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リョウタのバンド「Avid crown」が、地元の市民まつりに出ることになった。
毎年、年齢層が高く、若者が来ないので、今年は、若者の動員も増やしたくて、私の同級生である三塚くんが、市民まつりの実行委員のために、頼まれたのである。
本当は、名の知れたお笑い芸人を呼びたいのだろうが、予算がなくて、名の知れてないリョウタのバンドをオファーしたのである。だもんで、交通費くらいは出してもらえるが、ノーギャラである。
例えノーギャラでも、リョウタのバンドが、野外でやるなんて、そうそう無いことなので、リョウタは、ふたつ返事だった。
「市民まつりで、何曲やることになったの?」
私は、三塚くんと市民まつりの打合せから、帰ってきたリョウタに聞いた。
「5曲かな」
「えっ。5曲もやるの?」
この地元じゃ名の知れてないリョウタのバンドが、5曲もやるなんて、少々無謀だ。
「なん?オレらのバンドが5曲じゃ多いって言いたいのか」
どう考えても多いだろう。リョウタのバンド以外の催しものは、民謡に、よさこい踊りに、フラダンスとか、そんなとこだ。だから、毎年、見にくる人は、老人が多い。それをいきなり、今年は若者を増やしたいといっても、リョウタのバンドで、若者を呼べるものでもない。
「何の曲やるの?」
「オリジナル2曲と」
「えっ、オリジナル曲やるの?!」
オリジナル曲なんて、この田舎の地元で、誰が知ってるというのか。
「なん?オリジナルやっちゃ悪いの?」
「そーじゃなくて、観客が知ってる曲もやったほうがいいかなーと思って」
「あとUVERworldのコピーと、TOTALFATのコピー」
「えっ、UVERworldなんて、難しくない?」
「なん?オレらには、無理だと言いたいの?」
だから、若者が来ればいいけど、老人ばかりだったら、UVERworld演ったって、分からないではないだろうか。
「あんさ。なんか、京子、さっきから、オレらのバンドをバカにしてるみたいだけど、京子、恭を産んでから、オレらのライブに来てないから、わかんないだけで、ボーカルの裕太は、すげー盛り上げかた上手くなって、オレらのライブ、評判いんだよ」
「でもさ、観客は、若者ばかりじゃないんだから、みんなが知ってる曲も演ったほうが、いんじゃないかな」
「たとえば?」
「坂本九さんの曲とか。あと、無難に、ふるさと、とか」
「ふーん。考えてみるわ」
私の出身校の高校で。
「パスタ屋のイケメン店長のバンドが市民まつりに出るらしいーよ」
「えっ。イケメン店長が出るのお。見たい。見たい。今年は市民まつり行こうよ」
「じゃあ、行こう」
ハンドボール部で、常連客の三人組が話してる。
「咲先輩、知ってるかな」
「あとで、教えに行こうよ」
ディナータイムの開店とともに、幸恵おばあちゃんが来た。
「お兄ちゃん、市民まつりに出るんだって?」
「はい。バンドで、出ます」
幸恵おばあちゃんは、誰からか聞いたのか、リョウタが市民まつりに出ることを知っていた。
「その日は、息子家族が、来るから、連れてってもらうから」
「ぜひ、来てください」
と、リョウタは、喜んで言ってたが、幸恵おばあちゃんが、リョウタのバンドを聴いたら、どう思うだろう。
今度は、陸上部の咲ちゃんが来た。
「店長、市民まつりに、出るそうですね。部活終わったら行きます」
「ありがとー。楽しみにしててね」
リョウタ、そんな期待させること言っていいのかね。
「店長ー。茄子のトマトソースパスタと、茄子のピザをお願いします」
咲ちゃん、今日は茄子づくめだ。
「あと、デザートのシフォンケーキも」
大会近いらしく、ますます食欲旺盛だ。
市民まつりが、今度の日曜日なので、店休の水曜日の今日は、リョウタは、都会にバンド練習に行った。追い込みなので、いつもより長く練習してくるらしい。
そんなわけで、私はリョウタが居ないことだし、恭ちゃんを連れて、花江とランチに行った。
「リョウタくん、市民まつり出るんでしょう。見にいくわね」
「ありがとう。でも、あんまり期待しないでね」
「でも、毎年、民謡に、よさこいだから、たまには、若いバンドもいいわよね」
「三塚くんに、若者の動員増やしたいからって、リョウタのバンド呼ばれたけど、リョウタのバンドで、若者来るかしら?」
「でも、みんなパスタ屋のイケメン店長出るなら、行くって言ってるわよ」
そんなに期待されても困る。リョウタのバンドの演奏聴いて、ガッカリしないといいけど。
市民まつりは、明日だ。私は不安がいっぱいだった。
「明日のライブ、京子のシドチェーン借りていい?」
「いいよ」
シドチェーンとは、シルバーの南京錠のネックレスだ。
「明日は、パンクファッションにしようと思って」
「いんじゃない」
「なんで、女の京子が、シドチェーン持ってんの?」
私は、セックス・ピストルズのシドが好きだ。だから、シドチェーンを持っている。シドは、もう、いないけど、シドが身につけてるものが欲しくて、若い時に買った。それから、ずっと持っている。
「でも、シドチェーンって、彼にプレゼントするものじゃないのかな。独占する意味で」
そういう話も聞くということだが。
「へえー。じゃあ、オレずっと着けてようかな。京子に、独占されたい」
「着けなくても、もう、独占してるでしょう」
リョウタは、嬉しそうに笑った。
リョウタのこういう笑顔は変わらない。婿なんだから、独占してるでしょう。しかも、こんな田舎に連れてきてるし。
恭ちゃんは、隣で可愛い顔して寝てるが、私は明日のことを思うと不安だった。
市民まつり当日。
素晴らしいくらい快晴だった。野外のステージには最高の日である。民謡が始まっている。観客数は、200人いってない。しかも、老人が多い。老人会の団体のようだ。そして、その家族といった感じだ。幸恵おばあちゃんも、息子さん家族で、来ていた。
リョウタのバンドは、中盤の2時からで、よさこいの次だ。よさこいで、盛り上がり、一気に観客が減るかもしれない。
あー心配だ。若者はくるのだろうか。
とうとう、リョウタのバンドの番だ。私と恭ちゃんと、両親は一番前で、陣取っていた。私は、観客数や観客層が気になって、怖くて、後ろを振り返れなかった。
リョウタのバンドが出てきた。
一曲めのオリジナル曲を終え、ボーカルの裕太くんのMCが始まった。
「はじめまして。Avid crownでーす。野外気持ちいいねー」
まずまずのMCだ。
「今日は、ギターのリョウタが、この町に住んでいて、オレらのバンドを呼んでもらえたので、来ましたー」
そうすると観客から声があがった。
「店長ー。」
ハンドボール部の三人組が来ていた。
「店長ー。カッコいいー」
陸上部の咲ちゃんが、陸上部を引き連れて来ていた。
「リョウタくん、来たわよー」
花江が、ヨガ教室の仲間を引き連れて来ていた。
「パパー」
恭ちゃんも、ステージのリョウタを見つけて、喜んでいた。
「おじいちゃんも、おばあちゃんも、若者も、みんな最後まで、楽しんで行って下さい」
裕太くんは、そう言って、二曲目に入った。
二曲目は、新曲なのか私の知らない曲だった。でも、今までにない良い曲だった。
UVERworldとTOTALFATのコピーをすると、若者は、盛り上がっていた。
「最後の曲になります。」
裕太くんが、そう言うと、「えー」という歓声があがった。
「みなさんが知ってる曲だと思います。坂本九さんの『上を向いて歩こう』、みなさんも歌って下さい」
リョウタがアコギにギターを変えた。
裕太くんは、歌が上手くなった。そして、リョウタの言ってたとおり、盛り上げかたも上手くなっていた。ちょっと見下して悪かったな。
Avid crownの『上を向いて歩こう』を聴いて、おじいちゃん、おばあちゃん達が、口づさんでいた。
昔を思い出して、泣いてるお年寄りもいた。
気づけば、観客全員で合唱していた。
振り向くと、観客は、1000人を超えていた。
数少ないAvid crownのファンも都会から、わざわざ見に来ていた。Avid crownと対バンしたバンドのメンバーも大勢来ていてた。
観客は、若者で半分埋めていた。
Avid crownの演奏が終わり、アンコールが鳴った。
「次の催しものもあるので、時間の都合上、アンコールは、できませんので、ご了承ください」
と、司会者が出てきて言った。
盛り上がったことを良いことに、リョウタのバンドは、ステージを終わってから、CDの手売りを始めた。
その手売りに、学生が群がった。リョウタが、調子にのらないといいけど。
市民まつりが終わったあと、リョウタのバンドのメンバーと、私の家で打ち上げをした。
「野外、最高ー。もう1回やりてー」
「あんな盛り上がると思わなかったな」
メンバーは、それぞれライブの感想を言ってた。
とにかく、無事に市民まつりでのライブが終わって良かった。
私は、心配で心配で、眠れなかったくらいだ。
なにかと、心配が絶えず、若い婿をもらうのも大変です。