Heart
リョウタのスマホが、無造作にテーブルに置かれてた。
リョウタは、お風呂だ。
見てみたい衝動にかられた。女の人とLINEしてたりして。
でも、人のスマホを黙ってみるなんて、絶対ダメだよね。
でも、リョウタは、私のスマホをいつも勝手に見てるし、勝手に男性のアドレスを削除してる。
リョウタの場合は、当然の行為になってるのだが。
私の場合は、まだ浮気されたわけじゃないのに、リョウタのスマホ見るなんて、ダメだよね。
「風呂最高ー。」
リョウタから、お風呂から上がってきた。
「京子も入ってくれば?恭、寝たんだし」
「うん」
奈美恵に皮肉言われたこと、気にしてないようで、気にしてることに、気づく。
そうだよね。40歳って、40代なんだもんね。リョウタなんて、やっと30歳だ。この差は、大きいかもしれない。
30代の時、40歳になるのが、すごい嫌だった。でも、30代は、あっという間で、転げ落ちるように、30代が過ぎた。
私の30代は、なにかとリョウタ絡みの30代だった。リョウタと出会って、浮気されて、別れて、別れてもズルズルと連絡とって、結局、また付き合って、結婚して、恭ちゃんが産まれて。
リョウタが変化をつけてくれた30代だった。
そんな存在のリョウタだから、もし浮気されても、仕方ないのかもしれない。
リョウタだって、30歳になるのだから、若い女性に目がいっても不思議ではない。
40歳の体と、20代の体では、男だったら、20代を選んで、当然だ。
小じわが気になったり、タルミが、気になったり、法令線が気になったり、色んな気になるところが出てくる。
老けていくだけの妻と、張りのある肌の20代の女性では、浮気されても、責めようがない。
結局、私は、自分の年齢を認めるしかない。
ランチタイムに、近くの会社のOL達がやってきた。
「店長ー。お薦めは、なんですかあ」
いかにも、リョウタ目当てで、やって来てるのが分かる。
「うちのシェフが作るのは、どれでもお薦めですよ」
「もうっ。店長って、愛妻家なんだからー」
ぶりっこして、OL達は、はしゃいでた。
ああいうOLを見ると、前の会社の新人の南美を思い出す。さすがに、南美も、もう新人ではないだろうが。
「ピザも頼もうよ」
「太るわよ」
「それは、困るー。店長っ、ぽっちゃりは、嫌いですかあ?」
OLの一人がリョウタに聞いてきた。
「美味しそうに食べる人の方が良いですね」
さすがリョウタだ。そう言えば売り上げに繋がる。
「京子、来たわよー」
花江がヨガ教室の仲間を引き連れてやって来た。
「花江さん。この間は、ご協力ありがとうございました」
リョウタが、同級会の時の礼を言った。
「いつでも言って。私は、京子とリョウタくんの為なら、証人なるから」
なんとも頼りになる花江である。
「リョウタくん。茄子とベーコンのパスタと、昔風ナポリタンと、カルボナーラと、明太子パスタと、ミックスピザと、チーズ色々ピザと、デザートに、かぼちゃタルト4個ねー」
皆で、食べるにしても、ランチの量じゃない。
「リョウタくん、かぼちゃタルトは、新メニューなの?」
「時期的なもので、期間限定なんですよ」
今の季節に、かぼちゃのデザートで、揃えて見た。
かぼちゃタルトに、かぼちゃプリンに、スイートポテトじゃなくて、スイートパンプキンである。
「かぼちゃは、女性の体に良いから、期間限定は、残念だわ」
「農家から、採れたて、仕入れてるんで、今の時期なんですよ」
水曜日の店休日に、リョウタは、都会にバンドの練習に行った。
「バンドの練習終わったんだけど、裕太と飯食うから遅くなる」
リョウタから、LINEがきた。
「わかった。気を付けて帰ってきてね」
私は、リョウタに返信した。
でも、リョウタは、夜11時過ぎても帰ってこなかった。
「酒飲んだから、マンションに泊まって、朝帰る」
リョウタから、LINEだった。
マンションとは、私が都会で暮らしてたマンションである。中古で買ったものなので、実家に戻るときに、人に貸して、家賃収入を得ようかとも、考えたが、リョウタと暮らしたマンションだったので、そのままにしておこうということになった。
たまに、都会に行ったときに、使ったりする。
急に泊まるって、どうしたんだろう。リョウタは、車で行ったときは、お酒飲まないのに。
私は、不安になった。マンションに女を連れこんだりしてたら、絶対嫌だ。あのマンションは、私とリョウタの思い入れのあるマンションなのに。
私は、勝手に悪い方に考えていた。
裕太くんと食事と言ってたけど、合コンだったりして、そしてお持ち帰りしてたら、どうしよう。
そんなことを考えてたら、朝がきた。私は結局、一睡も出来なかった。
「リョウタくんは、帰ってこなかったの?」
朝、母親が聞いてきた。
「うん。お酒飲んだからマンションに泊まるって」
「そうね。お酒飲んだら、泊まってきたほうがいいわね」
朝7時にリョウタが帰ってきた。
「京子、ごめんな。裕太と酒飲んだからさ」
「うん」
それ以上は、突っ込んで聞けなかった。
仕事中も、ずっと、昨日誰といたのか気になった。本当に裕太くんと飲んだのか。私は、リョウタを、疑っていた。
ガチャーンっ。
皿を落として、皿は割れた。
「やだ。落としちゃた」
「京子、オレが片付けるからいい。ケガしたらどうすんだよ」
私は、ずっと悪い方に考えて、ボッーとしてしまった。
「どうしたんだよ。京子らしくない」
「ごめん。ちょっと考え事しちゃって」
「大丈夫かあ?」
「うん。大丈夫」
全然、大丈夫ではない。
他の夫婦は、浮気されたら、許してるのだろうか。離婚するのだろうか。
離婚って、恭ちゃんもいるのに。店だって、一緒にやってるのに。
離婚したら、リョウタは、家を出ていくの?
離婚は、考えたくない。
でも、あのマンションに連れ込んでたら、許せない。
あーもう。仕事が手につかないー。
仕事から帰ってきて、リョウタがお風呂に入ってるとき、またリョウタのスマホが置いてあった。
私は、思わず手に取っていた。
もう、押さえられなくて、私は、リョウタのスマホを見た。
LINE。LINEに女とのやり取りがあるかもしれない。
でも、いくら探しても、LINEの友達に女の名前はなかった。
名前を変えてるのかもしれない。裕太くんとのLINEを見ればいい。そうすれば昨日、本当に裕太くんと居たか分かる。
「リョウタ、昨日は付き合ってくれて、ありがとうな。朝帰りして、京子さん心配しなかったか?」
「大丈夫だよ」
「でも。リョウタに話聞いてもらって、ふっきれたよ」
昨日は、本当に裕太くんと居たんだ。
私、リョウタを疑って、LINEまで、見てしまった。
最低。私って、最低。リョウタは、浮気なんかしてないのに、勝手に想像して、スマホを勝手に見て。
自己嫌悪で、いっぱいだった。
「あー。さっぱりした」
お風呂から上がってきて、リョウタは寝室のソファに寝転がった。
「裕太さ。マリッジブルーになっててさ」
「裕太くんがマリッジブルー?」
「今、男でも、マリッジブルーになるらしいよ」
裕太くんは、ずっと付き合っていた彼女と最近、婚約した。
「裕太さ。オレと違って、気使いだろ。相手の両親と会ったりして、色々考えたりしてるみたいで。それで、話を聞いたわけ。オレも、京子のこととか、裕太にかなり相談に乗ってもらったりしたから、裕太が悩んでるのをほっとけなかった」
確かに、裕太くんには、私達のことで、かなりお世話になった。
それなのに、私は、リョウタを疑ってスマホ見た。どうしよう。
「リョウタ、ごめん。今、リョウタがお風呂に入ってるすきに、リョウタのスマホを見てしまったの」
私は、罪悪感で、正直に言った。
「えっ。別にいいよ。オレだって、いつも京子のスマホ見てんだから」
「ごめん。」
「何?オレが浮気したと思ったの?」
「うん。疑った。」
「へえー。京子が、オレのスマホみるほど、疑ったんだ?」
「リョウタ、疑って、ごめんね。」
「へえー。それで、仕事中に、考え事してたの?」
「うん。昨夜、心配で眠れなかった」
「オレが、もう浮気するわけないだろ。一度、浮気して、京子に、あっさりフラレて、キツかったんだから。」
あれは、20歳のリョウタだったから、仕方ない。
「もう大切なものを離したくないよ。京子と、恭が大切なものだから。オレは、それをずっと大切に守っていく」
リョウタは、もう20歳のリョウタじゃなくて
夫であり、父親になっていた。