第四話
最新が遅れてすみません。
キィィィと耳障りな甲高い擦過音をたてて、ギルド長室の扉が閉まっていく。
やがて扉がきちんと締まった事を確認したフォイデルは、「はぁ…」と小さく溜息を吐いた。
(魔王の観測か……)
窓から空を見上げると、太陽の高さは大分低くなっている。恐らくアイゼンとの談話は3・4時間程だったのだろう。山と地平線に沈みかかっている太陽が、雲や町の建物を橙色に染めていた。
「せんぱーい!」
と、窓の外をボーっと眺める事で現実逃避をしているフォイデルは、右手を振りながら近づいてくる影に大声で名前を呼ばれる。呼んだのは言わずもがな、ミリー・アスタイトだ。
「ギルド長の呼び出しはどうでした?」
ミリーは窓枠に肩肘をついて空を眺めているフォイデルの隣に立つと、そう質問する。
「散々だったな。あいつにいいように弄ばれた」
その言葉を聞き、ミリーは申し訳なさそうな顔を浮かべた。
「うぅ、すいません先輩……」
「謝るなミリー、お前は関係ない。あいつの性格がひねくれているだけだからな」
「それでもですよ……。あっ、話しは変わりますけれど、結局呼び出された理由は何だったのですか?」
露骨な会話の路線変更であった。
だが父親の性格が悪いのは別に娘の責任では無いので、フォイデルは話を戻す事なくミリーの質問に答える。
「あーそれに関してなんだが、ミリーは今日アイゼンに何か言われていないのか?」
「へ?、何かって言われてもよく分からないんですけど……」
「質問が悪かったな。要するに俺を眠り枝まで迎えに行けと命令された時に、アイゼンからその要件について何か聞いたか? って事だ」
「いえ、それなら特に何も……」
「そうか。じゃあ俺の口からは話せないな」
「えぇ~~!?」
驚きの表情で固まっているミリーを尻目に、フォイデルは先程の(アイゼンとの)取り決めを思いだす。
ーー『いいかフォイデル。この魔王観測の任についてだが、他言無用とする。何故ならまだ魔王が出現した恐れがあるという事を、各組織の上層部を除く殆どの国民は知らないからだ』
所謂、箝口令というものだ。
「どうして教えてくれないんですか!?」
「規則だからだよ」
「いいじゃないですか、どうせ減るようなモノはないんですから」
「何かが減らなくても、俺の首が無くなるわ! ……兎に角、無理なものは無理なんだよ。解ってくれミリー」
多くの生物が嘆き、悲しみ、苦しんだあの災害が、数年も経たずにまた現れた。例え『かもしれない』という可能性であっても、この報せを聞いた者が恐怖で体が竦み上がるのは、目に見えている事だ。
故に、フォイデルはアイゼンからその旨を伝えられていないミリーに、おいそれとアイゼンとの会話の内容が話せないのであった。
「うぅ、分かりましたよ……。先輩がギルド長とどんな会話をしたかについては諦めます。でも、その代わり明日は私につきあって貰いますからね」
納得してくれた事に安心したフォイデルは、ミリーのその発言に目が点になる。
「なんでだ?」
「なんでって……、約束したじゃないですか」
「約束?、そんなのした記憶がーー」
「先輩が指名依頼から帰ってきたら、一緒にご飯を食べにいこうって約束ですよ!」
いふかしげな表情のフォイデルに、ミリーは頬をプクッと膨らませる。
暫くそんなミリーをボーっと見ながら考えていたフォイデルであったが、朧気ながら今から大体1ヶ月と半分ほど前に、「一緒にどこかでご飯を食べませんか?」とミリーに誘われた事を思いだす。
その時は「指名依頼があるから無理だ」と断ったものの、ミリーの落ち込み様が凄かったので「代わり指名依頼から帰ってきたら一緒に行こう」という約束をしたのだ。
「あ、あぁーーーー!」
やってしまったとばかりに叫ぶフォイデルに、ミリーはより一層不機嫌となる。
「なんですかその叫びは!もしかして忘れてたんですか!?」
「い、いやっ。決して忘れていた訳じゃないんだ」
無論、忘れていた。だが、もしそんな事をミリーに正直に話してしまえば、ミリーがそれこそ怒髪天を衝くかのごとく怒るのは、容易に想像できるものだった。
「じゃあどういう事なんですか?」
「いや、なんと言えばいいのかだな、その……。ミリーと会えるのが、明日からは無理になるんだよ」
ミリーはその言葉を聞くやいなや、フォイデルに詰め寄る。
「無理って、一体どういう事ですか? もっ、もしかして先輩私のこと嫌いだったんですか!?」
「違う。というか何故そうなるんだ!」
フォイデルは、理由は話せないがアイゼンとの取り組みで、明日迄には仕事でルギーから居なくなる。ということをミリーに伝える。
するとミリーは釈然としないものの納得してくれたようで、「うぅ、分かりましたよ……」と呟きながら詰め寄るのを止めて、数歩後ろに下がった。
「ちぇっ (せっかく沢山お話が出来ると思ってたのに……)」
「ミリー、何か言ったか?」
「い、いえ何も言ってませんよ!?」
「何故に疑問系かは知らんが……、まあそういうことだ。すまん。色々とお前に迷惑を掛けてしまって」
「謝らないでください。先輩は悪くないんですから……。そうです、むしろ悪いのは全部お父さんーーじゃなかった、ギルド長なんです!」
申し訳なさそうに謝るフォイデルに、首と手を左右に激しく振って否定していたミリーだったが、急に左手のひらに右手をポンと置くと、合点のいったようにそう発言する。
「そもそもギルド長は先輩のおっしゃる通り、趣味は悪いし、性格は悪いし、ひねくれててーー」
「いや、俺そんなにあいつの悪口言った覚えないぞ!?」
「腹黒で、いじわるでーー」
ミリーの愚痴を聞いていたフォイデルは、自分の前方にあり、向かい合っているミリーの後方にある“それ”に、目が釘付けになる。
「お、おいミリー。そこまでにしといたほうが……」
「どうして止めるをですか。先輩はギルド長の肩を持つつもりなんですか?」
「いやそうじゃなくてだな」
「私よりお父さんを取るって言うんですか!?」
「だから違うって、そもそも選択肢がおかしいぞ! ひとまず一辺落ち着け、後ろだ、後ろ!」
「私の後ろがどうかしたん…で…す…か……」
フォイデルの言葉に従ったミリーは、後ろを振り返ると同時に驚愕の表情を顔に張り付ける。
その理由はギルド長室の扉が少しだけ開いていたからだ。
フォイデルがギルド長室から退室する時に、きちんと閉めた筈の扉が開いている。また、それ以来扉に近づいた者はいない。これはつまり、誰かが開けたということだ。
そして、思考が追い付いていないのか、若しくは自分がやってしまった事に足すくんでいるのか、詳細はわからないが身動ぎもしないミリーの目の前で、扉は徐々に開いていきーー
「やあ、ミリー。面白そうだね。フォイデルと一体何をはなしていたんだい?」
彼女の父親であり上司でもある、アイゼン・アスタイトが顔をだした。
「お、お父さんっ」
「ミリー、公ではお父さんじゃなくて、ギルド長と呼びなさいと言ったのをもう忘れたのか?」
「違うんですお父さ……ギルド長!」
「何が違うのか私には少し分かりかねるが、まあいい。取り敢えず部屋に入りなさい。話したい事がある」
「遠慮しておきます」
「遠慮はいらないよミリー」
「だ、大丈夫です!」
「……いいから来なさい」
アイゼンの有無を言わさぬ力で、半ば引きずられる様に部屋の中へ連れて行かれていたミリーは、イヤイヤと首を振る。
「お説教はいやーー! せ、先輩。黙って見てないで助けて下さいよぉ!」
やがてミリーはその寸劇をボケッと見ているフォイデルに助けを求めようとする。
が、親子水入らずというのは少し使い方を間違っているものの、フォイデルは親子という関係である二人の会話に、口をはさめずにいたのだった。
「あー、なんというか……そうだな、自業自得だ。諦めろ」
「先輩の裏切り者ーー!」
「人聞きが悪いことを言うな」
「あぁーー!ーーー……」
バタン。
このままミリーを放って行くのも寝覚めが悪いと思い、暫くの間その場で待っていたフォイデルだったが、数十分経っても一向にミリーが出くる気配はしなかったので、「やれやれ」と言わんばかりに首を左右に振ると、旅の用意の為にその場を後にするのであった。