第一話
観察者フォイデル・エルフマンは今、窮地にたっていた。
黒髪というこの街では珍しい髪をわさわさとかきむしり、どうにかこの現状を打破できる術を考えようとするが、寝起きであり更に二日酔いという体調では、有用な解決案など到底出ることはなかった。
フォイデルが慌てる理由は、彼が机の上へ無造作に放り投げた一枚の紙にある。
紙にはこう書かれていた。
『 緊急召集令状 フォイデル・エルフマン
上記の者はこの令状を確認次第、直ちにに冒険者ギルド・ルギー支部に来ること』
冒険者ギルドにおいて、職員及び冒険者の呼び出しはよくあるものだ。
例えれば、冒険者のランクアップ試験の通知、大規模討伐の招集状、違反行為をした者への処分、そしてギルド除名宣告をするとき等と様々な呼び出しがある。
しかしながら、
招待、招集、集合、ではなく召集。
命令、指令、警告、ではなく令状。
さらに緊急という文字と、|握り拳程もある大きな判子《ギルド長直々の命令証》。
その紙面に並ぶ仰々しい単語に面倒事になる、といった嫌な予感しかしなかった。
自分は何か不祥事でも起こしただろうか? そうフォイデルはここ最近の身の回りで起きた事を振り返ってみるが、
(ダメだ……一切心当たりがない)
何一つとして思い当たる節がなかった。
そもそも自分はつい最近までギルドからの指名依頼で、この町に居なかったのだ。そしてその原因となる指名依頼は完璧に遂行した筈だ。ならば何故……?
と、そこでギルド除名処分といった呼び出される側に何らかの非がある場合は、呼び出しの文言は緊急ではく強制であった事をフォイデルは思いだした。
つまりこの緊急と謳っている紙は、フォイデルに責任は無いが、フォイデルを非常に危険かつ重大な任務に就かせる腹づもりなのだ。
(じょ、冗談じゃねぇぞ! )
ギルドの指名依頼のせいで、約40日間も生命の保証無し、娯楽なし、そして最低限の衣食だけという状況にいたフォイデルは、まだ休んでから1日も経っていないのにも関わらず、他人の尻拭いをするなど真っ平ごめんであった。
(何か良い手は……)
必死になって打開策を考えていたフォイデルは、机の上に在るあるものに釘付けになる。
それは先程自分が放り投げだ1枚の紙だった。
「そうだ……」
と、なにやら名案を思いついたのか、フォイデルはそれまで無意識の内に頭をかきむしっていた手を止め、ブツブツと今自分が思いついた案を吟味し始める。
そして、手に持っている紙をジッと暫く眺めるとーーー
「……逃げるか」
そう言うが早いか、彼は手で持っていた紙を魔法で燃やしてしまった。
紙はボッという小さな音と黒い煙を燻らせ、白と赤と黒の三つ巴をゆらゆらと揺らめかせながら消滅していく。やがて後に残った灰も風に流れて消えていった。
「よし……証拠隠滅っと」
どうやらフォイデルはギルドに行くか行かないか悩みに悩みぬいた末に第三の選択肢『そもそもそんな通知知りません』としらをきる事にしたようだ。
思いたったら吉日という言葉を体現したかの様に、直ぐさま旅の用意をマジックポーチに積めるだけつめこみ、着の身着のままで宿屋『眠り枝』から出ると、フォイデルは村の西門に歩きだしたーーーー
「おはようございます先輩!」
が、直ぐに立ち止まざるをえなくなってしまう。
フォイデルの前に誰かが立ち塞がったからだ。
一瞬誰だか分からず困惑するフォイデルであったが、自分の事を『先輩』等と呼称する人間は、この町に一人しかいない事に気がつく。
「……ミリー、なぜ此処にいる?」
ミリー・アスタイト 17歳。
身長はフォイデルの頭一つ分程低く、頭の後ろで一括りにしばっている長い茶髪とクリクリとした愛らしい目が特徴の娘である。
そして彼女の職業は冒険者ギルド長直属特殊職員補佐。
ギルド長直属や特殊等と陶業な肩書きがついているが、彼女の仕事はギルド内の清掃や資料の整頓、そしてギルド長の伝言を他者に伝える等といったもので、平たく言えばギルドの雑用係である。
そんな彼女が此処にいるという事は、大方ギルド長からフォイデルが逃亡する可能性があるとして、ギルド長室まで連れて来いと命令されたのだろう。
まだ朝早いというのに、元気にニコニコと笑いながら話しかけてくる様子が、フォイデルにじゃれついてくる子犬を連想させられた。
「ギルド長に頼まれたんですよ」
(やっぱりか……)
「ギルド長から伝言もありますよ、『午前中までには来るように』と」
「午前中って……もうすぐ昼時なんだが……」
フォイデルは空を仰ぐ。太陽の位置と高さ、そして方角から大体の時間を予測しようとするためだ。
それにつられて顔を上に向けたミリーは、眩しそうに顔を手で隠しながら目を細める。
「ああ!そういえば確認を忘れてました!」
どうやら何かを思い出したようで、ミリーはしまったとばかりに口を手で隠す。すると手という遮蔽物がなくなったことで、太陽の光がもろに目に入ったのか、「キャアッ」と小さく叫び声をあげる。
「おい、大丈夫か?」
「だ、大丈夫です……」
心配そうに顔を眺めるフォイデルに何故か少し顔を赤らめたミリーは「大丈夫ですから!」とフォイデルを遠ざけた。
「そ、それよりも確認ですけど、先輩はもうギルドからの手紙は受け取りました?」
「手紙?」
「紙ですよ、紙。ほらギルド長直々の召集命令の紙。今朝届いた筈なのですが……先輩は受け取りました?」
「ああ、受け取っーー」
ーーていない。そうフォイデルは続けようするが、ふとあることに気づいてしまう。
もし、フォイデルがここで受け取っていないと否定し、ギルド長の元まで連れていこうとする彼女を、緊急の用事があると言って騙して逃げたらどうなるだろうか?
恐らくだがギルド長は激怒し、彼女がその責任を背負う事になる可能性が極めて高いだろう。
まだ若く、またフォイデルのことを先輩と慕ってくれる少女を、自分自身の身勝手な都合で巻き込みたくない。二日酔いだからだろか?そんな普段なら笑って一蹴するような正義感が芽生えたフォイデルのとった行動は、
「ーーた」
肯定であった。
「受け取ったのですね!中身は読みましたか?」
「……読んだよ。緊急召集だとさ」
「緊急?先輩何かやらかしたんですか!?」
「それが心当たりが無いんだよ。強制ではなく緊急って書いてあったから、恐らく俺は何も問題を起こして無いと思うんだが……」
フォイデルは溜息をつく。
ミリーに手紙を受け取ったと言ってしまった手前、もう後戻りは出来なくなってしまった。そもそもーー
と、そんな事をつらつらと考えていたフォイデルは、ミリーの「そういえば」という声に現実に戻される。
「先輩はもう朝御飯は食べました?」
「いや、食べてないな」
「でしたらギルド食堂で朝食一緒にたべませんか?」
名案だと言わんばかりに両手を体の前で合わして提案する彼女に、フォイデルは咎めるような視線を投げる。
「……ミリー、緊急だぞ?緊急。ギルド長から午前中までに連れて来いと言われてなかったか?」
「はう!そうでした……」
ミリー・アスタイト十七歳。勤勉でしっかり者だが、若干天然であった。