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(3)

 その後、雄一の母親は救急車で運ばれたが、結局一度も目を覚ますことのないまま、その日のうちに亡くなった。

 母親の魂はメイが回収した。魂を回収するのが死神の本分であり、もっとも喜ばしい瞬間──そう聞かされていたのだが、メイは特に喜ぶわけでもなく、淡々と業務をこなしていた。

「うれしくないのか?俺と組んでから最初の魂回収だろ」

「あ、そういえばそうですねー。えへへ、やりましたねー、ぱちぱち」

 俺の言葉にメイはそう答えたが、字面ほどうれしそうな声には聞こえなかった。むしろ少し無理をしているようだ。

「なにか問題があるのか?」

「この魂にはなんの問題もないですけどー……」

 メイは下を向いてすこし言いにくそうにしている。

「なんだよ」

「雄一君がかわいそうだなーって……」

 うながすと、独り言のようにそうぽつりと言った。

「まあ、たしかにな」

 俺たちと夢の中で会話をして、育ててくれた母のために強く生きる、と決心した、その矢先の母親の死だ。タイミングとしては最悪だろう。

「だから、あのとき教えてやったらよかったじゃねぇか」

 雄一の母親の死因は、いわゆる過労死だ。五年前に夫を亡くして以来、一人息子に不自由な思いはさせたくない一心で昼も夜も問わず働き、家事もこなしてきた。その結果、身体はもはや限界を迎えていたのだ。

 遅かれ早かれこうなることは、俺たちにはすでにわかっていたことなのだった。

 だが、あのときメイは雄一にその事実を伝えなかった。

「あそこで母親がもう死ぬってことを伝えてやれば、あの場でさっさとスイッチを押していたかもしれないんじゃないか?」

「だってー、かわいそうじゃないですかー……」

 メイの返事は歯切れが悪い。

「ただでさえいいことなかったのに、大好きなお母さんまでもうすぐ死んじゃう、なんて知ったら、自分を悲観しすぎて悪霊になっちゃうかもしれなかったですし」

「言い方次第だと思うけどな」

「とにかく、あのときは言いたくなかったんですよぅー」

 メイはわざとらしくすねてみせると、そっぽを向いた。これ以上、この件について追求されたくはないようだ。

 俺がメイについて知っていることはまだそう多くはない。バカだっていうのはまあ間違いないが、バカなりに考えていることはあるんだろう。

 ひょっとしたら、母親っていうのは彼女にとって大きな意味を持つキーワードなのかもしれない。

 それがどういう意味なのかは今はわからない。とにかく、今わかるのはこいつがまだ成長しきっていないターゲットに母親の死を伝えたくなかったのだということだけだ。

「もう少しもつかな、と思ったんですけどねー」

「母親か?」

「はいー。あと一、二回は説得できると思ってたんですよぅー。でもお母さんが予想以上にひどくて、私の力じゃどうにもなりませんでした」

 メイが使うことのできる力は、あのパソコンのソフトを操作して対象やその周囲の運命を少しだけ操作できるというものだが、説明を聞いても俺には良くわからない。たとえば今日起きるかもしれないことを明日起こすようにしたり、今日は出会わないはずの人に出会ったり──そういうことができるらしい。だが、運命の流れは複雑に入り組んでいるので、百発百中というわけでもないらしい。

 要は、できることは限られているということだ。雄一の母親の病気を治してやったり、雄一の運勢を良くしてやったりなんてことはできない。

 できることとできないことを理解し、正しく使わなければ役に立たない、そんな力なのだ。

 今回、メイは雄一の母親の寿命を、彼女の力を使ってできるだけ長引くように調整しようとしていた。

 だが、結果的にその試みは失敗してしまったのだった。

「まあ、こうなっちまったもんは仕方ないよな」

 俺は翼を広げ、その先でメイの頭を軽く撫でるようにたたいた。

「あと俺たちにできることは、あの坊主にもういちど会って、今度こそ安らかに死ねるようにしてやるだけだ、そうだろ?」

「そうですねー、お母さんが死んじゃった以上、この世に未練もないでしょうからー」

 メイはこっちを向くと、笑顔になった。いつもの脳天気な笑顔からするとまだすこし元気がないようだったが、仕事が終わればすぐもとに戻るだろう。


 最愛の母を亡くし、消沈していた雄一の様子から、俺はこの仕事はもうじき終わるだろうと高を括っていたのだが、その見通しは少々甘すぎたようだった。

 葬儀に関することは病院の連絡で駆けつけた親族たちがほとんどを片づけた。雄一は周りに気遣われながらも、どことなくのけ者にされているような風にも見えた。

 無理もない。雄一のいないところでは、いったい誰がこの先あの子供の面倒を見なければならないのか、親族の間で責任のなすりつけあいが繰り広げられていたのだから。

 その様子をメイのパソコン越しに見て、あいつの対人運の悪さは本物だと実感した。あいつのことを理解してやれる人間は、きっともう現れないのだろう。

 だからこそ、俺もメイももう一度あいつに会って、あのスイッチを押すように言ってやりたいのだが──。

 困ったことに、雄一はあれから一睡もしないのである。

 ときおりまどろむようにしていることはあるが、時間は短く、はっきりと夢を見るところまでいかない。

 俺たちが直接ターゲットと会話ができるのは、夢の中だけなのだ。

 雄一の母親が亡くなってから三日。雄一は自宅に戻ってきていたが、食事もろくにとらず、夜は母親の部屋で、父と母の遺影を眺めながら過ごしていた。

「あうー、まずいですよぅー」

 パソコンを操作しながら、メイがあわてている。

「雄一君の運命が、どんどんまずい方向に流れていっちゃいますー。このままだと、ちょっといろいろよくない方向に進むおそれがー」

「よくない方向って、どうなるんだ?」

「えっとですね、最悪のパターンですと、路上で刃物を抜いて無差別殺人事件とかです」

「ほんとに最悪じゃねーか……」

「はいー。このままだととらちゃん消滅の危機ですよぅー」

「あ、なんだと?」

 突然自分の名前を出されて驚く。「なんで俺が──消滅?」

「予定にない死者をあんまり大量に出しちゃうと、偉い人に怒られちゃうんですよぅー。げんぽうとかー、こうかくとかー」

「それがなんで、俺の消滅なんて話になるんだ」

「わたしのばあい、この間やっと使い魔をつけてもらえるようになったところなので……こうかくになれば、使い魔はなしに」

「つまり、そうなると俺は?」「消滅です」

「なんだそりゃ!」俺は叫んだ。「そんな話、聞いてねーぞ!」

「だって、いきなりこんな事態になるなんて思いませんでしたしー」

「死神の力でどうにかならないのか?」

 とにかく雄一をなんとかすれば、俺の消滅もなしになるはずなのだが。

「やってますけどー、こっちの介入が焼け石に水ってくらいにすごい勢いで悪いほうに流れていってるんですよぅー」

 メイは眉間にしわを寄せ、いつも半開きの眼を気持ち大きく開きながらでキーボードをぱちぱちたたいている。

 画面をのぞいてみる。グラフや数字がひっきりなしに変化しているものの、やはり意味は分からない。

 仕方ないので、画面のすみに表示されている、雄一の様子をモニターしているパネルに目を移した。

 雄一は制服に着替え、台所に立っていた。どうやら学校に行く準備をしているようだ。

 炊飯器で炊いたご飯を弁当箱に盛り、自分でウインナーと卵を焼いている。しっかりと弁当の用意をしているあたり、メイが焦っているほど追いつめられた様子には見えない。

「落ち着いているように見えるけどな」

「でもでも、こっちのデータはちっともよくならないんですよぅー」

 黙々と弁当作りを続ける雄一。手の込んだものはないが、とにかくご飯とおかずで隙間のなくなった弁当箱にふたをする。

「あーあ、粗熱をとってからにしないとベチャベチャになっちゃうぞ」

「とらちゃん、意外と家庭的ですね……」

 当然、俺の助言など聞こえない雄一は自分の学生カバンを持ってくると、台所の上にあるものを詰め始めた。

 弁当箱に箸箱。それから鞘付きの果物ナイフ。

「っておい!」

「うわっ、なんですかとらちゃん、びっくりしますよぅ」

「刃物入れたぞ、刃物!」

 どう考えても弁当を食べるのに果物ナイフは必要ない。

「このままじゃ、本当に無差別殺人が起こっちまうんじゃねーのか?」

「あうー、まずいですよぅー。そしたらせっかく増えたお給料が減っちゃいますー。ケータイも新しくしたいし、靴とかアクセとか欲しいのがいっぱいあるのにー」

「俺の心配をしろよ!」

 そんなやりとりをしている間に、準備を終えた雄一は果物ナイフ入りの学生カバンをひっさげて出ていってしまった。

「おい、なんとかならねーのかよ」

「ううー、はっきり言ってわたしの力じゃこの流れはいかんともしがたいというかー……せめて夢を見てくれれば直接説得できるんですけどー」

「眠らせることはできないのか?」

「うーん、雄一君通学は徒歩ですし──授業のお話をつまらなくして、眠くなるようにするとかしか」

「やらないよりましだろ、とにかくやれ」

「はいー」

 メイがキーボードをぱちぱちたたく。手さばきもどことなくのんびりしているので、端で見ているほかない俺はいらいらするばかりだ。

「やりましたー」

「よし、後はあいつがちょっとでも眠ったらすぐ夢の世界に入れるように、入り口で待機だ」

「でも、通学中にナイフを抜いちゃう可能性もありますけどねー」

「……」

 俺はメイを突っついた。

「いたい!なんでつつくんですかー?」

「さらりと気をそぐ発言をするな!」

「だって、ほんとのことですよぅー」

「うるさい、そうなったらそうなっただ。いいから、行くぞ!」




お読みいただきありがとうございます。


当初の予定では1回5000字ほどの更新で全4回くらいのつもりだったのですが、お話をまとめるのに予想以上に文字数を使っており、どうも全5回……ひょっとすると全6回くらいになるかもしれないです。


最近、なかなか思った通りの文字数に収まらず四苦八苦しております。

表現力が増したおかげで文字数が増えてるのだったらまだいいのですが。


お読みいただいているみなさまは、もうしばらくお付き合いくださいませ。


よろしければ、ぜひご感想などお聞かせください。

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