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エンジェル・ペイント  作者: 沙夜菜
■Go together now
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第5章

「帰りも、一緒だったの?」

 玄関に入るやいなや、母さんが声をかけてくる。

「う、うわ見てたのかよ」

・・・・・・一体いつから。密かにムッとしながら言うと、「別に、たまたま目に入っただけよ」と言われた。顔からして、嘘だ。完全に面白いような顔をしている。つっかかっても、さらに笑われるだけなので無視して、「なんかないの」と問いかける。

「なんか」が「食べ物」ということは、母さんは分かるはずだ。

「棚に何かしら入ってるでしょ」

 その言葉に従って棚を覗きこむと、スナック菓子があった。それを掴んで、自分の部屋に上がって行く。さっさと着替えを済ませて、さっきの景色を覚えているうちに色付けをしてしまおう。

 お菓子の包みを開けて、机の隅に置きながらさっきのスケッチブックを広げた。

いつも家で使っている色鉛筆を取り出して薄く塗って行く。次に、いらなくなったTシャツ───もはや「Tシャツ」という原型もとどめていないが───で軽くこすりながら、ぼかしていった。

 前まではティッシュを使っていたのだが、知らないうちに破けて自分の指が汚くなるというミスを犯してからは使っていない。

 その作業が終わってからは、だんだん濃くしていって、ぼかすという作業の繰り返しだ。空は、上を濃く、下を薄くするというように、グラデーション風にするといいと先生が言っていた。

 そして、雲の分の色を消しゴムの角で消していく。俺が一番苦手として、嫌いな作業だ。

 俺も嫌いだが、瞬は大嫌いだと言っていた。前に、やらせてくれと言われたのでやらせてみると、消すこと消すこと、もう「雲」どころではなく、ただの「失敗したところを消した」にしか見えなかった。 瞬の色鉛筆嫌いは、こういう風に細かい作業がある、というのも理由の1つらしい。

 次に、遠くの方の山を塗っていった。その次に川を仕上げて、隅の方に密かにある橋も塗る。

──────これで、完成だ。

 瞬はどんな風に仕上がったのか、今から楽しみである。


何を思ったか知らないが、ふとカーテンの隙間から美湖の家を見てみた。ついでに、窓も開けてみる。

 電気がついていなかった2階の部屋に灯りがともる。その部屋の窓があいて、───美湖が顔を出した。 窓から身を乗り出して、外に手を伸ばしている。多分、雨が降っているか見ているのだろう。

 そういえば今日は夜から雨が降るとか言っていた。

 美湖がこっちを見たので、あわてて俺も手を伸ばし雨を見ているふりをする。

 それでも目が合って、美湖が笑いかけてきた。無視するわけにもいかず笑い返して、小さく手を振る。美湖も振り返そうとして───誰かに呼ばれたのか、部屋の中を振り返った。 またこちらを向いて、今度こそ手を振ると、窓を閉めてカーテンも閉める。部屋の灯りが消えて、誰もいなくなった。

 俺も窓とカーテンを閉めて────机に向かった。メモ用のノートを開く。

突然、あるイメージが浮かんできたのだ。まだぼんやりとしてハッキリ分からないが、なんとなく。

 どうせ何回も消すだろうし、そしたら画用紙がボロボロになるのでとりあえずこのノートでイメージをハッキリさせようと思ったのだ。

 だんだん、それは天使と言う事が分かってきた。・・・・・・自分の絵に対してこんな言い方をするというのも、不思議な話なのだが。

 霧がかった場所に、座りこんでいる天使。

 なぜこんなのが浮かんできたのかは、分からない。分からないけど、それはそれでいい気がした。

 輪郭を描いて、顔のパーツを描いていく。一番最初に描く目が、一番好きなところだ。鼻は、あまり好きじゃない。口は・・・・・・一番嫌いなところである。

 顔のパーツが終わると、次は髪、巻き毛を描いていった。天使といえば巻き毛、と思うのは俺だけなのだろうか。

 そこまで終わって、どこかで見た顔だなと俺は首を傾げた。それが誰なのか気付くのに、そう時間はかからなかった。

 ───────美湖だ。

 あわてて色鉛筆をひっつかみ、髪を金色に、瞳を青にしていく。金髪の巻き毛に青い瞳、これこそ俺の天使の象徴だ。

 だいたいの色つけが終わると、あとは髪に茶色とかを加えて「髪っぽく」したり、目にいろいろと混ぜて「目っぽく」して生気をつけていく。

「─────出来た」

 ふと時計を見上げると、短針は1を指している。

「もう1時・・・・・・」

 呟いて気付くと、夕飯も風呂もまだだ。下に降りてみると、机の上にラップをした夕飯がある。

レンジに入れて、その間にお箸を出しておいた。

 お風呂場で音がする。母さんは12時には寝てるし、きっと父さんだ。

 夕食が温まったのでさっさと済ませてしまう。もう寝る寸前の状態で箸を動かし、風呂をすっぽかしてしまおうと思ったほどだ。でも、それはさすがに汚いのでやめておいた。

 父さんが風呂からあがったようだったので、よろよろと風呂場に歩いていく。その途中に、父さんに

「ほどほどにしとけよ」

と言われた。何が、というのはもう省略してある。いちいち言わなくても、少なくとも家の中では通じるので、誰もわざわざ言おうとはしない。

 それにうなずいて、風呂へと入る。やっぱり、頭と体を流すだけで出ることにした。こんなときに泡を出して洗う気にもなれなかったし、今日体育はなかった。───という問題でもないのか。

 パジャマに着替えて部屋に戻ると、父さんがスケッチブックを眺めていた。

「うわ、いたのか」

若干驚いて言うと、「勝手に入んなよとか続けるか?」と返ってくる。

「いや、続けるつもりはない」

「続けられても応じない」

 この無駄なやり取りのあと、少し気まずい雰囲気が流れた。父さんがずっと絵を眺めていて、その「感想」的なものが全くといっていいほど顔に現れないので、下手だと思われてるのか満足なのか何も思わないのか読み取れなくて、なんだか緊張した。

「・・・・・・お前、久しぶりに見たら上手くなったな」

 ぽそりと父さんがつぶやく。安堵の息を吐き出して、俺は答えた。

「別に、みんなそんなもんだし」

瞬や、美術部の他の奴らの絵を思い浮かべてみる。うん、その中で特に「上手い」わけでもない。

「周りじゃなくて、前と比べてって言ってるんだ」

 前っていつだよ。そりゃ、小学校の頃と比べたら進歩しただろうけど、中1からとなるとよく分からない。

「最後に見たのは・・・・・・そう、これだ」

 父さんが棚から過去のスケッチブックを引っ張り出してきて、あるページを開いた。

「・・・・・・あ」

 それは、父さんの顔だった。確か・・・・・・小6あたりに描いたものだ。

 描けよと言われて、最初は嫌々だったのが色付けの段階になると夢中になった、、記憶がある。

「ほら、やっぱ上手くなった」

その絵とさっきの天使の絵を隣に置いて父さんが言った。

「そりゃ、小6ぐらいのなんだから上達してないと困るよ」

その答えが聞こえたのか聞こえなかったのか、父さんは答えなかった。

「まぁ、なんでも上達してたらいいもんだ。こんな時間に悪かったー」

 無意味に語尾を伸ばしたのは、父さんにも睡魔が襲いかかっているからか。

「うん、おやすみー」

 いいつつ俺もベッドに倒れ込む。


こうして、なんだか長かった今日は終わった。


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