ストレス
金曜日のディナータイムの8時前に、OLさんが一人できた。
「店長っ、とりあえず白ワイン持ってきて。ボトルでね」
ボトル?!ワインのボトルを一人で1本飲むというのだろうか。
「グラスワインもありますよ」
リョウタもさすがに、グラスワインを薦めた。
「ボトルで飲めるわよ。今日は、飲みたい気分なのよ。いいから、持ってきて」
このお客様は、ランチタイムに、たまに来る近所の会社のOLさんだ。一人で来るなんて、珍しい。こんな時間まで残業だったのだろうか。
「店長、何歳?」
「30歳です」
「年下かあ。年下なのに、もう結婚してるんだもんね」
OLさんは、やけにリョウタに、絡んできた。
「私は32歳。独身。独身だからって、今日も押し付けられて残業よ。結婚してないからって、子供いないってだけで、残業は当然みたいに、押し付けられてさ。やってらんないわよっ」
なんだかOL時代の私を見てるようだった。
「若い子だって、結婚してなくても、彼氏いるから、定時で帰るのが当然みたいでさ。先輩の私が、残業してるというのに、平気で帰っていくのよ。どーせ私は彼もいなくて暇ですよ」
ますます、私を見てるようだ。私は、そのOLさんの気持ちが痛いほど、解った。
「店長、チーズ盛り合わせと、アスパラベーコンのパスタをお願い。喋ったら、お腹すいた」
OLさんは、ワインをぐいぐい飲んだ。
「50歳のお局ババアなんてさ。ズルいのよ。面倒くさい仕事は全部わたしに、させて、良いとこ取りよ。上司には、いかにも自分がやりましたみたいに報告してさ。やってねーだろが。全部私が、やったつーの。ババアのくせに、上司の前では、ぶりっこしやがって。気持ちわりーいんだよ」
そうとうストレスがたまってるようだ。この田舎では結婚早いから、32歳で独身だと、そうとう言われてるだろうな。地元の人だろうか。実家住まいなら、親にも、結婚、結婚と言われてるのでは、ないだろうか。
「若いのも、ババアもむかつく。同じくらいの年だって、結婚してるから、話合わないし。だれーも、話が合う人なんて私にはいませんっ」
ワインボトルをもう半分以上空けていた。
「飲んでばかりじゃなく、少し食べたほうがいいですよ。」
そう言って、リョウタは、注文されたパスタとチーズを持っていった。
「ありがとう。こんな私に、店長優しいのね」
確かに、心が荒んでる時は、店員の営業用の優しさでも、染みるものである。
OLさんは、パスタを食べ始めた。
「お、美味しい・・」
今度は、泣き出した。なんだか私は、このOLさんが他人事ではなく思えた。
リョウタが、OLさんにナプキンを差し出した。
「店長・・ありがとう」
「なんか、うちの女房見てるみたいで」
「へっ。シェフが?」
「うちの女房、結婚前、OLだったんですよ」
「そうなの?」
「そういう辛いときは、美味しいもん食べて、発散させたほうがいいですよ」
「店長、私の場合、毎回だから、太るわよ」
そう言って、OLさんは、笑った。
「デザートにどうぞ。疲れてるときは、甘いもの欲しくなりますから」
私は、残ったスイートポテトを出した。
「大丈夫ですよ。甘さ控えめにしてますから」
「ありがとうございます」
そうして、OLさんは、また泣いた。
30歳過ぎると、体力的にもきつくなる。中間的な立場での人間関係にも悩み、仕事の量も多くなる。それに独身だと、押し付けられたりすることも多いだろう。こんな田舎じゃ、そうそう発散場所もないだろう。私は、都会にいたので、発散場所や独身の友達もいたが、彼女は、もしかして、私より辛い思いをしてるのかもしれない。
家に帰ってから、風呂上がりのリョウタが言った。
「今日のOLさん、そうとうストレスたまってるな」
「うん。なんだか、可哀想になった」
「居酒屋じゃないから、どこまで発散できるかは、知れないけど、うちに来て、少しでも、癒しになったらいいけど」
「そうだね」
リョウタが言ったように、美味しいものを食べて、ストレス発散になるときもある。
うちの店が、そんな店になってくれたらいいな。
ランチタイム1時半過ぎたときに、外のメニュー看板をずっと見ているお子さんを抱っこしたお母さんがいた。
「京子、あのお客様、外のメニュー看板15分は見てるぞ。そうとう悩んでるのかな」
「勧誘するみたいで、入ってくださいとも、言えないしね」
パスタが食べたい。外で、パスタなんて、出産してから食べてない。ピザもある。食べたい。食べたい。
でも、子連れじゃ、周りに嫌がられるかも。落ち着いて食べた気がしないしな。
それに、こういうパスタの店は、小さい子ども連れは、ダメだよね。
でも、パスタが食べたいー。このモッツァレラのトマトソースパスタ食べたい。
この時間のランチだと、混む時間過ぎてるし、大丈夫かな。断られてもいいから、入るだけ入ってみようかな。
「いらっしゃいませ」
外で、悩んでたお客様は、店に入ってきた。
「子連れなんですけど、大丈夫ですか」
「大丈夫ですよ。お席に、ご案内します」
リョウタをお子さんを抱っこしたお客様を案内した。
「モッツァレラのパスタソースのパスタと、アイスティーお願いします」
子連れのお客様は、もう、すでに注文が決まっていたようだ。
「かしこまりました。よかったら、お子様をおろされたら、いかがですか」
おそろく1歳は過ぎてる息子さんだと、思うのだが、周りに気を使ってか、そのお母さんは、お子様を抱っこしたままだった。
「でも、おろすと、動き回るので、他のお客さんの迷惑なりますので、いいです」
「リョウタ、裏にベビーチェアあるから、持ってきて座ってもらったら」
私は、そのお母さんが、気を使ってるのが、わかり、可哀想になって、言った。
そうして、リョウタは、ベビーチェアを持ってきた。
「安定感あるので、座らせて、大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
ベビーチェアに、座らせると、お子さんは、おとなしく座っていた。
リョウタが、モッツァレラのトマトソースパスタを持っていくと、お母さんは、
「美味しいー。こんな美味しいパスタ、久しぶりに食べた」
と、感動しながら食べていた。
「まんまー」
お子さんも、食べたいように、お母さんが食べてるのを見て、喋った。
1歳児となると、パスタは、まだ早いだろうか。それは、その家庭の都合があるから、難しい。
「まんまー」
「ママ食べてるから、ちょっとだけ待っててね」
お母さんは、そう子供にいい聞かせてた。
「お子さん、何歳ですか」
私は思わず、ホールにでていって、聞いた。
「1歳2ヵ月です」
「じゃあ、パンケーキをお出ししますか?」
「でも。メニューに、ないんじゃ」
「大丈夫ですよ。すぐ作りますから」
そうして、パンケーキを作ってだした。
「クリームは、つけないほうがいいと思いまして、飾りなくて、すいません」
「いいえ。気遣いありがとうございます。シェフは、お子さんいるんですか」
「はい。3歳の子供がおります」
「だから、すごい私に気を使って頂いて、ほんと、すいません。嬉しいです」
お子さんは、よほどお腹すいてたのか、パンケーキを手づかみで、食べていた。
食事が終わって、また抱っこして、お客様は、レジにきた。
「ありがとうございした。子連れは、嫌がられんじゃないかと、外で、悩んでたんですけど、入ってよかったです。」
「うちは、子連れ大丈夫ですよ。よろしかったら、また来てください」
リョウタは、言った。
「あっ。パンケーキの分も払います」
「パンケーキは、メニューにないものなので、御代は、いいです」
「でもー」
「じゃあ、また、来てください」
子連れのお客様は、何度も頭を下げて帰っていった。
独身も既婚も、色々悩みがある。ストレスがある。
私も独身時代の自分を忘れずに、母になった自分を過信せずに、そうして、お客様に接していこう。




