第6章
今日の朝も、俺は美湖の家のインターホンを押した。
「今日は・・・・・・えっと、美術室行くんだっけ」
俺が言うと、美湖が嬉しそうにうなずく。
「・・・・・・そんなに見たいの?」
と聞くと、またもうなずいて言った。
「光っていつから絵描いてるの」
───────まさか、その当時のから見たいとか言いださないだろうな。
そんな不安に駆られながらも、「真面目に描いてたのは多分、小5くらいだと思うけど」と答える。
─────と。
「見せてよ」
「・・・・・・」
一瞬の沈黙。
「多分、期待裏切るからやめた方が美湖のためだと思うんだけど」
と言うと、「じゃあ、期待してないって言っとく」と返ってきた。ちょっと待て、「言っとく」ということは内心では期待してるということではないか。
────やめろ。
「いや、本当に」
俺があわてたのを見透かしたように、美湖がいたずらっぽく笑った。
「今日、家いい?」
なんでこうなる。
「散らかってるから、また今度な」
具体的な日にちを言わずにはぐらかそうとすると、「今度っていつ?」と突いてくる。
「今度は今度」
「いつになったら片付くの?」
「無期限」
「ていうか、そんなに散らかってるの?」
一晩で妙に強くなりやがって、コイツ。
心の中で毒ずきながら、今日母さんに家にいたっけとか考えてみる。いや、今日は父母共仕事だったはずだ。おまけに、父さんは遅くなると言っていた。
「・・・・・・絵、見るだけだからな」
ボソッと呟くように答えると、今まで見て一番嬉しそうな顔で大きくうなずいた。
美湖の交渉の間に、あの犬のところは通り過ぎていた。
そして瞬と合流して、また「美術室で......」という話題がぶり返される。
「楽しみじゃない」ことがあると、時計の針は異様なほど速く動くものだ。
気付けばもう放課後だった。今日は瞬のクラスの方が終わるのが早かったらしく、3組に顔を出してくる。
「美術室、どこ?」
美湖が聞いた。
「こっちー」
瞬が言って歩き出すが、「鍵、いらねぇの?」という俺の言葉に立ち止まった。
「先生、どこだろ」
と瞬が首をかしげる。
「先生に言ったらダメって言われないかな」
美湖が恐る恐る口を開いた。
「うーん・・・・・・他の先生ならダメだろうけど、多分アレなら大丈夫」
俺は自分で言ってうなずいた。うん、物分かりいいし。・・・・・・改めて考えると、かなりなめてるな、俺。 ・・・・・・いや、これはなめられる態度をとる先生が悪い。俺は、悪くない、はず。
1人で納得して、1人でうなずく俺を美湖が面白そうな顔で見ていた。なんだか、やたらといらないところを見られている気がするのは気のせいか。
「てことでさ、鍵借りに行こう」
気を取り直すようにそう言い、美湖を引っ張るかのようにして職員室に行く。
案の定、先生は「ちゃんと返せよ」と言っただけであっさり貸してくれた。
美術室に近づくごとに、美湖の目が見て分かるくらいに輝いていく。そんなに楽しみか、そんなに期待するもんでもないぞ、とそっと俺はため息をついた。
「すごい・・・・・・」
美術室に足を入れるなり、美湖がつぶやく。何がと思うが、美湖曰く「雰囲気が」らしい。
「これが、俺のな。で、こっちが光の」
そう言ってる間にも瞬が棚から袋を出し、美湖に渡す。早速美湖は1枚1枚見始めるわけだが、自分の絵を自分の前で見られるのは苦手─────ハッキリ言うと、反応が「恐ろしい」─────なので、さりげなく離れて他の奴の作品を見てみたりする。もう仕組みも考えも聞いた作品を見て、「どうなってんだコレ、すげぇ」とかつぶやいたりして。
「やっぱり、2人ともすごいよ。上手いって」
ふいに、美湖が顔を上げた。そして周りを見回し、もう一度いう。
「でも、ほかの人のもすごいよね。うん、美術部はすごいんだ」
美湖の出した結論に、思わず瞬を顔を見合わせて苦笑する。
そんなこともないぞ、と横目でめったに顔を出さない1年の、部屋の隅に押しこまれるように置いてある作品を捉えて思う。
そのあとも、先輩の作品とかを見て下校時間まで過ごしたあと、鍵を返しに行って家路についた。
瞬と別れ、しばらく黙って歩いていた時、ふいに美湖が口を開く。
「家、本当にいいの?」
美術室であれだけ興奮していたので、もしかしたら忘れたかな、忘れてたらいいな、と密かに期待してみたのだが、甘かった。でも、一度いいと言ったのにここで断るわけにもいかず、うなずく。
美湖の目は、家に近づくごとに見て分かるくらいに光を増していった。
─────さっき以上に。