8章 スケッチブック
スケッチブックの表紙を開くと、すでに最初の白いページが埋まっていた。どこかの街の風景だろうか、白黒写真と見間違えるほどの出来だった。四角い石が積み重なった壁の家がいくつも並んでいる。家々の近くにはとても大きな水溜りがあり、変わった形の箱が水溜りの中に浮かび、しかも箱の中に人が入っていた。今いる街でも、僕の村でもない。不思議な知らない街だった。
「隣の国のシャンオ街ですね。本当に絵がお上手で。」
僕の肩に触れるかギリギリのところまで冬の女王様は近寄っていて、スケッチブックを覗き込んでいた。女の人がこんなに近くにいた経験がないので、ドキドキしてしまう。平静を装いながら次のページをめくると、今度は植物の絵が描かれていた。鉛筆ではなく絵の具とかで描かれていたら、道端に普通に生えていそうなほど写実的な絵だった。
「前にいらっしゃった時もこうやって絵を見ながら、旅先の話を聞かせていただきましたね。」
トードという人は絵が上手だったようだ。それにしても、この絵はシランさんが描いたのだろうか?狼なのに意外と繊細なんだな。
「…あの日からもう1年も経つのですね。」
冬の女王様はそういうと、うつむき口を閉ざした。口元は軽く微笑んでいるがどこか淋しげで、若干の疲れが見られる。彼女が今どんな気持ちなのか全然分からない。けど、なぜ冬の女王様が1年もの間、トードさんを待ち続けたのかなんとなくわかってきた。
〈長い間、私を待っていてくれてありがとうございます。〉
スケッチブックの白紙のページに僕は伝えたい言葉を書いた。僕の声の代わりに。そっと、冬の女王様が読めるよう、彼女の目の前にスケッチブックを移動させる。
「…どうしたのですか?急にかしこまって。」
冬の女王様は顔を上げて僕の方を向いて尋ねた。続けてスケッチブックの隙間に言葉を継ぎ足していく。
〈もし良ければ、私と一緒に世界を巡る旅をしませんか?〉
「…私もご一緒して良いのですか?」
僕は彼女の目を見て、大きく頷いた。
「ぜひ…よろしくお願いします。」
満面の笑みで答える冬の女王様の顔を見て、僕の選んだ言葉は間違っていなかったと少し安心した。
「では、すぐに支度をいたします。それまでは部屋をご用意いたしますので、ゆっくり休んでください。医者も呼びましょう。すぐに話せるようになりますよ。」
医者に診られたら、仮病しているのがバレてしまう。慌ててスケッチブックに書きなぐった。
〈寝れば治りますので、大丈夫です。〉
「…そうですか。」
そう言いながら、冬の女王様はフフフッと小さな声で笑った。
「ふふふっ、ごめんなさい。トード様の喋り方と筆談での話し方がかなり異なっていたものだから、少し可笑しくなってしまいました。では、また後ほど。」
冬の女王様はいそいそと書斎を後にし、僕だけが取り残された。普通に敬語を使ってきたはずだけど、何か変だったのだろうか?兎にも角にもミッションクリア。僕は小さくガッツポーズをとった。




