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決別1

五章 決別



 クロフはディリーアの部屋へたどり着くなり、寝台に駆け寄った。

 肩で息をしながら、寝台の支柱に寄りかかる。

「どうしたんだ?」

 ディリーアの青い瞳と目があった。

 槍を手に飛び込んできたクロフを、不思議そうに眺めている。

「薬は飲んだ?」

「え?」

 訳がわからないとばかりに、ディリーアは眉をひそめる。

「今日の薬は飲んだか?」

 クロフは早い息を繰り返しながら、ディリーアに詰め寄った。

「あ、ああ。今日の朝老婆に出された薬は、もう飲んだが」

 クロフの顔色が今にも倒れそうに蒼白になったのを見て、ディリーアは聞き返す。

「どうした? その薬に何か入っていたのか?」

「何って」

 クロフは一呼吸置いて、ディリーアに耳打ちする。

 クロフの取り乱した態度とは対照的に、ディリーアはひどく落ち着いていた。

「そうか、毒か」

 ディリーアは寝間着のまま寝台から降りると、身の回りの荷物をまとめ始めた。

「ここも潮時だな。暇つぶしに荷物をまとめておいて正解だった。一刻も早く、逃げ出した方がいい」

 クロフはディリーアの腕をつかみ、強引に振り向かせた。

「毒はいいのか? そちらの治療の方が先だろ!」

 ディリーアは顔色一つ変えず、答える。

「しかし解毒薬が無いのだろう? ならば、どう治療しろと言うのだ。老婆に剣を向け、命乞いをさせるか。そんなことは出来ないだろう? それにわたしなら、大丈夫だ」

「どうして」

 クロフが理由を尋ねる前に、ディリーアのため息がそれを遮る。

「森にいる間、わたしも無為に時間を過ごしていた訳ではない。人間があらゆる手を使ってわたしを殺そうとしたように、わたしもあらゆる手を使って生き残ろうとしてきたのだ。毒草についてもその一つだ。わたしは森にあるあらゆる毒草を一通り自分の体で試し、耐性をつけたのだ」

 クロフは釈然としないながらも、ディリーアに促されるままに荷物を背負う。

 槍を持ち直し、部屋を出て行こうとしたところで、ディリーアに後ろから呼び止められた。

「待て」

 クロフが振り返る間もなく、廊下に足音が響く。

「王妃様の命を奪おうとした奴等はどこだ!」

 兵士達が数人、部屋になだれ込んでくる。

 クロフはディリーアを背中にかばい、槍を構える。

「気をつけろ。奴等は火の術を使うという話だ。うかつに近づくな!」

 兵士の隊長らしい人物が叫ぶ。

 兵士達は槍を構え、遠巻きに二人を取り囲み出口をふさぐ。

 クロフとディリーアはじりじりと壁際に追いつめられ、ついには壁に背を付けた。

「こっちだ」

 ディリーアはクロフの服を引っ張り、あごで窓を示す。

 クロフはちらと窓を振り返り、一瞬のためらいの後、ディリーアを抱え窓から飛び降りた。

「奴等が窓から逃げたぞ!」

 兵士達の叫びを聞きながら、クロフは迫ってくる地上を見下ろす。

「水よ、吹き上がれ」

 ディリーアが一声叫ぶと、石畳が裂け、水柱が立ち上った。

 クロフは水しぶきに飲み込まれ、視界が白一色に染まる。

 一瞬だけ体が浮くような感覚に襲われ、固い地面の上に足が着いた。

 クロフの足元からは、こんこんと清水が湧き出している。

「大丈夫か?」

 ディリーアに手を差し出され、クロフは水で濡れた手を握りしめる。

 クロフは立ち上がり中庭を見回す。

 兵士達の姿が無いのを見て取ると、ディリーアの手を引いて走り出した。

 中庭の石畳に広がった水が、日の光を受けて白く輝いていた。



 馬小屋にたどり着いたクロフは、薄暗い小屋の中をのぞき込んだ。

 暗い馬小屋の中からは、飼料と獣の匂いが混じり合って漂ってくる。

 小屋の中には馬以外に動くものはなく、クロフは警戒しながら小屋の中に足を踏み入れた。

「誰かいるぞ?」

 ディリーアが暗がりを指さす。

 暗がりに動く人影に、クロフは手に持っていた槍を構える。

「誰だ!」

 クロフは槍の先を人影に向け、鋭い声を上げる。

「待ってくれ。おれはあんたの味方だ」

 人影が両手を挙げて、クロフのいる入り口の方へ歩いてくる。

 クロフは油断無く人影に槍を向けていたが、顔が見える位置まで来ると、あっと声を上げた。

 その人影は、昨夜宴で会ったコナルだった。

「どうして、ここに?」

 クロフが驚いているのを見て、ディリーアは怪訝な顔をする。

 しかしコナルの雰囲気が、南の国で出会った老人と似ているのを見て、納得したらしい。

「つまり、あの男は老人の親族というわけだな?」

 ディリーアはクロフの後ろから、コナルを訝しげに見つめている。

 コナルは両手を挙げたまま、クロフのそばまで歩いてくる。

「どうして、あなたがこんなところに? それに味方って」

 コナルは屈託のない笑顔を浮かべる。

「それは、あんた達があの王妃の鼻を開かしてくれたからさ。普段お高くとまったあの王妃が、あんなに怒り狂っているなんて、滅多に見られないことだよな。なあ、トゥラヌ」

 コナルは背後の暗闇に声をかける。

 暗闇からはクロフの栗毛の馬を連れた中年の男が歩いてくる。

「まあ、そうですね。わたしも、王妃があんなに怒り狂った姿など、今までに一度見たことがあるかどうかです」

 コナルは心底おかしそうに笑う。

 クロフはそんなコナルを呆然と見つめている。

「ああ、すまない。つまり、おれ達は普段から王妃のことを快く思っていなかった。元々は南から来た女奴隷のくせに、王に可愛がられていると言うだけで、好き放題やっているんだからさ。おれ達も、ちょうど腹に据えかねていたとこだ」

 クロフはようやく構えていた槍を下ろし、警戒を解いた。

「つまり、あなたはぼく達が王妃から逃げるのを手助けしてくれると?」

 コナルは大きくうなずく。

「おれ達だけじゃない。族長達も、王の家臣達も、あんた達がこの城から逃げるのに協力すると言っている」

 クロフは王妃があそこまで王の家臣や族長達を嫌っていた理由が、何となくわかったような気がした。

 そして王妃が彼らをそう思っているのと同じように、彼らも王妃を毛嫌いしていたのだった。

「しかし」

 そこでコナルの顔に影が差す。

「厄介なことに、王妃は王に泣きついて、城中の兵士を味方に付けたんだ。城中の兵士全員があんた達を捕まえようと躍起になっている。城門は閉じられ、城からは蟻一匹這い出る隙間が無いほどなんだ」

 クロフは自分の乗ってきた馬の手綱を中年の男から受け取る。

 今まで黙り込んでいたディリーアが口を開く。

「それで、本当にこの城から脱出する方法が無いわけではあるまい。地下通路とか、古井戸とか、他に脱出出来そうな場所は無いのか?」

 コナルは考え素振りをして、渋々ながらつぶやく

「あるには、あるんだが。みんなその場所を恐れて、近づこうとはしないんだ」

「それは好都合だな」

 ディリーアは意地の悪い笑みを浮かべる。

「それならかえって逃げるのには都合がいい。さっさとその場所を教えてくれないか?」

 ディリーアはコナルに詰め寄った。

「しかし、やめた方がいいと思うぞ」

 コナルが話すのを渋っていると、背後から中年の男が歩み出る。

「お二人とも、どうぞこちらへ。若の代わりに、わたしが案内しましょう」

 中年の男が先頭に立って、クロフとディリーアと栗毛の馬がその後ろに続く。

 コナルだけが最後まで渋っていたが、のろのろと三人と一頭の後ろに続いた。


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