フィアの二日目
とある幽霊屋敷の調査に来ていたフィア、そしてライトは早速屋敷へと足を踏み入れようとしていた。
「フィア、怖くないか?」
「幽霊なんていないもん。人間は死んだらエネルギーに戻る、だからいないの」
「いや、俺はそれを理解しているつもりだが……改めて説明みたいなことして、どうしたんだ?」
ライトは気付いていた。
ロリの心を読める彼だからこそ、その怯えが手に取るように分かるのだ。
ただ、今に限っては彼でなくとも分かる。なぜならば、フィアは足を振わせ、顔を真っ青にしていたのだから。
「ほら、さっさと行くぞ」
「ゆ、幽霊はいないの」
「分かった。よし行くぞ」
ライトはフィアの手を引くと、古ぼけた屋敷に入っていく。
ガチャリ、古びたノブを回して屋敷に突入した途端、不意に扉が閉まった。
フィアは声を失い、とんでもない顔をした。しかし、猫のように何もなかったかのような態度をし、ライトの回りを歩きだす。
「早く行きましょ」
「でも……いや、まぁいいか」
何かに気付いているライトとは正反対に、フィアは気が気ではない様子だ。
ライトは一度呼吸を置いた後、空中に黄色い光の文字――《魔導式》を刻みこんでいく。
「《光ノ一番・明》」
ぽっ、と親指大の光球がライトの人差し指から現れ、周囲を明るく照らし出した。
かなり初級だが、簡単かつかなりの光源を生みだせるこの術は汎用性が高い。
「明るいなら心配ないだろ?」
「……うん」
怖がっているフィアを見かねてか、ライトは彼女の手を無言で握り、引っ張った。
「ライトはしょうがないんだから」
「ああ、フィアがいてくれて安心する」
本当はみじんも怖くはない。それが気付かれる可能性はあったが、ゼロに等しいとライトは断じた。
今の状況で相手を観察する余裕があるか、と。
さて、今回の依頼は近くの村で受けたものだ。彼が善大王であるということは公言されていないが、シナヴァリアからの指示――近くだからやってこいといった感じ――だからこそ、受けることになった。
一国の王でこそあれど、善大王は善を司る王様。このような仕事をこなすこともある。
「ベッドにも影響はナシ。あとは何部屋だっけか」
「……アイは大丈夫かしら。お腹減ってないかしら」
「寝ているから大丈夫だろ。それに、留守番しててもいいぞって、俺が言ったはずだが」
フィアは一度ライトの提案を断っている。
仕事に行ってくる、じゃあ付いていく。そんな流れで付いてきたらこのありさま、ということだ。
幽霊屋敷と言っても、特に何が起こるということもなく、捜索はあっさり進展していった。
「何もないね」
「いや……何かあるみたいだぞ」
ライトが目を凝らすと、そこには汚れにまみれた人型の何かがあった。
「ッ――! ら、らららら……」
今にも逃げ出そうとするフィアの首根っこを掴み、ライトはその人型へと近づいていく。
「君、大丈夫?」
「……誰?」
かなり汚れているが、それは少女だった。
「俺は善大――通りすがりの旅人兼、隠居者さ」
「へんなの」
「君こそ、随分変わった暮らしをしているみたいじゃないか」
見た目からして九歳前後か。髪は無造作に伸び、手入れされている様子もない。
臭いもきつく、死体と見間違ってもおかしくない程だった。
「村の人に閉じ込められているの」
「……そうか」
「あなたは、わたしをいじめないの?」
「ああ、いじめない」
相手が汚い少女でありながらも、ライトはいつもと変わらない態度で接した。
最高権力者の一人でありながらも、彼は少女愛好家なのだ。えり好みなどもしない辺り、極まっている。
ただ、それが面白くないのがフィアだった。
「(ライト、また女の子に優しくしている……私もいるのに)」
「フィア、この子の心は読めるか? できるだけ詳しく知りたい――頼むよ」
「私だけしかできない仕事?」
「ああ、俺じゃ詳しくは分からないからさ。フィアだけが頼りだよ」
そう言われた瞬間、フィアは目を輝かせた。
「任せて! 今すぐ調べるから」
フィアの瞳に虹色の光が宿る。次の瞬間、彼女の頭には少女の過去が流れ込んできた。
『呪われたガキめ!』村人が言う。
『お前は村から出ていけ!』村長らしき男の言葉だ。
『汚らわしい小娘が! お前が不法占拠者か!?』冒険者の男が怒鳴った。
「なるほど……ね」
どうやら、この少女はある都合から村八分にされ、この誰も使わなくなった不気味な屋敷に閉じ込められていた。
生まれつき丈夫だったのか、幽霊退治に来た冒険者達に殴る蹴るの暴行を受けながらも生きながらえ、今まで生きてきた。
村人の醜悪な憎悪の結果か、廃棄物のような食料が定期的に捧げられ、死に至れなかったのも余計に事態を悪化させているようにもみえた。
「どうだ?」
「村人が問題をおこしていたみたい。この子の親に対する復讐ね」
「やっぱりそんなところか。それにしても、嫌みな奴らだな」
自分の手を汚さず、冒険者などを介して暴力を振う。国の管理が行きとどいていない村では、このようなことは良くあることだった。
「文句言いに行くぞ」
「えっ」少女は戸惑う。
「いいからついてきて。君を助けてあげるから」
それからライトは村へと戻り、この事実を口にした。
当然、ライトの身分を知らない村長らは謂われなきことと言い、彼を謗った。だが……。
「俺は善大王だ。その上で文句があるなら言えばいい」
「ぜ、善大王? まさか……本人が来るとは――はっ、も、申し訳ありませんでした!」
「謝るのは俺じゃないだろ? この子の待遇改善、それだけで今は許してやろう」
この場でそれに抗えるはずもなく、村長は条件を呑んだ。
「俺はこの場を去る。だが、もしも態度を変えてみろ――神がその事実を知っていると思え」
ライトがそう言うと、フィアが前に出る。
「天の国の巫女、フィアです。事情は全て聞かせてもらいました――彼の言うことに間違いないと考えていてください」
来るはずもないとんでもない二人の登場で、自体は収められることになった。
すぐに少女の体は洗われ、風呂から戻ってきた時にはどこにでもいそうな子供の姿になっていた。
「うん、そっちの方が可愛いよ」
「もう! ライト!」
フィアに怒られ、ライトは笑って流した。
それまで黙っていた少女だが、意を決したような顔をすると、小さな声で言った。
「またいつか……会おうね」
少女の嬉しそうな顔を最後に、ライト達は家へと戻っていった。
「しかし、あの扉を閉めた奴は誰だったんだろうな」
「……えっ」
「あの子じゃなかったみたいだしな。もしかして、幽霊だったのかもな」
不意にそのことを思い出したフィアは、顔を青ざめさせ、泣き出してしまった。