第3章
「ねぇ、朝一緒だった人、誰」
席に着くと、いきなり右隣の女子、岡本が聞いてきた。
「え?あぁ、美湖」
何気なく答えて、あとから「水野」と言うべきだったと後悔するが、もう後の祭りである。
「美湖・・・・・・ちょ、もう名前で呼ぶ仲なの!?」
「家が近所なだけ───!」
「・・・・・・ていうか、転校生っ。やっと、3組にも!」
そう、結構この中学に転校してくる奴は多いのだが、何故か3組には1人も入ってこなかった。それとは対照的に、瞬の1組にはよく入ってくるらしい。
「でもさぁ、安藤さん行ったばっかなのに?」
と、突然口を挟んできたのは岡本の友達、加藤だ。
でも、そういえばそうだ。先月、俺の左隣だった安藤がはるばる鹿児島まで飛んで行ったばかりである。岡本も思い出したようにうなずいていた。
「・・・・・・でもまぁ、本人が3組って言ってたんだから、3組なんだろ」
と俺がまとめると、2人はうなずいて他の話題に移り変わったようだった。
俺は教科書を机の中に突っ込んで、あることに気付いた。────安藤が左隣で、今そこは空いているから、美湖は俺の左隣に来ることになる。・・・・・・ひたすら、「近所」だ。
チャイムが鳴った。
みんな席について、読書を始める。俺も周りを見習って本を広げる。・・・・・・でも、あくまでも広げただけで真面目に読んでいたわけではない。いつものことだ。
いつもと同じ時間に先生は教室に入ってくる。ふと廊下の方を見てみると、ドアの窓からぼんやりとした人影が見えた。その人影に気付いた人は、隣近所とひそひそ話し、気付かなかった人はそのまま読書を続けている。
先生が時計を見上げて言った。
「今日はここで読書をやめて。今日から新しくクラスに入ってくる人がいます」
気付いていた人は好奇心丸出しの顔、今言われて気付いた人は、「なんだいきなり」という顔をしている。
先生が、一度廊下に出て、1人の少女を連れてきた。そう、美湖だ。顔が真っ赤で、まともに顔を上げていない。 「極度の人見知り」に、クラス全員の前に立つなど酷な話だろう。
先生にうながされて、美湖が口を開く。─────朝、はじめて聞いた声よりさらにか細い。
「水野、美湖です。・・・・・・よろしくお願いします」
と言って、小さく頭を下げる。 誰からともなく拍手が鳴った。
先生が、美湖をやる席を探す────と、目があった・・・・・・気がした。
「じゃあ、水野は足立の隣な」
ここの窓際の席を指差して先生が言う。美湖がこくりとうなずいて、元安藤の席───俺の左隣に、居心地が悪そうに座った。
チャイムが鳴って、「1時間目は数学か」とか先生がつぶやきながら出ていく。
数学では、「三角定規を持ってこい」というのを美湖は聞いていなかったらしく、あたふたしていたので差し出すと、ホッとしたように美湖は笑ってそっと受け取った。
・・・・・・なして、そこまで手つきが丁寧なんだ。そう思いつつ、「ちゃんと言えって話だよな」と言うと、我が意を得たりとばかりにうなずく。
2時間目の国語では、きっと前の学校でも優秀だったんだ、俺よりも頭がいいくらいで少しだけひるんでみたりする。
今日1日見てみると、きっと苦手なのは数学だけ、あとは全部俺を上回っていて、少しでも心配した自分が恐縮に思えるほどだった。