料理教室
店の休憩時間に町の婦人会の会長さんが来た。
「今、農家の若いお嫁さんで、料理をやったことがないって方が多いんですよ。婦人会に入ってるお姑さんから、うちの嫁に料理を教えてくれないか。という要望が多くて、初心者むけの料理教室を開催したいんですが、その講師を笹原さんにお願いできないでしょうか」
「えっ。私がですか?!無理ですよ」
「対象が結婚1年目2年目の若いお嫁さんなので、20代が多いと思うんですよ。若い方に、人気のあるパスタ屋のシェフが講師となれば、料理してみようかなとなると思うので、ぜひ、笹原さんにお願いします。」
名の知れた料理研究家を呼ぶと、お金かかるから、私なんだろうな。
あまりにも、しつこくお願いされたので、この地域で店をやってる手前もあるので、渋々承諾した。
「京子さん、うちの嫁も料理教室に参加するので、よろしくお願いします」
駿くんが、野菜を配達に来た時に言った。
駿くんのお嫁さんも、参加するのかー。こりゃ、まずいとこ見せられない。
婦人会の会長が、休憩時間に、料理教室の打ち合わせに来た。
「参加人数なんですが、すごい反響ありまして、20名です」
20人って、そんなにいるの?!私は、5、6人だと思っていた。
「やっぱり20代が多くて、15人。30代が、3人。10代が、2人。今のところ、この人数で、予定してます」
10代のお嫁さんもいるんですかー。田舎だから、結婚早いのは、わかるけど、10代とは。
「念を押しますが、ほんとに、料理したことないお嫁さん達なので、包丁の持ち方も知らないかもしれないです。作る料理は、笹原さんに、任せます」
任せますって、なんか、すごいプレッシャーです。
私、今の若者相手に対応できるでしょうか。
水曜日。料理教室の日。
開始時間は10時からである。すでに、10分前だというのに、来ているのは、12人。あとは、ギリギリに、やってくるのだろうか。
「京子さん、今日は、よろしくお願いします」
駿くんのお嫁さんが、私に挨拶にきた。駿くんのお嫁さんの彩ちゃんは23歳である。やはり都会から来ただけあって、あかぬけていて、可愛い。
ギリギリに、あとの7人が、やってきた。あと一人は、欠席か?
揃った受講生を、見渡すと、長い髪のツインテールにしている人がいる。あと30代と思える人が長い髪をサイドテールにしている。
案内に、髪を縛ってくると書いたはずだが、縛ればいいつーもんでない。あんな長い髪のツインテールや、サイドテールでは、鍋に髪が入る。芸能人の料理番組じゃないんだから。
「長い髪は、きっちり縛ってください。ツインテール、サイドテールでは、料理に、髪が入ります。前髪も、長い人は、ピンで、止めてください。ここにあるゴムと、ピン使っていいですよ」
開始5分を過ぎた頃、残りの一人がやってきた。
遅刻かよ。なめられたもんだな。
いかにも、ゲームのやり過ぎで、寝てませんみたいに、20代前半と思われる派手なお嫁さんが、けだるそうに入ってきた。
なっなっなんなんだ。あの爪はっ。すごい爪の長さに、派手な黒いネイル。
まるで、デスノートのリュークみたいな手だ。
こんな田舎にネイルサロンなんかないのに、自分でやったのだろうか。
「爪は、長いと、剥がれたり、せっかくしたネイルも傷つけるので、料理の時は、短く切ってください。派手なネイルも、しない」
はー。これじゃ、前途多難だ。どうみても、やる気ありそうには、見えない。
「今日は、肉じゃがを作ります」
「えー。いきなり難しいー」
「出来ないー」
受講生は、ぶーぶーいい始めた。
「私は、細かく丁寧な綺麗な料理は、今日は、教えません。簡単に覚えられる雑に豪快にいきます。」
この人達に、最初から綺麗な料理をしろって言っても無理だ。
「豚肉。ジャガイモ。ニンジン、玉ねぎを使います。今日は、白滝いれません。他の料理にも活用できる材料で、今日は、やります。
ジャガイモ、ニンジンを、ピーラで、皮を取ってください。無理に包丁で、皮を皮を剥かなくていいです。玉ねぎは、手で、薄皮を剥いてください」
「きゃー。ピーラ面白いっ。皮が、剥けたー」
皮が剥けたことに、喜んでいた。
「皮を剥いたら、野菜を切ります。野菜は、好きにドスドス切ってください。急がなくていいですから、手を切らないように、ゆっくり切ってください。」
「先生、切りましたー」
大きさが、まだらだし、いびつだが、問題ないだろう。
「油をいれて、最初に豚肉炒めて下さい。豚肉に火が通ったら、切った野菜を全部、鍋に、ぶっ混んでください。そして豚肉と一緒に炒めて下さい」
おー、皆、なかなか真剣に、やり始めてきた。
「全体に炒めたら、水をいれて、ほんだしをいれて下さい。今日は、だし汁は、面倒なので、しません。ほんだしで充分です。そして、醤油、みりん、お酒、砂糖いれて下さい。全部調味料いれたら、煮込みます。野菜が柔らかくなって、味が染みたら、出来上がりです」
「えー。これで、終わりなんですか」
「意外と簡単ー」
そうそう、肉じゃが、野菜を切るのは面倒だが、あとは、ぶっ混めばいいのだ。
「では、野菜が柔らかくなるまで、説明します。メモとっても、いいです」
この肉じゃがの工程で、カレーとシチューに、変えられることも説明した。
私がホワイトボードに書いた説明を受講生は、真剣に、メモしていた。
「カレーって、こんな風に作るんだ。しらなかったー」
「あと、今日は、肉じゃがを豚肉でしましたが、牛肉や、ひき肉に変えて、作っても、いいでしょう」
最初は、こんな若いお嫁さん達で、真面目に聞いてくれるのかと思ったが、始まってみれば、お喋りもせずに、真剣に聞いてくれた。料理したい気持ちはあるようだ。
「今日は、あくまでも、簡単なやり方です。最初から、料理本に書いてるような細かく、丁寧な料理しなくていいです。手を抜いて、いかに簡単に出来るか。慣れてきたらで、料理本をみて、手の混んだ料理をしてみましょう。」
「先生、お姑さんに、私の味を出しなさいと、言われるんですが、どうしたらいいですか」
「最初は、無理しなくていいです。まず、料理に馴れること。馴れたら自分で味付けを自由に出来てきますから、そうしたら、お姑さんが、言う味付けをしてみましょう。最初から、お姑さんの味に近づけなきゃと思ったら、プレッシャーになります。出来る料理からして、慣れて行って下さい」
そう説明してるうちに、肉じゃがが、出来上がった。
「出来たー。肉じゃがだー」
「私のは、ジャガイモの形がすごいっ変っ」
「でも、味が染みて美味しいー」
受講生は、始めて、自分で作った肉じゃがを食べて、感動していた。
「始めて、料理をしたわりには、上出来ですね。これで、旦那さんに文句言われたら、旦那さんに料理を作ってもらいましょう」
「先生。それ無理です。旦那に料理させたら、お姑さんに、イヤミ言われます」
やっぱり、この辺は、まだ上げ膳据え膳が、当たり前の家庭があるんだろうな。
食べながら、若妻たちに、聞いた。
「みんなは、ここの地元の出身のお嫁さんが多いの?」
「私は、隣の県から来ました。」
「私は、福岡出身です。」
「私は、埼玉です」
けっこう遠くから、お嫁にきてる人いるんだね。こんな田舎に来るなんて、若いのに、尊敬する。
「旦那が好きだから、結婚したけど、最初は、田舎だし、知り合いもいないので、寂しくて泣いてました。お姑さんは、厳しいし。」
「私も、30過ぎたから、焦って結婚したけど、来てみて、結婚するんじゃなかったと後悔した。お姑さんに、イヤミ言われても、旦那は、知らんぷりだし。」
「私は、子供出来たから、結婚したから、旦那についてくるしかなかった」
やはり、こんな田舎では、不満もあるだろう。農家は、古いしきたりに、捕らわれてる家がまたまだある。こんな若いお嫁さんでは、大変だろうな。
「みんな、若いのに偉いね。私、自分の好き勝手やったから、結婚遅かったよ。私が結婚するとも、思わなかったけど」
私は、彼女達の話を聞いて言った。
「でも、先生の旦那さん、イケメンじゃないですかー。羨ましいですっ」
「わかるー。店長さん、イケメン」
「先生。もろ羨ましいです。」
「うちの旦那と大違い。うちの旦那ブサメンですよ」
受講生のほとんどが、リョウタを知っていた。
「でも、先生のパスタ屋は、私達の癒しの場所です。美味しい料理と、店長さんの爽やか笑顔を見ると、家での窮屈な生活も忘れるひとときです。」
「今日も、頭の固い婦人会のおばちゃん先生だったら、来なかったけど、パスタ屋のシェフが先生だから来ました。」
「私も」
「私もだよ」
やはり、若いからと、年齢や、見た目で判断してはいけない。私もこの年代の時があったのだから、理解できることなんだが、ついつい「今の若い子はー」と、言いがちである。
若いからこそ、いろんなことに悩み、ぶつかり、模索するだろう。慣れない環境に飛び込み、戸惑うことがあるだろう。
それを、私たち年上は、教えてやり、迷わないように導いてやらなければならない。
しかし、なかなか古い考えのお姑さん、舅さんは、多い。私でさえ、年長者に、もっと柔軟性を持ってほしいと思うときがある。
「お疲れー」
家に帰ると、リョウタが笑顔で迎えてくれた。
「ママー、お疲れー」
恭ちゃんが、リョウタの真似をした。
私には、笑顔で迎えてくれる家族が出来た。
若いお嫁さんの彼女達にも、いつか、この田舎に来て良かったと思うときが来てほしい。
彼女達は、これからだ。頑張れ。




