第七話 「おおぞらをさんぽ」
――7――
東の空が明るくなり始めたころ、トーアは物音を聞いた気がして目を覚ましました。カーレは、まだ、すやすやと気持ち良さそうに眠っています。
トーアは、カーレを起こさないように、「誰だ」と、小さい声で言いました。
「トーアよ。起きてくれ」
声の主は、なんと赤いウロコのトカゲ隊長でした。
トーアは、ばっ、と、飛び起きて、いつでも戦えるように身がまえました。カーレも、はっ、と目を覚まして、慌てて立ち上がります。
こぶしを握り締めたトーアを見て、トカゲ隊長は手に持っていた槍を、自分の足元に置きました。
「トーアよ、女王様がお前に会いたいとおっしゃっている。頼む、一緒に来てくれないか」
そう言って、トカゲ隊長は深々と頭を下げました。
「トーア、わたしは絶対に罠だと思うよ」
カーレは腰に手を当てて、トカゲ隊長をにらみつけましたが、トカゲ隊長は頭を下げたまま動こうともしません。
その姿をみたトーアは、「分かった。行こう」と、低い声でトカゲ隊長に言いました。
それを聞いたトカゲ隊長は頭を上げて、「では、外で待っている」と言って、洞窟の外に出て行きました。
「ちょっと、トーア! 本気なの?」
カーレは大きな声でトーアに聞きました。いくらなんでも怪しいと、カーレは思いました。
「どのみち女王に会うんだ。断る理由は無い」
トーアは、そう言って洞窟の外に出ました。外はすでに夜が明けて、太陽が昇り始めたばかりでした。
洞窟のすぐそばでは、大きな羽をたたんだワイバーンとトカゲ隊長が待っていました。ワイバーンの顔には、やけどの跡があったので、昨日の夕方にカーレが火の玉でやっつけた奴だな、とトーアは思いました。
「さあ、乗ってくれ。女王様の城まで案内しよう」
トカゲ隊長は、ワイバーンの首につかまりながら言いました。トーアは何も言わないで、ワイバーンの背中に乗りました。
「おい、元黒妖精。お前はどうすんだ?」
トカゲ隊長が、荷物を持って後からついて来たカーレに向かって聞きました。
カーレは、「元とか言うな! カーレって呼べ!」と、言ってワイバーンに乗り込み、トーアの背中にしがみつきました。
トカゲ隊長は、カーレの顔を見てニヤリと笑ってから、ワイバーンの首を二回、叩きました。大きな羽が二回羽ばたくと、トーアたちを乗せてワイバーンが空に飛び立ちました。
ワイバーンは、大きな羽で風をつかまえてグングンと高い空へ昇っていきます。ワイバーンの羽が、朝の冷たい風を切ってビュウビュウと音をたてました。
「久しぶりに空を飛んだ! なんて良い気持ち!」
カーレは明るくなり始めた東の空を見ながら言いました。
トカゲ隊長が、「ふはは、元黒妖精よ。お前はこんなに高く飛んだことは無いだろう」と、トーアの背に抱きついて、はしゃぐカーレに向かって言いました。
「うるっさいな! 元って言うな! まぁ、こんなに高く飛んだことはないけどさ」
カーレはふてくされて言い返しました。トーアは、自分を真ん中にはさんでケンカをするトカゲ隊長とカーレをみて笑いました。
トカゲ隊長とカーレは、しばらくにらみ合っていましたが、そのうち笑い出しました。
三人を乗せたワイバーンは、だまって羽を動かし、高く高く飛びました。
トーアは笑いながら、先ほどまで寝ていた洞穴のあたりを見下ろしました。もう、洞穴なんて見えません。
人間の町が遠くに小さく見えました。トーアの生まれ育った村は、もっと小さく見えました。
トーアは不思議に思いました。竜の女王は、どうして人間なんてちっぽけな生き物を嫌うのだろう。
「さあ、もうすぐだ」
トカゲ隊長が大きな声で言いました。
もうもうと煙を上げる火の山は、ところどころに真っ赤な溶岩が吹き出しています。ワイバーンの背に乗って飛んできたから良いものの、下から登っていたら大変だったな、とトーアは思いました。
ついに火の山の頂上、竜の女王の城が見えてきました。
す女王の城は、とても質素な作りでしたが、白くて美しい建物でした。
ワイバーンは城の上をグルグルと輪をえがいて、バルコニーに着陸しました。
「お前も人間が嫌いなのか」
ワイバーンの背から降りながら、トーアはトカゲ隊長に聞きました。
「俺は女王様が大好きなんだ。女王様のためなら何だってするさ」
トカゲ隊長は悲しそうな顔をして、トーアに言いました。
「かわいそうな女王様の話を聞いてくれ。どうか、この通りだ」
何度も何度も頭を下げるトカゲ隊長の目から、ぽつりと涙が一滴だけこぼれました。バルコニーの床に落ちた涙の一滴を、カーレは不思議な気持ちで眺めました。
トーアは、「ああ、分かった」と、だけ言いました。
トカゲ隊長はバルコニーから城の中に続く扉の前に立って、大きな声で言いました。
「女王様! 女王様! トーアを連れてまいりました!」
大きな扉が音も立てずにゆっくりと開き、扉の向こうからは、「はいりなさい」と、女の人の声が聞こえました。
「さあ、行って女王様の願いを聞いてくれ」
トカゲ隊長は腕で涙をぬぐいながら言いました。カーレは、「またね」とトカゲ隊長に言いました。
扉の向こうはとても広くて、大きな絵や彫刻で飾り立てられていましたが、がらんとして何だかさびしい場所でした。
一段高くなったところに、大きくて立派な椅子がありました。その椅子のとなりには、黄金の剣が、むきだしのまま床に突き刺さっていました。
何であんなところに剣が刺さっているのだろうと不思議に思って、トーアは一段高くなったところに足をかけました。
「無礼者。わきまえよ」
女の子の甲高い声に、トーアは思わず足を戻しました。声が聞こえたのは椅子の方からです。
トーアは椅子の正面に立ちました。そこには、青白い顔をした女の子が、大きな椅子に埋まるように座り、するどい目つきでトーアの顔を見下ろしていました。




