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10.星の海の先で

 

 サクが語り終えたとき、この場にいるものは誰一人、口を開くことができないでいた。

 あれだけサクに噛み付いていたマリィでさえ、なんら声を発することなく、焦点を失った目で床の一点を見つめていた。


 それほどに、サクの語る話は壮絶なものであった。

 もっとも、彼の歩んできた道の悍ましさに軽口を叩けるものなど、いようはずもなかった。


「分かったか、マリィ。これがお前の知りたがっていた真実というやつだ。満足か?」

「わ、私は……」

「もう一度聞こう。お前の父は、俺なんぞに簡単に殺されるようなやつだったのか? お前のそう言った発言や考え方が、父親に対する侮辱だとなぜ気付かない?」

「うぅ……」


 サクの問いに答えることが出来ず、マリィはガックリと肩を落とす。

 サクはまるで興味を失ったおもちゃを見るかのような目でマリィを一瞥すると、すぐに視線を外した。


 何一つ表情を変えず、淡々とした口調で語り終えたサクに、気遣わしげにイータ=カリーナが声をかける。


『ヤマト、良かったの?』

「なにがだ?」

『……なんでもないわ。あなたが決めたことならね』


 一方、サクに完膚なきまでに打ちのめされたマリィは、呆然とした顔で床を見つめている。

 やがてなんとか顔を上げたものの、先ほどまでの猛々しさが嘘のように、表情は暗く打ちひしがれたものだった。

 それでもマリィは気力を振り絞り、サクに問いかける。


「サクライ、その……父は、父は勇敢だったのか?」


 マリィの縋るような瞳を受け、サクはやはり表情を変えずに返事を返す。


「邪神を倒せる人間など、ザックの他にいると思うのか? 勇者ミレニアムですらなし得なかった偉業だぞ?」


 サクの言葉を受け、マリィの身体が激しく揺れた。ぶるぶると手を震わせながら、必死で唇を噛み締め、さらにマリィは問いかける。


「サクライにとって、父は……どんな存在だった?」

「ザックは、俺が背中を預けるに足る人物だ。それ以上でもそれ以下でもない」


 一見、冷たそうに聞こえるサクの言い方ではあったが、言葉の意味を捉えたとき、その内容は計り知れないものとなる。

 はたして、世界最強と呼ばれる人物が、その背中を預けられるというほどの信頼を受けられる人間が、この世にいったいどれだけいるであろうか。

 これ以上ない、まさに最上級の賛辞であった。


 サクの言葉の意味を汲み取ったマリィが、ついに堪え切れなくなった。大きな瞳から、ボロボロと大きな涙を溢れ出る。


「うぅぅ、お父さん。お父さん……うわぁぁあぁぁぁん!」


 これまでマリィは決して泣かなかった。父ザッカードが死んだと聞いたときでさえ泣かなかった。

 彼女は、ずっと堪えてきた。なぜなら泣くことが、誇り高き父の名声を落とすと頑なに信じていたから。


 だが、サクから絶大なる評価を受けることで、これまで抑えていた感情が爆発する。


 マリィは泣いた。

 とめどなく溢れる涙を拭うことなく。

 まるで、六歳の子供に戻ったかのように。



 泣きじゃくるマリィの背中を、ラストが優しくなでた。幼女のような外見に似合わず、その表情はまるで聖女のように見える。


 背中に触れる手に気づいたマリィが顔を上げると、穏やかに微笑むラストと視線があった。

 また堪えられなくなったマリィは、ラストにすがりつくようにして、大泣きし始めたのだった。



 二人が抱き合う姿を見て、サクはイータ=カリーナを引き連れてそっと離れていく。


「……まったく、御涙頂戴はゴメンなんだけどな」

『ヤマトはほんっとに素直じゃないわね』


 イータ=カリーナの指摘に苦笑を浮かべたものの、サクはなにも答えない。

 二人はそのまま、ラストたちのいる鍛錬場から静かに立ち去っていったのだった。



 ◇



「サク、いるか?」


 深夜。サクの寝室にラストが訪問する。彼女が一人で出歩いてサクの元に来たのは、実はこれが初めてだった。

 音も立てずに扉が開き、イータ=カリーナが顔を出す。


『いらっしゃい、ラスト。来ると思ってたわ』

「さっそくだが、入らせてもらおう」

『ええ、どうぞ』


 家主を無視してラストを勝手に招き入れるイータ=カリーナ。どうやらこの精霊王は、ラストのことをなかなかに気に入っているようだ。


 サクの部屋は、ひどく殺風景だった。まるで無個性なまでに特徴がなく、物がまったく置かれていない。

 部屋の窓際に、【秘術の門】が解けて男性の姿に戻ったサクが佇んでいた。ラストの姿を認め、肩をすくめる。


「ラストか、わざわざ【秘術の門】をかけにきてくれたのかい?」

「ああ、そうだ。マリィをなだめるのにずいぶんと手間取った。そのせいで時間切れになってしまったみたいだな」

「おかげで男に戻って部屋から出れなくなっちまったぜ」


 月明かりに照らされながら軽口を叩くサクは、惚れ惚れするほどの美男子に見えた。ほんの一瞬ではあるが、ラストが目を奪われるほどに。

 イータ=カリーナがラストの側に浮遊していき、人差し指を厚い唇に当てて首を傾げながら問いかける。


『マリィはどうなったの?』

「泣き疲れて眠ってしまった。あとはフリルに任せてある」

「おやおや、手間のかかるベイビーだことで」

「誰のせいでこうなったと思ってるんだ?」

「……俺のせいだとでも言いたいのか?」

「別に。妾は何も言ってないが」


 サクとラストは、口では罵っているように聞こえるが、実はお互い顔に笑みを浮かべている。

 堪えきれずに吹き出したラストが、改めてサクに向き直った。


「サクのおかげで、マリィは吹っ切れたようだ。感謝する」

「別に、俺はなにもしちゃいないさ」

「本当は話したくなかったのだろう? マリィのためとはいえ、無理強いしたようですまなかった」


 そう言って頭を下げるラストを、サクは不思議なものでも見るような目で見ていた。


 彼の認識する王族とは、傲慢で自己中で、他人に頭を下げることなどしない生物だ。

 だが目の前の幼女の外観をしたこの姫には、傲慢さは感じられない。それどころか、マリィや自分への配慮すら感じられる。


「なるほど、【ウルの聖女】の名は伊達ではないってことか」

「ん? 何か言ったか?」

「いや、なんでもない。ところであんたは、マリィと違って昔の話を聞きたがらなかったな。どうしてだ?」

「ミレニアム兄さんが、自分の死に様を語られることを望んでいないことは妾も知っていた。だからあえて聞こうとは思わなかったのだよ」

「『死して祭られるよりも、生きて輝きたい』。……ミレニアムの口癖だったな」

「うむ。そのセリフは、妾も昔から嫌という程聞かされていたものだよ」


 今は亡き共通の知人の話に花を咲かせる二人。

 故人も泣いて悲しまれるよりも、笑って語られるほうが幸せだと言っていた。ゆえにこれは、二人なりの故人へのはなむけ


 サクとラストは視線を合わせ、互いにニヤリと笑う。


「……やっぱりあんたは変わってる」

「そういうサクだって、本来であれば死人に義理を通す必要など無いのに、頑なに誰にも過去の話をしようとしなかったであろう? それはミレニアム兄さんたちに義理立てするがゆえではないのか?」

「別に、俺が昔話が嫌いなだけだよ」

「サクがなんと言おうと、妾はお主のことを信じておるよ」

「……そういや前もそんなこと言ってたな。なんでそんなにも俺のことを高く評価するんだ?」

「それは違う、妾は知っておるのだよ。お主は義理堅い。一度約束したことは決して破らない。なぜならお主は、英雄の--故人の最期をみだりに語ったりしなかったから。だから妾は、サクのことを信じている」


 お手上げ、とばかりにサクは諸手を挙げる。『サクの負けね』イータ=カリーナがけらけらと笑った。


 ふとサクは、あることに気づいてラストに尋ねる。


「なぁラスト。もしかしてあんたは、俺の話をミレニアムやつから聞いていたのか?」

「ああ、聞いていた。サクだけではない、二十人全員の話を聞かされていたよ。エミリーののろけ話をたっぷりと聞かされた日にはたまったものではなかったものだ」

「……あいつは俺のことをなんて言ってたんだ?」

「『仏頂面の気難しいやつだが、信用できるやつだ。なにより俺たちの中でいちばん強い。何かあったらサクを頼れ』だ」

「……まったく、あいつは死んでまで迷惑なやつだ」

「文句なら直接本人に言ってくれ。なにせ″星の海の先″で待っているんだろう?」


 これは一本取られたな。そう言ってサクは笑った。



 ◇



 秘術をサクに施したあと、ラストは「部屋まで送りますわ」と妙な言葉遣いで言いよるサクの申し出を断り、ひとり歩いて部屋に戻ってきた。


 部屋の扉を閉めたところで、安堵したのか。ふぅと深く息を吐きながら、その場にゆっくりと崩れ落ちる。脂汗が額に浮かび、息は荒い。


「はぁ……はぁ……。なんとか悟られずに戻ってこれたか」


 これまで堪えていたものが、まるで一気に吹き出してきたかのよう。苦痛に耐える表情を、ラストは浮かべていた。


 あのあとラストは、サクともう少し深く様々な話をし、マリィに彼が知る限りの【闘神覇気クリムゾンオーラ】に関する知識を教えることの同意を取った。

 なにせ【闘神覇気クリムゾンオーラ】は、闘神ガルドの血を色濃く引くものにしか使えない技であるので、簡単に教えられるものなどこの世にそうそう存在していないのだ。


 しかしサクは、ザッカードから【闘神覇気クリムゾンオーラ】の制御方法をある程度教わっていた。

 なぜなら【闘神覇気クリムゾンオーラ】は感情に左右されやすく、場合によっては命まで燃やして力を出し続けることがあったからだ。

 ザッカードは、チームの中で最も冷静沈着だったサクに、自らの″暴走を止めるスイッチ″役を託したのである。


 結果として、それが自ら亡き後の娘のためになるとは知らずに。


「これできっとマリィも変わるだろう。あとは……」


 ゲホッ、ゴホッ。

 酷い咳に襲われて、ラストが小さな身体を折り曲げる。

 口元を抑えた指の間から、赤い液体が流れ落ちた。ラストは慌てて吐いた血をハンカチで拭うと、誰にも見つからないように懐に隠す。


「まだ、まだだ。妾は……まだ死ぬわけにはいかない。妾にはまだ……」


 グッと歯を食いしばり、口元を腕で拭うと、ラストは瞳に強い光を宿して窓の外に視線を向ける。


 夜空には、明るく輝く″天の川ミルキーウェイ″が、いつもと変わらず光り輝いていた。




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