退魔士に退魔してもらった女の子について
「ん? あらら」
目の前から声がかけられる。ふと見上げると背はやや高く、かっこいいよりかわいいと言ったほうがしっくりくるような男の人。制服から高校生なのだろう。青色のブレザーと赤と白のネクタイとグレーのズボン。こんな制服の学校が近くにあっただろうか?
「やぁ、元気?」
「……わ、私ですか?」
一瞬後ろを見るが誰もいない。確実に私を見ているから私に話しかけているのだろうけど、覚えが無い。ふわふわとした茶色の髪の毛と人懐っこそうな眼。猫みたいな人だと思ってしまった。
「左足と右肩、それに首」
「え?」
「重いでしょ?」
「……ッ!?」
一瞬何を言っているのか頭が理解しなかった。だけど確かにここ最近、いやあそこに行ってからずっと何かがのしかかっていたりするような重さが続いている。それに……
「そんなに囁かれちゃあ、勉強も集中できないしね」
「……はい」
あの日からずっと耳元で誰かが囁いている。きっと男の人だ。何を言っているかを聞き取らないようにしていた。ずっと、ずっと。
「泣かないで。苦しかったね、辛かったね」
「……ひっぐ、ずっと……怖かったぁ……」
「今、助けてあげる」
ごめんね、と言いながら私の頭をなでる。少しなでた後、額にまっすぐ伸ばした右手の中指と人差し指をあてた。少し高い体温が、何故か安心する。
「……あ」
彼が私の重かった場所に触っていくとあの重さが嘘のように軽くなった。首、右肩、左足。そして
「ん……」
彼が左耳に触った瞬間、少しくすぐったくて声が出てしまった。そして、聞こえた。
『ありがとう』
ふっと力が抜けた。そして誰かに優しく受け止められる。この場にはただ一人しかいないため、誰かはすぐに理解した。
「一度、眠るといい。ちょっと悪いけど生徒手帳借りるよ?」
わかりました、と言えたかはあまり覚えていない。
「う……あれ?」
「起きたか」
ここは、と言う前に話しかけられた。ばっと起き上がろうとして、失敗する。
「まだ寝てろって。あまり寝てなかったんだろう?」
「は、い」
「学校と親には連絡してあるらしいぜ? ったく、ガキの癖によく気が利きやがる」
薄暗い部屋だったがようやく眼が慣れてくる。白衣のような、長い物を着ている男性。そして目元を覆う白い仮面。どうやらこの暗い部屋の中、読書をしているようだった。
「ここは、どこですか?」
「悪いけどここの場所は教えられない。もう少ししたら目隠しをして車に乗ってもらうけど、変なことはしない」
「……」
「ったく、しょうがねぇなぁ。ほらよ」
ピピと軽やかな音を立ててスマホを投げるあわてながらキャッチすると、どこかに電話して呼び出している最中だった。
「御剣 飛竜?」
画面に出ていた文字を読み上げる。なかなか珍しい名前。
『もしもし?』
「!? はいっ!」
電話越しで、うわっとの声がする。そして御剣ぃー、彼女かぁ? と言う声も。その言葉に顔が熱くなる。
あの人だ。私を助けてくれた人。
『あとで相手してやるから黙ってろオメーら! あぁごめん、ちょっと外野がうるさくて……』
「ふふっ、いえ。人気者なんですね、御剣さん」
『あー、やっぱり名前分かっちゃったかぁ。しょうがないっちゃあしょうがないか』
あまり名前を知られたくない事が言葉の調子から伺えた。
「ごめんなさい……」
偶然とはいえ知ってしまったのは事実。あまり彼が嫌がることはしたくは無かった。
『いやいや、多分君のせいじゃないでしょ? 奥にいるエセ医者がやらかしたと思うし、それに俺も君の名前知っちゃったから。ね? 白石さん』
「あ、生徒手帳……」
『うん。君の学校に連絡するためだったんだけど、ごめんね?』
「……でも、信用してくれたでしょうか?」
彼が電話したにしても彼も学生だ。声も若いし親のふりというのは難しいだろうし、さっき親にも連絡したといていた。どういうことだろう。
『あぁ、ちょっと大声では言えないけど白石さんと同じようになってしまう人のことが多々あってね。』
御剣さんいわく、幽霊関係のお仕事が多々あったらしい。そのうちの一つは警察から。そのコネを使って警察に連絡をし、そこから学校と親にも連絡が行ったらしい。表向きは捜査に協力となっているみたいだ。
「何から何までありがとうございます」
『いーえ、気にしないで。でももう廃病院とか行っちゃだめだよ?』
「……はい」
『白石さんはどうやら憑いてきやすい体質みたいだからね。あ、そうだ。ポケットに入ってるもの、見てくれた?』
ポケット?
不思議に思いながら探すと何か小さく硬い物が指先に当たる。
「……わぁ! きれい……」
小さなコルク付のガラス瓶が二つ。片方は純白のこれまた小さい羽が浮かんでいる。もう片方は色違いの黄色。
『気に入ってくれたみたいだね。白い方は幽霊のような相手が近くにいると白から黒に変わるようになっているよ。あまり危なくない奴だとグレーとかになると思う。もう片方は霊に襲われたときそれを持って助けてと強く願うと一時的にだけどバリアーのような物が半径2mぐらいに張られる。弱い奴なら触れただけで消滅する。手から離すと解除されるから気をつけてね。一度バリアーが張られて解除したら、大体一ヶ月ぐらいは使えないからそれも注意点。』
なにやらこれはすごく貴重な物を貰ってしまった気が……
「さぁ、そろそろ終わりにしろ。両親も心配しているだろうよ」
「はい、すみません」
『ん、聞こえてたから大丈夫。じゃあまた会う機会があれば』
「はい、ありがとうございました!」
ツーツー、と無機質な機械音。名残惜しく携帯を耳から離す。
「じゃあ送んぞ。スマホ返せ」
「……はい」
ばれないようにバックキーを押す。私がこのスマホをいじれたのは結構メジャーな機種で友達が色違いだが同じのを持っていたからだった。だから迷わずできた。
「悪いけど目隠しするからな、暴れんなよ?」
フッ、と目の前が暗闇に包まれる。今はそんな事に気をとられている暇は無い。忘れないように、そしてばれないように頭の中で繰り返す。
「必ず、お礼はしますからね」
名前はもう覚えた。繰り返すは電話番号、そしてアドレス。アドレスは覚えるの無理かなと思ったが、下の名前のローマ字に4桁の番号。きっと誕生日とかだろう。電話番号も下4桁はアドレスと同じ番号だった。これなら覚えやすい。
「一応信頼できる退魔士の電話教えといてやる。金はかかるが飛竜の名前を出せばかなり安くはしてくれると思う」
やはり飛竜さんの電話は教えてくれないのか。良かった覚えておいて。
「ありがとうございます……」
そこからは終始無言だった。右に左にとだいぶ短い間に曲がったと思えば、ずっと真っ直ぐだったり。時にはターンもしているようにも思えた。きっと道順なども覚えられたくないのだろう。かなり長い時間をかけて、私の家に着いたようだ。
「まだ目隠しを取るな。ドアを閉めて少ししてから取れ。心配するな、車も近くになければ人も今はいない」
「はい、送ってくださりありがとうございました」
「それと、バックの中にさっき言った退魔士の連絡先書いた紙入れといた。あと絶対合ってると思うが、万が一送ったこの家がお前の家じゃなかった場合の時のため、退魔士の連絡先が書いてある紙の裏に事情を知っている警察のお偉いさんの連絡先も書いておく。10分以内に連絡無かったら電話番号変わって連絡着かねーから注意しろ。それともしものためのバッテリー充電器も……なにがおかしい?」
くすりと笑ってしまった私に気づいたらしい。あの常に無表情で仮面を付けたこの人の性格がちょっとわかってしまった一瞬だった。
「いえ、なんでもありません。では、また今度」
「また今度ってなぁ、俺たちに会うような事に拘って欲しくないんだが……」
「いえ、もうこれで懲りたんで自分からは行きませんよ」
あの辛いのを味わう位なら友達と絶交してでも断る。これはもう絶対である。
「ならこれでもう会うことはないだろうな、元気でいろよ」
「はい、ありがとうございました。次はちゃんとお顔見せてくださいね?」
私たちはちぐはぐな会話をする。そこに不快な感情は無く、言うとしたなら親友同士のお互いをからかうような楽しい会話。
後ろから小さく笑い声が聞こえる。想像道理でふっ、と小さく笑っただけ。そしてドアの閉まる音と急発進する音。どんどん遠ざかる音に対し、私はゆっくりと目隠しを取った。
「ちゃんとあってますよ……」
すぐに携帯のアドレス帳を開き、新規作成。名前はもちろん……
「御剣飛竜さん……」
絶対に会いに行きますからね!
『みみ、御剣飛竜さんで、ああああってますよ、ね?』
飛竜に知らない電話番号からの着信があるのは数日後の事であった。
誤字脱字多くてすみません。
ありがとうございました。