きっと間違いなく、ガーランド様の思う通りに事は運ぶでしょう」

「うむ。そうなれば、俺様はラスティネイア姫を……くくく、わはははっ!」

「しゃしゃしゃ!」

『シャー!』


 邪悪なものたちの笑い声が、室内に響き渡った。


 運命の時は、もう目の前に迫っている。


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