3章 春の女王
気づいたらソファの上で横になっていた。ゆっくり体を起こし、腰掛ける姿勢に変える。先ほど蹴られたお腹がまだズキズキと痛むので少し辛い。狼男の肩を借りて歩き始めたまでは覚えているが、建物の中に入った覚えがない。途中で意識を失ってしまったのだろうか。
辺りを見回すと、花柄の紅色の絨毯が床を埋めつくし、木でできた脚の短い机や2人掛け用のソファが並んでいた。天井にはシャンデリアが吊るされ、部屋の端には螺旋階段が備え付けてあった。ここが春の女王様が暮らす屋敷なんだろう。コツン、コツンと螺旋階段の方から音が聞こえる。見上げると、ピンク色のドレスを身にまとった女性が現れた。
「初めまして。私はローズ。みんなからは春の女王と呼ばれています。」
茶色の髪と色とりどりの花を合わせて編み上げ、すっきりした首元には赤色の宝石が光り輝いている。緑色のくりっとした丸い目につい見とれてしまった。
「は、初めまして。アグリ村のアルケと申します。春の女王様にお会いできて光栄です。」
慌てて立ったせいか、お腹に負荷がかかり電撃が走る。歯を食い締めながら姿勢を正した。
「ローズで良いわ。そしてソファにお掛けなさい。怪我にさわりますよ。」
なんとお優しい方だろうか。女王様のお言葉に甘えてソファに座りなおした。彼女も僕の向かい側のソファに腰かける。それとほぼ同時に、僕の後ろ側から扉の開く音が聞こえた。サービスワゴンの取っ手の部分に何本もツルが巻かれて、そのツルを小鳥たちが持ちワゴンを引っ張っている。ワゴンの上にはティーカップやポットが置かれていた。女王様の隣までワゴンが来ると、小鳥たちはツルを離し、螺旋階段の方へ飛んで行ってしまった。女王様はすっと立ち上がり、運ばれてきたポットを手に持ち、カップに注いで僕に手渡してくれた。
「薬草と茶葉をブレンドした紅茶です。元気になりますよ。」
「あ、ありがとうございます。」
桜の花びらが散りばめられた紅い紅茶だった。カップをもつ手のひらに温もりが伝わる。1、2口飲むと少し苦いが桜のかおりが口中に広がり、ほのかに花の蜜の味がする。美味しい。また気のせいか、お腹の痛みが引いたようだ。
春の女王様も自分のカップに紅茶を注いで飲み始めた。頬を少し赤らめているのがまたかわいい。しばらくして彼女はカップを机に置くと、少し悲しげな表情で僕の方を向いた。
「冬を終わらせたい、とのことでしたね。たしかに私がお城に入れば春を呼ぶことができます。しかし、私は今、お城に入ることができないのです。」
「えっ。なぜですか?」
「季節巡りのきまりで、お城には女王は1人しか入れないことになっているのです。つまり、冬の女王が城から出てこない限り、私は入れないの。」
「そ、そんなぁ。」
春の女王様ならなんとかしてくれる、そういう僕の思惑はあっという間に消えてなくなった。
「そんなに悲観なさらないで。彼女を外に連れ出す良い案を思いついたの。」
「ほ、本当ですか?!」
「ぜひあなたの力を貸してほしいのです。」




