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エンジェル・ペイント  作者: 沙夜菜
■Go together sometime
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第23章

『よいしょーっと』

 修学旅行も無事に終わり、地元に帰ってきて落ち着いた頃、美湖がやってきた。来るとはもう分かっていたので、そしてあの池に行こうと言うのも分かっていたので予め着替えて、ベッドに上に腰掛けている。いつもどうやって来るのか疑問だったが、どうやら「飛んできて」、窓から着地するらしかった。

『ぇ、うわぁ、光起きてる』

こっちを見て、一度目をこすりもう一度見てくる。

「失礼だな、ニ度見しやがって」

俺のつっかかる口調に、笑いながら頭を掻きながら言った。

『実はさぁ、これ言うとダメだなと思って黙ってたんだけどね、毎年光の寝顔と起きた時の顔みるのが密かに楽しみで────────』

その言葉を制するように俺は思わず立ち上がった。

「ちょっと待て、俺はせっかく毎年楽しみにしてたのにさ、お前そんな事楽しみにきてたわけ?」

『違うよ、それは4番目くらいだよ?そんな本気に怒らなくても』

あわてて弁解を始める美湖を睨んで、冗談だと笑う。

『修学旅行、の季節だっけ?行ってきたの?』

 美湖の質問にうなずいて、俺はあの時を思い出した。

「そうだ、修学旅行の時さぁ、お前夜中に京都来た?」

川から引っ張り上げてくれた、あの時だ。下から見上げた顔は、紛れもなく美湖だった。

 しかし、美湖は首を傾げる。

『特別じゃないと、降りてこれないから』

でも、下から見たあの顔は────紛れもなく、美湖だった。絶対に見間違えることのない、でも初めて見る、宙を睨むような目の、美湖の顔だったのだ。

『・・・・・・まぁ、あの時は光が死にかけてたから特別だったんだけどね』

「じゃあ、あの時のはやっぱり────────」

俺の言葉に、これも珍しい表情だが、ニッと笑って言う。

『桂川に落ちた時でしょ?でも、あのあとの香澄ちゃんだっけ、その子の告白には木の影で嫉妬してたんだからね』

「いや、でも俺断っただろ!?」

あわてて言う俺に、美湖はどこかむくれたような顔で続けた。

『好きな人って誰よ』

「誰か、考えてみろよ」

 そう跳ね返して、「絵、あるから」と話題を持っていく。

「これ金閣寺。リアルに光ってて、びっくりした」

美湖は物を掴むことが出来ないので、俺がめくってやりながら話を聞かせる、前と同じ形で時間は過ぎた。

 なぜ物が掴めないのに俺を引っ張ったのか聞くと、少し笑って『ものっすごく疲れたんだから』と言う。

「清水寺はゴメン、まだ仕上がってなくて。描きかけはこれ」

机の上の画用紙を見せると、嬉しそうに笑った。

『楽しかった?』

「うん、もちろん。瞬がさ、京都タワーが実在するんだとか言ってて。馬鹿だよな、アイツ。あと、舞妓さんもいたし楽しかった」

そこまで言って、付け加える。

「美湖も行けたら、よかったんだけどな」

美湖の表情が寂しいような顔を浮かべたが、それは一瞬で消えて明るく笑った。

『何を今さら。光に思い出話聞けるだけ、楽しいよ』

 絵をさんざん見た後、案の定美湖が池に行こうと俺の手を取る。・・・・・・といっても、周りと少し違う空気が手の周りで感じられただけだったのだが。

 俺は外に出て、自転車にまたがる。

 ひんやりとした空気の中を進んでいき、あの池へと向かった。

『ここも、変わらないね』

と美湖が伸びのような仕草をして言う。────────とそこで、池の畔に咲く花を見て微笑んだ。

『あ、ちょっとだけ変わってる』

 その花の隣にそっと腰掛けて、池の水に触れ、どこか寂しそうな顔をする。

─────────今日の美湖がなんだか違うと感じるのは、俺だけか。

『絵、描いて。持ってきてるんでしょ?』

美湖の言葉で我に返り、うなずく。今日は池の周りではなく、少し離れたところから描くことにした。

なんとなく、美湖の姿も入れて置きたかった。

 ずっと黙ったままでいると、美湖も座ったまま黙っていた。

『実はさ』

ふいに美湖が口を開いたとき、俺は何か重大な話だと察して、筆を止める。

『今日で、降りてこれんの最後なんだよね』

「・・・・・・」

再び、沈黙。

「嘘だろ?」

と、沈黙を破ったのは俺だった。

『本当。それと、一昨年に「光の絵を見に降りてきた」っていうのも、半分は嘘』

唖然として何も言えない俺に、美湖は寂しそうに微笑みながら、でも追い打ちをかけるように続ける。

『やり残したことやったらもう降りてこれないんだけど、それも3回チャンス、みたいな。本当に、やり遂げた瞬間に消えるから。・・・・・・後でね?』

言うだけ言って、さっきまでの顔はなかったかのように笑う。

「そこまで言って後でねってなんだよ、お前」

責めるように言ってみると、珍しく声を立てて笑い、『早く続き描いて』と促してきた。俺は半分むくれつつも、絵の続きを描いていく。

『ここに来てからさ、いろいろと楽しかったよ、本当』

 ふいに美湖が言った。

「俺も、美湖と会ってからどれだけ1年早かったか分かんないよ」

手は止めずに、俺も返す。

『前いたところはものっすごい都会だったんだけどね、どこ行ってもいつも早足でさ。常に時間に追われて、自分の好きなことやってる暇とかあんのかな、みたいな。その勢いに呑まれて、私もそうだったんだけどね。でも、ここに来てからは───────光と会ってからは、もうちょっとのんびりしてもいいんだって思った。光の絵描いてるところ見るの好きだったの、それもあって。自分の時間大事にして、好きなように過ごしてっていうのがうらやましくて、それに仲間入り出来たのも嬉しくて。──────前いたところのクラスの人、気強い人多かったからさ、私別の意味で浮いてたし。ここの中学で、やっと馴染めたっていうことも嬉しかった。あんな川のところで風景画描けるほど自然が綺麗なのはビックリしたけどね』

俺が何も言えないままに、美湖は続けた。

『だから。・・・・・・だから、トラック来た時は本当にビックリしたよ。ぁ、死ぬんだ、みたいな。せっかく自分の時間手に入れたと思ったのに、せっかく好きなこと見つけたと思ったのに、結構あっけないなー、って。今まで体験したことないほど悲しかった、本当。救急車のサイレンが聞こえて、現実突きつけられて、病院の天井殺風景で、それ見る間もなく勝手に目閉じちゃって。気失ってたのかな、あの時。病院でお母さんと光の声聞こえた気がするけど、気のせいだったっけ』

気のせいじゃない、本当に行った。スピード違反かってほど車飛ばして、行ったんだから。

 そう言おうと思ったが、残念なことに声が出なかった。

「・・・・・・お前のせいで、制服にかなり皺よったんだからな」

かろうじてそう言うと、『ごめーん』と笑いながら言う。

・・・・・・そういえば、さっき美湖が言った「好きなこと」ってなんだ。聞いてみると、恥ずかしそうに笑って言った。

『絵。同じ人間だしさ、光に出来るなら可能性くらいはあるかな、みたいな。練習はしてたんだけどな─────どうも、上手く描けなかった。まだ描ける間にアドバイスっぽいものもらっとけばよかった』

「多分、上手いと思うよ、美湖なら。だって─────うん、同じ人間だし」

 そう言って、なぜか泣きそうになり、やみくもに筆を動かす。絵が完成して、重い腕を上げながらそれを美湖に見せた。こうするのも、今回で最後というわけだ。

『相変わらず、綺麗な絵』

美湖がつぶやいて、しばらく絵を見た後立ち上がった。

『そろそろ、戻る?』

俺もうなずき、立ち上がる。絵の道具を片付け、木にもたれるように─────といっても美湖に木の感触はないと思うが─────待っていた美湖の元へ走り寄った。

『・・・・・・ここも、最後なんだね』

 ささやくように美湖が言い、俺もうなずいた。俺は来ることは出来るが、美湖と来るのは最後だ。

「忘れんなよ、ここ──────秘密基地、なんだから」

俺の言葉に、美湖がクスっと笑って楽しげにうなずく。

 そうしてしばらく2人で小さな湖ともとれるような、月に照らされ青緑に美しいその「美湖」を眺めた後に、俺は自転車にまたがった。

この道を美湖と通るのも、最後だ。美湖は何も言わなかったが、俺は最後の約1時間をどうするか考えていた。何を言うか、とりあえず最後なら病院で浮かんだあの気持ちを伝えるべきだと思う。

そのあとは、そのあとは────────流れに、任せよう。

 家に着いた。俺はまた注意深く自分の部屋へと戻り、ベッドに腰掛ける。何気なしに部屋を見回してみると、壁に貼られて斜めになっていた天使の絵が目に入り、俺は頭で考える前に口を開いた。

「美湖、お前全然、自意識過剰じゃないから」

いきなりの事に案の定、美湖は怪訝な顔をする。

『何?自意識過剰?』

「覚えてないかな、美湖が初めて家に来て────────ほら、俺も美湖の家で晩ご飯食べた日だよ。その日に、美湖が俺の小5くらいからの絵見てた時にその天使の絵みてな、「どことなく私っぽいと思った」って言ったんだよ。そのあとに、「自意識過剰だね、ごめん」とも」

そう言うと、美湖が思い出した顔をした。

『あぁ、気のせいだったやつか。あれでしょ、窓で手振った時に描いた』

俺はうなずいて、続ける。

「全然、自意識過剰なんかじゃない。手振ったあとになぜかあんな絵が頭に出てきて、でも描いてる途中は何も思ってなかったんだけど、出来あがった時に俺も美湖っぽいと思った。急いで金髪とかにしてみても、やっぱり変わんなかったよ、それは。目が違っても、巻き毛で金髪でも、美湖にしか見えなくなっちゃって。・・・・・・多分俺、そんときから美湖のこと」

『好き』

 俺が勢いに乗って言ってしまおうと思った時、そしてまさに言いかけた時、美湖が口を開いた。

『って、言いに来た』

「え─────────────」

俺がろくな言葉も返せないうちに、美湖が浮いている状態から腰をかがめて、自分の唇と俺の唇をくっつける。

『第一目的は、これだったんだけどね』

クスっと笑って、美湖が言う。目が水にぬれて、光っていた。早くも足から星のようなきらめきと化している。

「俺も、俺だって─────────」

あわてて言おうとするが、上手く出てこない。

「あ、ありがと」

自分でも情けなくなったが、まずはそれが出てきた。何が、というと今まで全部だ。

『私の方こそありがとう』

既に肩のあたりまで消えかけている。

「俺も、俺も美湖のこと、ずっと─────────」

美湖の、最後の微笑みが消えそうになった。

「好きだった」

 その言葉を言い終わる頃には、俺の前には星屑ほしくずのように光る、金色の粉だけだった。

最後の一言が届いたかは分からなかったが、月と雲の間あたりにニコッと笑ったような表情が見えた限り、多分────────届いたと思う。届いたと、信じたかった。



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