エピローグ
ある時、俺は美術室でかなり苦戦していた。
教室の前の方には音楽の先生が座っている。この先生をモデルに描け、という課題だ。格好、髪型や服はそれ通りだが、表情は自由していいということなので、俺は美湖といえば一番に出てくる顔、あの微笑みを描くことにした。それなのに、それなのに─────────
瞬が突然話しかけてきたせいで、色鉛筆がずれ、妙に悲しげな顔になってしまったところだ。
「口とかはさ、ちょっとした陰影で表情変わるよ」
先生のアドバイスにうなずくが、それもどうもうまくいかずに苦闘している。
「どうしたんだよ?光、なんか調子悪いの?」
尚平が言うが、自分でもよく分からなくて首を傾げる。
「まぁ、誰が原因かは言う必要もないと思うんだけどさ」
苦笑して尚平が続ける。
「えっ、誰なの?」
わざとか本気か知らないがそう割って入ってきた瞬を睨みつける。
「誰だと思う?筆止めてでも自分で考えてみろ」
と俺が言うと、瞬が「誰だろなぁ?」とわざとらしく首を傾げた。・・・・・・さっきのもわざとだったか。
「え?誰かがいきなり声かけてきたから、鉛筆ずれたんだと思ったけど・・・・・・俺の気のせいかな」
俺の皮肉を瞬は聞き流そうとして、それでも返事を返してくる。
「うん、気のせいだって。多分気のせい、本当」
たじたじなって言うところが面白かったが、こちらの言葉がなくなったのでもう突き落してしまう事にした。
「気のせいじゃないと思うよ、俺は。なぁ尚平?」
「うん、俺が見たところでもその誰かが光にいきなり声かけるから」
「その誰かって誰だと思う?」
尚平と手を結んで瞬を見ると、「お、俺です」となんとも弱々しい声が返ってくる。
「ほら、さっきから認めときゃよかったものを・・・・・・ってそうじゃなくて、まじでどうしようこれ」
首を傾げてまた考える。陰影って、嫌いではないが苦手だ。
とそのとき、腕が動いた。特に意識したわけでもなく、鉛筆を握ったままだった手が画用紙の上を走ったのだ。
「あ、出来たじゃん」
瞬が覗きこんできて言う。
「うん、なんか・・・・・・」
勝手に動いた、と言おうとしてやめた。何気なしに部屋を見回すと、窓の外に広がる空の雲のきれまから、美湖の横顔と色鉛筆を握る姿が見える。ということは、さっきのは美湖の仕業か。
そんなことよりも。
─────────美湖、お前だって絵、上手いじゃないか