プロローグ
プロローグの登場人物
・ファルシオ
オーヴェン村に住む少年。小柄だが、見た目に反してすごい剣技を操る。
・錬金術師アルディオ
オーヴェンの村に居を構える錬金術師。村では錬金術師より、薬師として有名。
・ルディナ
オーヴェンの村に住む少女。最近薬学に興味がある。
・シグマリウス
ファルシオの父。ファルシオの剣の師匠でもある。
・村長
白髪白髭の老人。オーヴェン村の村長をしている。
・アレスティア
黒いロープを纏った謎の女性。
プロローグ
「うわっ、すごいよ。大きな城壁。それにすごい人。建物が高いな~。村とは全然違うよ」
初めて訪れた都市のすごさに、少年はただただ大きな歓声を上げていた。
歳は14歳。くすんだ色の金髪に青い瞳をした小柄な少年は、まだ大人には遠く、あどけなさが目立つ。それでも目鼻立ちは整っていて、愛らしい顔立ちをしている。もう少し、大人びてくれば彼の生来の容姿は、さぞや世の女性にとって無視できない姿となることだろう。
「ファルシオ、あんまり騒ぐな。田舎丸出しで傍にいるこっちが恥ずかしい」
そう少年に注意したのは、青髪、碧眼をした20過ぎの青年。やや青白い肌をしていて、太陽を見る目つきはどことなく陰険で険しい。いでたちは錬金術師のロープをまとっていて、大きな本を懐に抱える。
何となく、学者風の風貌をしているものの、どうにも不健康さが全身からにじみ出ている。
「ああ、太陽の光がまぶしすぎる」
「ええっ!気持ちいいじゃないですか、アルディオさん」
「ダメだ。私は太陽の下で活動するようにはできていないのだ」
太陽の輝きを喜ぶファルシオと呼ばれた少年に対して、アルディオと呼ばれた青年は今にも太陽の光で萎れてしまいそうな情けなさだ。
「それより、薬草の店に用があるんですよね。僕は街には初めて来たから、アルディアさんちゃんと道はわかってますか?迷子なんて、嫌ですよ」
「安心しろ、道ぐらいわかる」
そう言って、アルディアは腰を曲げた姿勢で、歩き始めた。
「ああ嫌だ、太陽がなんで明るいんだ」
そんなことをブチブチと呟きながら歩くのだから、まるで世界を呪っているかのような陰気さだ。
「アルディオさん、暗過ぎ」
「俺には、世界も、お前も、まぶしすぎる」
そんなことを言いながら、アルディオとファルシオの2人は一軒の薬草点の前へとたどり着いた。
「ここだ」
「うわー、大きいですね。アルディオさんの家とは比べ物にならないですよ」
「俺の家と比較してどうする」
ファルシオがなぜ、目の前の薬草点と俺の家を比較するので不機嫌になるアルディオ。
「だって、僕たちの住んでるオーヴェンの町の薬草の店って言えば、アルディオさんのやっている薬草屋しかないじゃないですか」
「おま・・・いいか、俺は錬金術師で薬草売りじゃないぞ」
「でも、村長が言ってましたよ。『アルディオの奴は、なりはあんなだが、薬師としては一流だな。あれで根暗くなければ病人も安心して薬を買いに来るのにて』って」
彼らの住むオーヴェンの村の村長の口調を真似てみせるファルシオ。
「・・・だから、俺は錬金術師たってんだ」
薬草売り扱いされて不機嫌にブツブツと文句を言うアルディオ。
「それよりも、早く薬草を買いましょうよ。それに今日は町で体育競技もあるそうですよ。薬草を買ったら、見に行きましょうね」
「体育競技。スポーツなんか見て何が楽しいんだ」
「面白いじゃないですか。どっちが勝つかわからないのを応援してるだけで、熱くなってきますよ」
「嫌だ嫌だ、男どもが体を動かすさまを見て熱くなるなんてごめんだ。第一、俺は体を動かすのも嫌なんだ」
根暗なことをブツブツ言いながらも、アルディオは薬草店へと入った。
薬草店に入ると、始めて訪れた店に並ぶ薬草の種類にフォルシオが驚きながら、キョロキョロと周囲を見回す。
「頼むから、バカみたいに声を出すなよ」
「わ、わかってますよ」
危うくすごいなとはしゃぎ声をあげかけたファルシオは、ドキリとしながら喉から出かかった声を抑えた。
そして、そんなファルシオをその場に残して、アルディオは薬草店の店主がいるカウンターへ行く。
「これはこれは、アルディオ様ではありませんか」
アルディオはこの店の常連らしい。店主は顔見知りの客に対する様子で、アルディオに対した。
「頼んでいた物を頼む」
「はい、わかりました。・・・ですが、今回は危険な薬草も多いですよ。いったい何に使われるのです?」
「安心しろ、毒草とて処方次第で病を治す薬になる。それに、私を信用しないのか?」
「滅相もありません、アルディオ様の錬金術師としての御高名はかねがね伺っております。危険なことに用いられるはずもありません」
「ならば、いいだろう」
アルディオは根暗な男だが、どうも錬金術師としては有名らしい。店主がペコペコとしながら対応するのだ。
ただし、ペコペコと対応する店主に対して、アルディオはこうも言う。
「ところで、値段なんだが」
「はい、お値段ですが3600Gに・・・」
「それでは高すぎる。2000Gにしろ」
「ちょ、それではいくらなんでも無茶苦茶です」
「何を言う、この薬草ルイなら、原価を少し割ったぐらいの額だろう」
「ですから、原価以下の値段で売るなどと私を破産させるつもりですか」
「おい、俺の名が有名なのは知っているだろう。俺に安く売れば、知り合いの錬金術師どもに、この店のことを紹介してやるぞ」
「何度もそう言われますが、アルディオ様の紹介でこの店に気た方は今までにただの一度もありませんぞ」
「なんだと、では負ける気はないのか?」
「そもそも、原価割れなんてありえません」
値段のことで、店主とアルディオの2人が口角を飛ばしあいながら、激しく争う。
「これは、長引きそうだな」
そんな2人の争いの様を見ているファルシオ。初めこそ、店におかれた豊富な薬草類に感心していたが、すぐに見飽きてしまっていた。
「アルディオさん、長くなりそうだから、僕外で待ってますね」
口角を飛ばしているアルディオにそう告げるファルシオ。もっとも、アルディオは店主との値切りに忙しいらしく、そんなファルシオの声など全く聞いている風もない。
「アルディオさんって根暗なだけじゃなく、ドケチなんだ」
そんなことを言い残して、ファルシオは店の外へと出た。
「おい、急がないと剣術試合がはじまっちまうぞ!」
「まってよ、兄ちゃん」
ファルシオが薬草店の人に出ると、通りを急いでかけていく兄弟の姿が目に入った。
「剣術試合」と聞いて、ファルシオはすぐに反応した。
「そうか、剣術試合があるのか。せっかくだから、見にいこう」
アルディオを待つことをさっそく放棄して、ファルシオは剣術試合の会場へと急ぐ兄弟たちの後を追っていった。
そしてたどり着いた先には、巨大な競技場があった。
「うわっ、すごくでかい。村で広場なんかよりもすごくでっかいよ」
たどり着いた競技場の大きさに驚くファルシオ。さらに、観客席にはすでに大勢の人々が詰めかけていて、ワーワーと歓声を上げて応援をしている。小柄なアルディオでは、その人々の後ろ姿しか見えなくて、とてもではないがその向こうで展開している試合の様子など見ることができない。
「よし、あそこがいいな」
少し周囲を見回してみると、観客席から離れた場所に、高くなった場所があった。そこにはすでに何人かの観客が陣取って、熱狂的な完成を上げている。ファルシオは身軽に、その場所にまで飛ぶように移動した。そして、そこからは競技場の試合の様子を眼下に望むことができた。
「すごい」
まずはじめに飛び込んできたのは、万を数える人々が歓声を上げながら応援している競技場の姿。アルディオの住むオーヴェルの村でも体育競技が開催されていて、その種目の一つに剣術試合が催されている。だが、人口が千人にも満たない小さな村とは違って、この街で開かれている剣術大会は何もかもが違った。
応援する観客の数も熱狂の仕方も全然違う。そして、競技場の中心で戦う戦士たちは、鉄製の兜鎧を身にまとい、件を交えて激しく対決をしていた。
太陽の光が鈍い鉄に反射して光輝く。振われる剣の一振り一振り。そしてそれを受け止める盾。
激しく戦いあう戦士たちの姿に、観客は大歓声を上げる。
「いけっ!
そこだ!
もっと踏み込め!
押さえが甘い!」
いつの間にか興奮して、応援するファルシオも夢中になって戦士たちの戦いに魅了されていた。
ファルシオが剣術試合に魅了されている頃、薬草店で店主との値切りに成功したアルディオは満足していた。満足した後、すぐにファルシオが迷子になっていることに気付いた。
「あのバカ、どこに行ったんだ?」
そう口にする。
そして、次に考えたのがファルシオの田舎者丸出しの様子だった。
ファルシオは、田舎育いの少年で、この街にやったきたのは初めてのことだ。当然、地理感覚なんてものは、まったくないに等しい。故郷のオーヴェンの村は、人口が千人にも満たない小さな村落だから、迷子になっても誰か顔見知りがすぐに助けてくれる。だが、この大都市では一度迷子になれば再開するのは容易ではない。
何十万という人々がひとつの都市で暮らしているのだから。
そのことを考えて、アルディオは頭痛がした。
「この街から迷子1人を見つけられるのか」
そうつぶやいて、アルディオは薬草店を後にした。
薬草店を出た後、アルディオはこの街へ一緒にやってきたオーヴェンの村の村長の元へと向かった。オーヴェンの村の村長は、すでに六十を過ぎた老人だ。白い髪に白い髭を蓄えている。荷車に乗って、たまにオーヴェン村でできた物産を街へと売りに行き、街からは品物を仕入れて村へと運んでいる。行商のようなことを、もう何十年と続けてきた人だった。
この村長と共に、アルディオたちも一緒に街にきていたのだ。だが、その村長もアルディオから、ファルシオが迷子になったという話を聞いて途方に暮れた。
「それは困ったのう。この街で迷子とは・・・」
そう言って、考えるように顎の髭に手を当てる。
「ええっ、ファル兄が迷子になったの!」
そう叫んだのは、村長の横にいた、栗色の髪の毛をした女の子。歳はまだ13歳の女の子だ。名前をルディナという。
「私よりも1歳年上なのに、迷子になるなんてファル兄って間抜けだね」
あっけらかんとした態度でルディナは言った。
「全くだな、ルディナは迷子になってないのにな」
と、アルディオも言う。
「とはいえ、この街で迷子とは大変じゃ。とりあえず一緒に来ている村の衆にファルシオを探させるとしよう。アルディオはファルシオがいなくなった辺りを探してくれ」
「ああ、わかった」
村長の言葉にうなづくアルディオ。
「ねえ、村長。私もファル兄を探したい」
と、言ったのはルディナ。
「ルディナ、お前さんは宿屋で待っていなさい。この街にお前は来たことがないんだから、お前まで迷子になってしまっては大変だ」
「ええっ、それじゃあ、つまんない」
「つまんないじゃなくて、大人しくしていろ」
膨れる様子のルディナに、アルディオが言う。
「でも・・・」
「いいからお前は宿屋で待機だ」
「私だってファル兄が心配なのよ」
「いいからガキは黙って待ってろ」
アルディオにそう言われて、ルディナはしぶしぶそれに従った。
その後、村長と共に来ていたオーヴェン村の人々とともに、彼らはファルシオを探して街中を探すことになった。とはいえ、小さなオーヴェン村と違って、この街はあまりにも巨大すぎた。
わずかな人数で1人の少年を探し出せる可能性はほとんどないといってよかった。
源に、夕暮れ時を過ぎてもファルシオを見つけることができなかった。街には暗闇の帳が下り、家々は灯りを焚き始めた。暗い街路に家々から漏れだす明かりが照らし出すが、それはあまりにもわずかな光でしかない。
そんな雰囲気が、ファルシオを探す人々の心を不安にさせる。
このままファルシオが見つからなかったらどうしよう、と。
夜の到来とともに、一行は一度宿へと戻った。
「お前もダメだったか」
「そっちもか」
宿ではオーヴェン村から来た人々がすでに帰っていたが、その誰一人としてファルシオを見つけたという話はなかった。
「私がもっと注意しておくべきだった」
根暗な男ではあるが、それでも責任感はある。アルディオはそう言って悔やんだ。
「仕方があるまいていまさら悔やんでも。しかし、どうしたものか」
見つからない少年のことを、村長が気に病む。
「とはいえ、今日は暗い。街の中とはいえ、夜は物騒じゃし、これ以上の捜索もできまいて。皆一度休んで、捜索は明日になってからじゃ」
考えた末に村長はそう言って人々に休むように言った。
「ファル兄大丈夫かな」
そんな村長の傍で、ルディナはぽつりと不安を口にした。ファルシオが迷子になったと聞いたときはあっけらかんとしていたが、さすがに夜になっても帰ってこないことに、胸の中の不安が大きくなってきたのだ。
ルディナもだが、村人の多くが心配に思いながらも、その日の捜索は打ち切られた。
だが、深夜になって一行が宿泊している宿のドアを叩く音がした。
「こんな真夜中に一体だれかのう」
眠りから起こされた村長がドアを開ける。
「村長!」
するとそこには、くすんだ金色の髪に青い瞳をした小柄な少年の姿があった。
「ファルシオじゃないかね。無事だったのかい」
「無事って、当たり前じゃん」
そこには元気な姿のファルシオがいた。
「やれやれ、お前さんは皆を心配させて、あとでお仕置きじゃ」
「えっ、それは嫌だな」
「文句は聞かんぞい。迷子になったお前が悪いんじゃからな」
血はつながっていないが、まるで孫の悪戯に対して叱るような村長。
「とはいえ、お前さんよくこの宿がわかったのう」
「実は、アレスティアさんに助けてもらったんだ」
ファルシオがそう言うと、村長は今までファルシオの隣にもう一人の人物がいることに初めて気づいた。
村長がファルシオから、その人物の方へと視線を向ける。
そこには、顔のほとんどを黒いロープで覆い隠した人物が立っていた。黒一色のロープを身にまとい、顔のほとんどを覆い隠しているために表情をうかがい知ることができない。胡散くささと、そしてそれ以上に薄気味悪い雰囲気が漂う人物だ。
「アレスティア。あんたがが、ファルシオをここに連れてきてくれたのかぃ」
「はい」
黒衣のロープを纏った人物は見た目の薄気味悪い姿に反して、透き通るように綺麗な女性の声で返事をした。
「見知った顔を見つけたのですが、迷子になっていたようなので、ここまで連れてきました」
「そうか、それはありがたい」
ローブの人物アレスティアに、村長は感謝の言葉を口にする。とはいえ、黒いロープで表情を隠しているために、その声には若干の疑いも混じっていた。
このアレスティアという人物は、村長の住んでいるオーヴェンの村の奥にある山に住んでいるらしい。らしいというのは、村長もアレスティアが住んでいる家を実際に見たことがないからだ。
ただし、山に住んでいるアレスティアも、生活に必要な物が必要で、たまに山を下りてきて、村で生活品の買い出しにやってくる。だが、その格好は今目の前にあるように、常に黒いロープ姿で素性を隠しているのだ。その下にどんな姿が隠されているのかを村長は一度も見たことがないが、おそらくオーヴェン村の中で、この人物の素顔を知っている者は誰もいないだろう。
・・・いや、ただ1人錬金術師のアルディオは、このアレスティアという人物が錬金術の師匠であると言っていた。現に、アレスティアが村にやってくるたびにアルディオの家にアレスティアがやってくるのだ。
そのアルディオであれば、アレスティアの素顔を見たことがあっても不思議でない。
とはいえ、それでも村長にとっては、やはり正体の知れない相手であることに変わりはなかった。
「ファルシオのことは感謝するよ。あんたのおかげで助かった。ほれ、お前も恩人には礼をせんと行かんぞ」
「はーい、アレスティアさん。ありがとう」
「いいえ、いいのですよ。私は、ただ偶然居合わせただけですから」
黒衣の姿であるのに、その声はまるで玉をはじくように綺麗な音色をアレスティアは出す。それでも、村長にとってアレスティアが心許せる相手ではなかった。危険という意味ではなく、正体が入れない薄気味悪さゆえに心を許しきれないのだ。
「とはいえ、お前さんが街にでてくるとは思わんかったわい」
「私もこの街には用があって来たのです。いつも山にいるわけではないのですよ」
「そうない」
やはり胡散臭い人物だと思う村長。相手に探りを入れるような村長の視線だが、アレスティアの纏う黒いロープでその顔はうかがうこともできなかった。
「ねぇ、僕もう眠い」
そんなことをいているうちに、ファルシオが目をこすりがらそう言った。欠伸をしていて、少年が起きているにはたしかに不似合いな時間だった。
「これはいかんのう。お仕置きを明日にしてやるから、今日は寝なさい」
「せっかくだから、明日になったらお仕置きのことも忘れておいてよ」
「ほれ、無駄口をたたかんとさっさとお前は眠りなさい」
ファルシオが眠い目をしながら、宿の奥へと入っていく。
「やれやれ、まったく困った子供じゃ」
と、頭を振る村長。
「まあ、なにはともあれお前さんがあの子を助けてくれたことにかわりはいなのぅ」
アレスティアのことを信用できずとも、ファルシオをここに連れてきてくれたことに村長はそう言った。
「アレスティア?」
だが、村長がそう語りかけた相手は、すでにこの場からいなくなっていた。
「・・・なんじゃい、突然いなくなりおって。愛想のなさすぎる奴じゃのう・・・もっとも、黒いロープなんか纏っている時点で、愛想も何もないかのう」
消えるようにいなくなったアレスティアのことを頭から振り払い、村長ももう眠ることにした。
「なにはともあれ、ファルシオが無事で何よりじゃわい」
そう口にして、村長も再び眠りへと戻ることにした。
それから数日後、村長とその一行は、街から故郷であるオーヴェン村へと帰っていた。
「剣術試合に夢中になって迷子になるとは、困った奴だな」
オーヴェンの村にあるファルシオの家。その家ではファルシオの父であるシグマリウスが苦笑を浮かべていた。
シグマリウスは、ファルシオの小柄な体つきとは打って変わって、体つきのがっちりとした大男だ。歳の為に、頭髪にはいく方か白いものが混じっているが、強面の顔をしていて、その場にいるだけでも自然と威圧感が漂う。息子とは、あまりにも違うが、これでも本当に血のつながった親子だ。
「全く、お前は見た目だけでなく中身も、俺でなく、死んだ母さんに似たな」と、シグマリウスは言う。
「母さんに似ている?」
「ああ、母さんは剣術試合には興味がなかったが、好奇心かありすぎて、あちこち行っては、道に迷っていたからな」
「うわっ、母さんってダサい」
「お前も人のことは言えないだろう」
シグマリウスはそう言って、ファルシオの額を小突いた。小突かれた息子の方は、舌を出して笑った。
「ところで、剣術の試合に興味があるのか?」
と、シグマリウスは息子に尋ねる。
「うん、いつか僕も大会に出てみたいな」
「そうか・・・」
そこで少しだけ押し黙るシグマリウス。だが、すぐに彼は言葉を続けた。
「では、今日も剣術の訓練をつけてやろう」
「うん、父さん」
そう言うと、2人は木でできた双剣をそれぞれ手にした。双剣を構えて、互いに距離をとって相対する。さっきまでの和やかだった空気が一転して、辺りを静寂が包んだ。
まだ、14の息子と父が対するには、あまりにも張りつめた空気がその場を包む。村のなかで響く人々の声や、農作業などの音がまるで別の世界の音であるかのように姿を変えてしまう。
2人だけの空間は、奇妙なまでの静寂に包まれた。
空気が凍りつく。そう、形容してもいい瞬間、ファルシオがいきなりその場から飛ぶようにして消えた。
次の瞬間、シグマリウスの傍にファルシオの姿があった。消えたように動いたファルシオ。あまりにも瞬間の動きだ。そして、そのファルシオが握る双剣は、父シグマリウスの体をとらえんと、急速に迫っていた。
―――ガッ
だが、高速で飛来したファルシオの剣を、動じることなく冷静にシグマリウスは受け止めていた。
(以前より、さらに切れが良くなっているな)
息子の俊足の剣に、内心で感心するシグマリウス。だが、彼とて冷静に受け止めている時間はなかった。ファルシオの握る、もう片方の剣が続けざまにシグマリウスめがけて放たれている。それをシグマリウスも、もう片方の手に握る件で切り払う。
―――ガッ、ガガガガ
次の瞬間には、連続して2人の握る双剣がぶつかり合う。あまりにも高速で繰り出されるがゆえに、木の剣が衝突しあう音が立て続けに連続して起こる。
一合、二合。
そういう数え方ではない。
まるで、舞を舞うかのように次々に剣が動いているのだ。その剣速は尋常な早さではなく、まだ幼いファルシオが操るものとはとても思えない。また、繰り出される剣技の数々を動じることなく受け止めているシグマリウスも、その巨体に似合わぬ素早い剣の振りだった。
そうやって、高速の剣技が繰り出され続ける。
「2人共相変わらず、頑張ってるなー」
と、そんな戦いを演じる2人の傍に、いつの間にかそばかす顔のルディナがいた。
2人の戦い方は尋常でなく、繰り出される剣の動きは目にとどめられる速度でない。だが、そんな戦いの凄まじさ珍しがる風もなく、ルディナは2人の様子をぼんやりと眺めるのだ。
「全く、男の子ってどうしてこういうことができるのかしら?」
と、頭をひねりながらも2人の様子を眺める。
ファル兄と言って兄のように思っているファルシオと、その父であるシグマリウス。2人の家の隣にルディナは住んでいるから、2人の剣の訓練の様子はいつも見慣れた光景なのだ。どれだけすごいことでも、毎日見ていれば、そのすごさ自体がただの日常と化してしまう。
だから、目の前のすごい戦いぶりも、「また今日もやってる」。で片付けられるのだ。
その後、2人がどれだけ剣を交えていたのかわからないが、ルティナが欠伸をしながらウトウトしていると、剣の音がやんでいた。
「うん?もう終わったの?」
と、半分眠りかけていたルティナが目をこする。
その前で、ファルシオがシグマリウスに訪ねていた。
「ねぇ、とうさん。僕って前より強くなかったかな」
「ああ、確実に強くなってるぞ」
「そう。やったー!」
と、父に認められて喜ぶファルシオ。
「でも、気のせいかもしれないけど、父さんの腕が前より落ちてる気がするけど、気のせいかな?」
「俺の腕が落ちてるだって、お前は誰に向かってそんなことを言ってるんだ」
「ごめん。でも、父さんの動きが前よりも遅くなってるよ」
「・・・それは、俺が弱くなったんじゃなくて、お前が強くなったからだ」
「うん、そう。なんだよね」
父の言葉に、なぜか納得した様子ではないファルシオがそこにいる。
「ねぇ、2人共もう終わった?」
だが、そんな2人の会話の中に、それまでただぼんやりと様子を見ていたルティナが割って入ってきた。
「シグおじさん、アルディオさんが呼んでたよ」
「ん、そうか。ではあまり待たせては悪いな」
会話の途中で入ってきたルティナにそう答えるシグマリウス。
「じゃあ、今日の訓練はここまでだ」
「はい、父さん」
アルディオに呼ばれていると聞いて、今日の訓練を終わりにするシグマリウス。疑問が解けた様子ではなかったファルシオだが、それでも父の言葉にうなづいた。
シグマリウスの家と、アルディオの住む家もまた隣にあった。
ファルシオたち親子とルティナス、そしてアルディオは近所なのだ。
隣に住んでいるのだから、アルディオがシグマリウスを呼びに行くのならば、歩いてすぐにできることだ。ただ、アルディオは根暗な性格のうえに変わり者の錬金術師だ。おまけに、太陽が嫌いときている。
隣の家であろうと、太陽が照っっている時間から外に出るつもりがない。そしてここ最近ルティナは、アルディオの錬金術・・・というか彼の持っている錬金術の知識の一部である薬草学に興味があるようなのだ。変人扱いされているアルディオだが、それでも彼は村一番の薬師と評判だ。医者にでもなりたいのか、ルティナはアルディオの家に、ここ最近よく通うようになっていた。
そんなルティナに、アルディオは言付けを頼んだのだ。
ルティナからの言付けを受け取ったシグマリウスは、手にしていた木の双剣の片づけを息子に任せて、アルディオの家へと向かった。
アルディオの家のドアを開けると、そこには窓がなく、暗い室内を蝋燭の頼りない光が照らし出している。家の中には、想像もできない臭いが立ち込めている。薬師として有名なアルディオは、さまざまな薬草を調合しているので、その臭いが常に室内にこもっているのだ。
もっとも、アルディオは本当のところ薬師ではなく、錬金術師だ。薬草だけでなく、錬金術に使う様々な薬品類なども使用しているので、室内の空気にはそういうものまで含まれていた。
「ああ、まぶしい、光は嫌いだ。早くドアを閉めてほしい」
「相変わらずだな」
ドアから差し込んだ光に、家のあるじであるアルディオが忌々しそうに苦言を呈する。それはいつものことなのだが、アルディオの言われた通り、シグマリウスはさっさとドアを閉めた。
「ふうっ、太陽の光でとけるかと思った」
「・・・」
ドアが閉じられて室内の蝋燭の灯りだけの世界になると、安堵したようにアルディオが言う。
「アルディオ、あんたはいつも不健康だな。もっと太陽の光を浴びたらどうだ」
「いいや、俺には太陽は害毒だ」
シグマリウスの苦言に、アルディオは開き直りという次元を通り越して、当たり前のように言う。
光を嫌うアルディオの姿を見ていると、シグマリウスの脳内で、物語に登場する化け物のことが思い浮かんできた。その化け物は何千年の時も生きる怪物だが、太陽の光にだけは弱くて、光を浴びると煙を上げて体が蒸発してしまう。むろん、それは空想の化け物の話だったが、目の前にいるアルディオを見ていると、案外根拠のない物語でもないのだな、とシグマリウスは納得してしまう。
だが、そんなシグマリウスの思いを、アルディオは知るはずもなかった。代わりに、懐から小さな包みを一つ取りだす。
「いつもすまんな」
そう言って、シグマリウスはその包みを受け取る。
「別に構わん。珍しいとはいえこれぐらいの薬を作るぐらい、俺には簡単なことだからな」
「そうか」
受け取った包み―――薬の入った包みを―――懐にしまうシグマリウス。
「だが、言わせてほしいことならある」
「なんだ?」
「お前のその病気を治す方法はない。俺の腕でも無理だが、俺の師匠でも、その病を治すことは絶対に出来んぞ」
「・・・」
「もう、長くはない。それだけは分かっておけ」
「ああ、わかっているとも」
それだけを言って、シグマリウスはアルディオの家から出て行った。
「全く、不治の病にかかっているのに、その素振りすら見せないとはな」
シグマリウスが家を出て行ったあと、アルディオはそうつぶやいた。
シグマリウスの病気。それは人の神経を蝕んでいき、体中に痛みを与えていく病だ。病の進行とともに、神経の痛みは激痛にかわる。それは絶叫を上げるほどの痛みになっていく。そして、最後に血を吐きながら死にいたる。だが病にかかった病人は、病自体よりも痛みに耐えられなくなって死ぬことが多い難病だった。
アルディオが見る限り、シグマリウスはすでにその病気の末期になろうとしている。体中にすでに激痛が走っているだろうに、その変わらぬ姿を見せられて驚かされる。
とはいえ、病にかかっているのは間違いなく、やがて命を奪うことは確実だった。
それから数日後、シグマリウスの病の末期症状があらわになった。突如多量の血を吐いて倒れたのだ。
多量の血を吐いて倒れた父の姿に、息子のファルシオは何が起こったのか理解できなかった。
「父さん、父さん、父さん!」
叫ぶファルシオの傍に、近隣の家々の人々が一斉に集まってきた。特に太陽を嫌って昼間は外に出ることがないアルディオまでやってきて、すぐさま倒れたシグマリウスの体を見てとる。
「・・・」
「アルディオさん、父さんは、大丈夫ですよね」
「・・・」
「ねぇ?」
「少し静かにしろ。いま容体を確認している」
取り乱しているシグマリウスの傍に、アルディオは冷静にシグマリウスの体調を見てとっていく。村一番の薬師扱いされているアルディオは、そもそも薬師ではなく錬金術師だ。だが、彼は錬金術師としての様々な知識や技の中から、病に対する対処も様々に知り尽くしていた。本家の医者に比べれば、専門的な知識では劣ってしまう。だが、田舎のオーヴェン村では最も信頼できる医者となるみことも可能だった。
「すぐに湯を湧かせ。それからベットに運ぶから手を貸してくれ。ルティナは俺の家から薬草を取ってこい」
シグマリウスの容体を見て取ったアルディオは、矢継ぎ早に指示を出していく。
女は湯を沸かしい急いで走り、集まっていた男たちが、シグマリウスの体を持ち上げてペットへと運びこむ。もともとが大男であるために、男が何人もそろわないと持ちあがらないほどに、シグマリウスの体か重い。そして、ルティナは急いでアルディオの家へと薬を取りに走った。ここ最近アルディオの家に通っているので、薬草に対してのの知識が以前よりも増えているのだ。
そんな人々が大慌てで動きまわる中で、ファルシオは父の傍にいることしかできなかった。
やがて、ベットに運ばれたシグマリウスに次々にアルディオが処置を施していく。「まずい、体が冷え始めている。体をもんで、冷えないようにするんだ」
アルディオの指示に、人々が動く。
「ルティナ、体を温める保温薬の作り方は覚えてるな」
「はい」
「今すぐ作れ」
アルディオの指示にルティナが急いで薬の調合をする。
ファルシオも父の体をもみほぐすことで、体が冷えないようにすることに協力した。だが、それでもわかるのだ。乳の体が普通ではないことに。そして、その体から次第に熱が失われていること。血の気が失せていっていること。肌が固くなっていくこと。生命が急激に体から抜け出していっていること。
「まずいな」
その状態の中、アルディオが無意識に小さくつぶやいた言葉が、ファルシオの頭から離れなくなった。
「アルディオさん、まさか父さんは・・・」
「・・・できることをするしかない」
それだけを言うアルディオの口調は、ファルシオの不安をより強くするだけだった。
シグマリウスがベットに運ばれ、人々が慌ただしくしている頃、村に1人の人物がやってきた。
深々と黒いロープで顔を覆い隠し、その素顔をうかがい知ることのできない人物。アレスティアである。
彼女は村の人々が騒然としているなか、その騒動の方向へと向かって歩いていく。
目指す家の周囲には、大勢の人々が集まり騒いでいる。人が多すぎて、とても入れそうにない。
「薬を持ってきました。そこを通してください」
だが、アレスティアがそう言うと、黒いロープをまとう彼女の姿をいぶかしく思いながらも、人々はすぐに彼女を家の中へと通した。家に入り、シグマリウスが横たわる部屋にまで、彼女はたどり着いた。
そこでは必死の様子でシグマリウスに処置を施しているアルディオ。心配そうに見つめるルティナ。蒼白になっているファルシオ。それらの姿があった。
そして、その中心には、今にも生命を失おうとしているシグマリウスの姿。
「エンデバスが訪れている」
アレスティアはそう口にした。エンデバス、それはローカ・パドマ大陸の伝承で、死の精霊と呼ばれているもの。人の死とともに訪れて、その魂を死後の世界へといざなう精霊。それゆえに不吉の象徴であり、人々が恐れる精霊の名だった。
今この場で口にするには、あまりにも衝撃的な言葉である。そして、その言葉は父の姿に蒼白になっていたファルシオの耳には聞こえていた。
「エンデバス・・・死の精霊・・・じゃあ、父さんは死ぬの」
ファルシオがうつろな視線をアレスティアに向けてきた。それに合わせて、その場にいたアルディオたちの視線も全てアレスティアの方を向いてくる。
「そんなのウソだ。父さんが死ぬなんて!」
アレスティアが口にした言葉に、ファルシオが怒るようにして叫ぶ。怒りにまかせて、ファルシオが今にもアレスティアに向かって、飛びかかりそうになったが、その前に傍にいたアルディオが、ファルシオの肩を掴んでその動きを止めさせた。
「師匠、なぜここに?」
と、アルディオが口にする。彼が師匠と仰ぐ人物。それが、この場へと訪れた黒衣のロープを身にまとう、アレスティアだった。
「アルディオ、あなたは下がってなさい。邪魔です」
だが、そんなアルディオの疑問をアレスティアは即座に切り捨てた。それどころか、処置に懸命になっていたアルディオを邪魔扱いする。
「しかし」
「私に任せてください」
「!」
任せてくださいというそれだけの言葉だったのに、アルディオはすぐにその場をどいて、アレスティアに場所を譲った。
「アルディオさん!」
そんなアルディオの態度に、ファルシオが叫ぶ。父の死に行こうとしている光景を目の前にして動転している彼には、アルディオが父の傍から離れてしまうことが、さらに不安だった。
父を死なせまいと懸命に処置をしていたのは、アルディオなのに、突然やってきたアレスティアがその彼を邪魔だといっているのだ。おまけにアレスティアの顔は黒衣のロープに包まれていて、素顔さえも定かでない。とても、信用できる時用今日出なかった。
だが、そんなファルシオにアルディオは強い口調で言った。
「ファルシオ、いいからお前も黙っていろ」
「グッ」
ファルシオの方をつかむアルディオの手が、肩に食い込むほどに強く握られていた。アルディオに引っ張られる形で、ファルシオもその場をどいて、アレスティアに場所を譲った。
アレスティアはもはや息をする音さえほとんどしなくなったシグマリウスの姿を眺めているようだった。ようだった、というのは相変わらず黒いロープの為に、彼女の素顔も視線も見て取ることができないからだ。
だが、彼女は何をするべきかわかっているらしく、懐から小さな包みを取り出す。だが、シグマリウスに薬をのみ込ませるには、すでにシグマリウスの体は弱り過ぎていた。彼女は包みの中にある薬を取りだすと、それを自分の口に入れてコリコリと噛み始めた。そして、十分に噛み砕いたところで、シグマリウスの口に、口移しで薬を流し込んだ。
「なっ!」
その光景に、ファルシオが唖然とする。この場にいたルティナにしても同じで、アルディオさえも驚いた表情をした。
だか、そんな驚きにアレスティアは我関せずといった風に、口移しでシグマリウスに薬を飲み込ませていった。
そして、薬を飲み終わらせると、ファルシオに向かって尋ねる。
「私には、できることは死の時間を延ばすことだけです。それでも構いませんか?」
「このままだと父さんは、死ぬの」
「私に、定められた死を変えることなどできません。ただ、訪れる時間を少し先延ばしにするぐらいです」
「でも、このままだと死ぬのなら、だったら少しでも・・・」
「わかりました」
ファルシオの言葉を聞くと、アレスティアは右手を胸の前へと上げた。
そして、それから始まるのはファルシオが見たことのない奇妙な出来事だった。
アレスティアの右手には鈍い輝きを放つ指輪があったのだが、アレスティアが呪文のような言葉を口にすると、指輪にはめ込まれていた宝石が溶け出して、それがアレスティアの手に収まる小さな杖へと姿を変えた。そして、杖の先端をベットに横たわるシグマリウスに向けると、さらに呪文を唱えていった。
何も、変化はなかった。
だが、アレスティアが呪文を唱え終えるのと同時に、シグマリウスが「うっ」という短い声を出した。
「父さん!」
「ファル、シオ」
さきほどまで意識もなかったシグマリウスが、傍に駆け付けたファルシオに答える。
「父さん、父さん、父さん」
生きていてよかった。父の無事に安堵するファルシオは、大粒の涙を流しながら父の無事に安堵した。
シグマリウスが意識を取り戻した後、シグマリウスは泣きじゃくる息子をなだめる。
「今のシグマリウス様には、休息が必要です」
だが、感動するファルシオに、アレスティアはそう告げた。
「あっ、うん。そうか。そうだよね」
「ええ、そうです」
まだ涙をこらえ切れていないファルシオは、さっきまでアレスティアに対して不審感を持っていたのに、今では父の命の恩人となったアレスティアに戸惑いつつも答える。
「シグマリウス様は、休憩をとる必要があります。部屋に人がいてはそれもできないので、皆さんは部屋から出ていってください。それと今晩の看護は、私が務めます」
それだけをいい、アレスティアは部屋にいる人々すべてに出て いくようにと告げた。
その後、部屋の中にはベットに横たわるシグマリウスと、アレスティアの2人だけとなった。
「お久しぶりです、シグマリウス様」
「アレスティア様・・・ですね」
「はい」
返事に答えながら、アレスティアはゆっくりと顔を覆っていたロープに手をかけた。そして、彼女の素顔があらわになった。そこから現れたのは、流星の銀色の尾を丁寧に束ねたかのような銀色の髪と、そして全ての人の心を見通すかのように澄んだ瞳の女性。恐ろしく整った顔立ちをした、美女。・・・いや美女という言葉でさえも収まりきれない、絶世の美貌を持つ女性だった。
女性の素顔。特にその瞳を除きこんだ途端に、シグマリウスは我を忘れてしまった。一体、どれだけの間我を忘れていたのだろう。ほんの一瞬のことだったかもしれないし、あるいは長い間その瞳に魅入られていたのかもしれない。
ただ、シグマリウスはその瞳から視線すらも外すことができなかった。
「シグマリウス様?」
「むっ、すまない」
アレスティアの戸惑いに声で、我に返ったシグマリウス。
「不思議なものだな、昔あなたに出会ったころよりも、さらに美しくなっている」
「そうですか」
女性に対する褒め言葉ではなかった。純粋に、美しいという言葉が、シグマリウスの口から出たのだ。
それにしても、この2人は互いに知った仲にあった。それも、オーヴェンの村に住む村民の1人であるシグマリウスと、その近くの山に籠り、時に村へとやってくるアレスティアとしてではない。
2人は過去に、互いに出会っていた。
その頃のことを思い出しながら、シグマリウスはアレスティアに頼みたいことがあった。
「あなたに、お願いしたいことがある」
「はい」
「私の息子を見守ってほしい。そして、できれば私のことは、あの子が大人になってから伝えてくれ」
私のこと、と言った時のシグマリウスの様子は、不思議なものがあった。それは、余人では決して理解できないもの。だが、その意味がアレスティアには理解できるものだった。
だが、
「・・・シグマリウス様、今は私の技で安定していますが、あなたもう長くはありません」
「ああ、そうだろう。・・・できれば私の口からあの子には伝えたかった。だが、まだファルシオは幼すぎる。私のことを今話しても理解できまい」
「・・・」
「アレスティア・ルクセンガート様、私の最後の頼みです」
シグマリウスの死を前にしながらの強い瞳を、アレスティアの瞳はただ静かに見つめる。そして、彼女は口を開いた。
「わかりました、シグマリウス・・・剣聖シグマリウス・ローヴェルク。あなたの最後の願い、確かに聞き受けました」
「ありがとう」
そう言うと、シグマリウスは安堵したかのように、目を閉じた。胸は上下に動いて、呼吸をしている。だから、決して死んだわけではない。
ただ、静かに眠るシグマリウスの姿を、アレスティアは穏やかな瞳で見つめるだけだった。
翌日は、アレスティアは再び村から姿を消した。
村を出るときには、いつものロープを深々と纏っていたために、誰も彼女の本当の素顔を知らないままだった。
それからさらに数日後。オーヴェンの村に住む村民の1人、シグマリウスは病床の寝床で息を引き取った。その場には、最後までシグマリウスの病に手を尽くしたアルディオと、そして息子であるファルシオの姿があった。
父が死んだその日、ファルシオは1人悲しみに暮れていた。
父の部屋には、生前父が所有していた双剣があった。その剣を鞘から引き抜くと、そこには銀色の孔雀の紋章が彫り込まれた、何やら曰くつきの剣だ。
「この剣は、私の大事な剣でな・・・」
この剣のことを、父はファルシオにあまり詳しく教えてはくれなかったが、それでも大事なものであったことはわかる。父の思いを強く受けた双剣をファルシオは眺めていた。
銀孔雀の双剣をアルディオは父から受け継いだ。
そして、3年の歳月が過ぎ去る・・・
プロローグ 番外編
以下、本編に関係ないです。
また、読後感を大事にされる方は、これから展開する内容を見ないことを激しくお勧めします。
なお、これを見てしまったことで感じた苦痛や苦情などは、一切受け付けていませんのでご注意ください。
もしも苦痛に思っても、自己責任でお願いします。
てなわけで、プロログーグ番外編。
またの名を、各話ごとのあとがきタイムの時間でございます。
今回からはじまりました『銀孔雀の双剣』。
私は執筆者のエディでございます。
『小説家になろう』の登録だと、エディルンなんて名前になっているけど、エディと呼んでくんなまし~。
まあ、IDが被るから、エディでなかっただけですが。
まあ、そんなおちゃらけをしていますが、本編がまじめすぎたため、その反動で故障しております。
「こんなにまともな話を書くのはいつ振りだろう。
最近作ってるゲームのシナリオなんて、もうペイペイ過ぎてやってられねぇぜ」
はい、この小説を描く始める前に、自作のゲーム『ギルド・マスター』のシナリオを書いていました。
そっちは無事に完結させたので、余力をかって『銀孔雀の双剣』の執筆までしております。
といっても、あくまでも本業(?)はゲーム制作なので、小説の方はそれなりに適当。
いや、内容は至極真面目。超まじめなんだよ。
ただ、プロローグは勢いで書いたけど、次の話はいつ書けるかわからないんだよ。
だって、ゲーム制作がまだ終わってないんだもん。
本業(?)を脇にどけて、執筆にのめり込めるわけがないんだもん。
と、言い訳みたいなことをグチグチ言っております。
グチグチといえば、プロローグに出てきた、錬金術師のアルディオですが、執筆前の彼は、あんな根暗の陰険オタクではありませんでした。
別に颯爽としているわけでもないけど、もっと普通の人だと思ってた。
なのに、書き始めた彼の第一声が、根暗な発言全開になってしまった!
以後、彼の性格はただのダメダメ根暗人間と化してしまいました。
ふうっ。
ちなみに、この物語の主人公になるファルシオはいたって普通ですね。
まあ、皆が皆根暗キャラなんて地獄みたいな話は書きたくもないけど。
それに主役が根暗な小説なんて、誰が読みたがるんだ?
いるとしたら、世の中はこれでお終いなんだって思いこんでいる、超根暗人種かも。
(主役のファルシオの名誉の為に言っときますが、ファルシオはまともな子です。絶対に根暗じゃないぞ!)
と、もうペロンペロンな発言連発のあとがき。
果たしてこんなものを読んでいる人がいるのでしょうかね?
こんなものというのは、『本編』じゃなくて、このイカレテル『あとがき』のことですぜ。
・・・
・・・
・・・
と、ここまでは適当発言ですが、この物語の全ては、アレスティア様の為に捧げられています。(え゛っ!?)
プロローグの終盤で、ロープを取ってついに素顔をあらわにした麗しのアレスティア様。絶世の美貌を有する彼女の為に、エディはこの物語を執筆させていただいているのです。
「ああ、麗しのアレスティア様。どうか私めをなじってくださいまし・・・」
(をぃ、いくらあとがきだからって変態発言をするな!)
私の中の良心がそんなことを語りかけてきちゃいました。
とはいえ、本当はアレスティアは、プロローグ部分では素顔を見せる予定がありませんでした。
そう、予定ではもっと先のはずだったんだよ。
でも、我慢できなかったんだよ。
どうしても、アレスティア様の美しさを書きたかった!
次にいつ書けるかわからないから、とにかく書きたかったんだよ!
まあ、物語の結末部分まで簡単なプロットは組まれているのですが、所詮プロットなんてものはある程度の参考にしかなりません。
プロローグの時点で、すでに書こうと思ったことを結局書かずじまいで終わったと思えば、予定どころか考えてもいなかった話が、次から次に滑り込んできて、そんな話ばかり書き続けてたりしました。
ええ、それはもう計画とか予定なんてものを全てぶち壊しまくって。
「計画がなんぼのもんじゃい!」
と、エディは雄叫びを月に向かって上げています。
「ワオオォォンンーーーーー。ゲホゲホ、声を出し過ぎて喉が痛い」
・・・
・・・
・・・
さ、こんなどうでもいいあとがきなんて、いい加減お終いにしちゃいますぜ。
てな訳で、次回に続いてしまう・・・かも?