第二話 「きみさえいれば」
――2――
その頃、村では「竜の女王」の手下たちが大暴れをしていました。
竜の女王は、人間が大嫌いです。女王の手下たちは、女王のごきげんを取るために、ときおり人間に嫌がらせをしていました。
「助けてくれー!」
「火が! 火が!」
「家が燃やされるー!」
村人たちは口々に叫び、逃げ回ります。
立って歩く大きなトカゲのような姿をした女王の手下たちは、手にした槍で逃げる村人たちを追い立てます。
「ひゃあっはっはー! 燃えろー!」
「燃やせ! 村に、家に火を点けろ!」
村じゅうの家に火を放っていたトカゲ人間を、駆け付けたトーアが問答無用で投げ飛ばしました。
「な、なんだ、お前は! 俺た――」
「人間め! 俺たちを誰だと思っ――」
トーアはトカゲ人間を一人、また一人、つかんでは投げ、投げてはつかんで、たちまちトカゲ人間たちをやっつけました。
あらかたトカゲ人間たちを退治したトーアの前に、ひときわ背の高い、赤いウロコのトカゲ人間が立ちふさがりました。トカゲ人間の隊長です。
「貴様、人間にしては、なかなかやるじゃな――」
トーアは、自分よりも体の大きなトカゲ隊長の顔を、左手でわしづかみにしました。
「いたっ、いたい! お前、人の話を最後ま――」
トーアは、トカゲ隊長の顔を左手でつかんだまま、右こぶしを握りしめて言いました。
「悪者のいうことを、最後まで聞く気はない」
トカゲ隊長はトーアに顔をつかまれたまま、「いてぇ、いてぇ! なんて馬鹿力だ」と暴れました。
誰にでも優しいトーアですが、悪者にまで優しくするつもりはありません。
ぶぅん! と、唸りをあげたトーアの握りこぶしが、トカゲ隊長を殴り飛ばしました。
それを見た女王の手下たちは、悲鳴を上げて散り散りに逃げ出しました。
「あ! こら、俺を置いて行くな!」
トカゲ隊長は、ヨロヨロ立ち上がると、うらめしい声で言いました。
「くそぅ! 貴様、覚えてお――」
トーアが追いかけようとすると、トカゲ隊長は最後まで言い終えないうちに、一目散に逃げて行きました。
やっと追いついたカーレが、「怪我は無い?」と、掃除が終わったときのように、パンパンと手を叩くトーアに心配そうに聞きました。
家や物陰に隠れていた村人たちが戻ってきて、トーアとカーレを取り囲みました。
カーレは、村人たちに感謝されると思って得意げです。ところが、
「トーア、余計なことをしてくれたな」
「女王の手下が仕返しにくるぞ。どうしてくれる」
「大人しくしていれば良かったんだ」
村人たちは助けにきたトーアに感謝するどころか、なじり、ののしりました。
カーレは、あんまりにも悔しくて悲しくて、ボロボロと涙をこぼしましたが、トーアは何も言わずに背を向けました。
「くやしいよ。かなしいよ。トーアが可哀そうだよ」
家に帰る途中、トーアのぼさぼさ頭の上で、カーレはシクシク泣きました。
「良いんだ。俺は間違ったことをしたとは思っていない」
「でも、トーアが助けに行かなかったら、もっと酷いことになっていたよ」
「頼まれてやったことじゃない」
二人は何も言わずに、トーアの家に向かって、とぼとぼと歩きました。そして、家のドアを開けようとした時にトーアが言いました。
「俺は、村を出ようと思う」
「えぇ? なんでトーアが村を出なくちゃいけないの!」
「竜の女王に会ってみようと思う」
「どうして? 女王は人間が大嫌いなんだよ」
「だからさ。女王に会って聞いてみたいんだ」
トーアは家に入ると、さっそく旅支度を始めました。
「ねえ、トーア。わたしも一緒に行って良い?」
だまって荷造りをするトーアに向かって、カーレが恐る恐る聞きました。
「好きにすればいい」
トーアは、ナイフとランプを鞄に詰め込みながら、ぶっきらぼうに答えました。本当は嬉しかったのですが、照れ臭くて、わざと怖い声で言ったのです。
旅のしたくを終えたトーアとカーレは、家を出て、村を後にしました。
「ねえ、トーア。竜の女王のいる場所は知っているの?」
カーレの質問に、トーアは、もくもくと煙をはく火の山を指差しました。
「あそこに女王の城があるらしい」
黒い煙が怖ろしげなドラゴンに見えて、カーレは、ちょっと怖いな、と思いましたが、歌を歌って元気を出すことにしました。
怖くなんてないよ。
きみが一緒だから。
どこにだって行ける。
きみが一緒だもの。
「それは妖精の歌か?」
黒いアゲハ蝶みたいに、ひらひらと飛びながら歌うカーレに、トーアが聞きました。
「ううん。わたしが考えたの。続きも聞きたい?」
「あぁ、頼むよ」
「パンが無いならぁーお菓子を食べればいぃー」
「台無しだな」
ヒゲもじゃトーアの顔が、もじゃもじゃ動きました。
カーレには、トーアが笑ったのが分かりました。カーレは、とっても嬉しくなりました。