第8章
「どんどん食べてね」
と言われ、俺はとりあえずうなずいた。
机にはテーブルクロスが掛けてあり、その中心には花瓶があって・・・・・・今からパーティでもはじまるのかという感じだ。でも、電気はオレンジっぽい暖かい雰囲気で特に高級感があるわけでもなく、ものすごく落ち着ける空間で─────なんとも、美湖の雰囲気とあう気がする。
「・・・・・・美味しい」
ポテトサラダを口に入れた途端、思わずつぶやいた。
いかにも「料理が上手い」という顔をしているお母さんだが、本当に料理上手だ。
「そう?良かった」
「お母さん、去年までレストランで働いてたもんね」
美湖が言う。なるほど、それなら料理が上手いと言うのも道理だ。
「すごいですね・・・・・・俺の、あっと僕の・・・・・・母さんにも見習ってもらいたいです」
そういえば前にも、俺と言いかけて僕と言い直したことがあった。そして、言ってから思ったが「レストランで働く」のを見習うも何も、無理だろう。
「見習うって、そこまでじゃないわよ」
少し頬を赤らめて言うところは、本当に美湖とそっくりだ。
でも実際に、出された料理は全部美味しかったし、「食後のデザート」とか言っておかれたアイスもフルーツがいろいろと乗っていて市販のとは思えないようなものだった。
「そういえば、光君って絵が上手いの?」
美湖が光と呼ぶからだろう、お母さんは本名が光と思ったのかそう呼んで言った。
「え、いや全然、本当下手ですよ」
あわてて否定すると、「上手いから」と美湖が言う。
「あれのどこが!」
「光の小5くらいの時のが今の私より上手いんだってば」
と、またさっきの言葉を繰り返した。
「いつも美湖から聞いてるし、本当に上手いのよね?」
自分の言う事をねじ込むような言い方も、この親子は似ている。
「いや・・・・・・多分、美術部の他の奴の方が上手いと思いますよ」
───文化祭で比べてみろ。そしたら、分かるから。
そう思いつつも、誉められて嫌な気はしなかった。
「そうなの・・・・・・かなぁ」
美湖は首をかしげつつも、納得したのかしないのかという顔をしている。
「そうだ、光を部屋に上げてもいい?」
雑談を交えながらアイスを食べ終わった頃、美湖が言った。
「いいわよ。光君が家の方、大丈夫なら」
「でも・・・・・・本当に大丈夫ですか、こんな遅くまで」
だって、さっきは絵という強い味方・・・・・・というのはおかしいか、でもそんなのがあったが。
部屋で女の子と2人きりだなんて、そんなことで喜べる性格ではない。
「大丈夫、全然、大丈夫だから」
─────だって、部屋にあげてもらったんだからあげかえさないと。
そのあとの言葉は呑みこまれたが、多分こんなことを考えたのだろう。
半ば引っ張られるように美湖の部屋に入って────思わず俺は声をあげた。
「す、すげぇ」
全体が白で統一されていて、何かが、すごい。日頃こんな部屋で生活している美湖が、いきなり俺みたいな部屋に入るときっと引いた・・・・・・だろう。
「めちゃくちゃ綺麗じゃん」
その言葉に、美湖は首を傾げた。
「どこが?」
やっぱり、これが普通と思ってしまった奴は違う。───いや、ということは俺の部屋はかなり汚い部屋ということになって、やっぱり、うん、引いただろうな。
微妙にへこみつつ、「この絨毯だの、タンスだのベットだの・・・・・・」と数え上げていくと、
「全部?」
と苦笑された。
「うん、全部。全体的にめっちゃ綺麗。うわぁ、美湖のこと部屋に入れたのってやっぱ間違いだった」
今さら言っても仕方がない後悔の念を口に出すと、「なんで?」と聞かれる。
「だって、毎日こんな部屋で過ごしてる人がさ、いきなりあんな殺風景な部屋に入ったら逆にビックリしたりしない?」
と答えると、「私はあんなのも好きだけどなぁ」とつぶやいたのが聞こえた。
そのあと、ふかふかすぎるベットに腰掛けてしばらく話し、ふと時計を見上げると9時を指していたのでもう帰ることにする。
「じゃあ、お邪魔しました。晩ご飯、美味しかったです。ありがとうございました」
玄関先で美湖のお母さんにそう言い、美湖に手を振って家へと入った。
なんだ、初めて会った時に、お母さんのことをものすごく頭下げる人だな、とか思ったけどそれは単に緊張してただけだと分かった。本人がそう言ったわけではないが、今日は普通に話してくれたし、きっとそうだろう。
それでも、会話の中でやたら「毎朝迎えに来てくれて」という件についてお礼を言われた。
「毎朝」といってもまだ2回だけどな、と苦笑しながら返事をしたが、これから卒業までこんな日々が続いていくと考えると、本当にそういくのかと何かが引っ掛かる。
そうなればいいと、どこかで思った気持ちは無視しておくことにした。