第21章
「すっげぇ、京都タワーある、実在するっ」
と歓声をあげる瞬に、「当然だろ」という突っ込みを入れつつも、俺も京都タワーを見上げた。太陽に反射して輝いている姿が眩しい。
「一旦集合、班のメンバーが全員いるか確認してー」
学年の先生が言って、みんな京都タワーを眺めながらとりあえず集合した。かろうじて班長は班の人数を数えているが、そのほかは上の空で京都駅付近の景色を眺めている。そして、この班の班長はといえば、真剣勝負のじゃんけん結果───────俺に決まった。
「旅館に荷物置きに行ったら、夕食までは自分たちが決めたところ見物、時間余ったら後は自由行動で、時間になったら旅館に戻ってくること。道が分からなかったら地元の人に聞いて。あくまでも修学旅行生としての自覚を持って、恥をかかないように。ということで、荷物置き次第財布と地図を忘れずに持って、各自出発ってことで──────以上!」
早口に先生が言って、全員が予め決められていたバスに乗り込む。バスの中でも、みんな興奮していろいろな事を早口にまくしたてる中、俺たち3人はカメラのバッテリー確認。今回はカメラ持参はOkということで、隠す必要もない。
後ろの席にいる同じ班の女子3人は、やはり周りと同じように喋りとおしていた。
今回の班は、クラスは関係なく男女3人ずつ、自由に6人で組むことになっている。男子ではもちろん瞬と尚平なのだが、果たして女子はどうなるものか。特に仲のいい奴らもいないので、同じ様な状況の奴らが現れるのを待とうということになったら、おずおずといっても程があるだろ、と思わず突っ込みを入れたくなるような声で向こうから誘ってきた。
──────あの声は、本当に尋常じゃない。初対面の美湖よりもひどかった。
この誘いを、ひたすら待つだけだった俺たちが断る理由もなく、6人で組むことになった。プランは全て女子に任せておく。俺たちは絵になるところが見えたら満足だし、とりあえず京都に来れたら満足、という状況だったので、全部を決めてくれた女子たちは、俺たちにとっては感謝すべき相手だった。
こいつらとロビーで待ち合わせをして、小走りに部屋へと荷物を置きに行く。自由行動時用の肩下げ鞄に財布、地図、カメラを入れて──────一番最初に必要と分かり切っていた鞄をあろうことか着替えの下の方にいれていた瞬に文句を言いつつ──────ロビーへと駆けおりる。俺たちも、いざ来たらそれなりに興奮していたのでつい走ってしまっていたが、女子の準備というのは謎に遅い。というわけで、いそうだ意味もなくロビーで待たされることになった。ほかにもそんな班はたくさんあって、お互い苦笑する。
ようやく女子3人──────伊勢谷と、芦刈、白砂が階段から駆けてくるのが見えて、軽く合図する。
「ごっめんっ!こいつがいきなり髪くくりなおすから─────────」
「ちゃっかり人に罪押し付けないでよ。自分だってとかしてたくせに」
「・・・・・・そんなことよりもうちょっと真面目に謝るべきだと思うよ」
勢いに任せて喋る伊勢谷と芦刈をなだめるように白砂が言う。2人にそう言った後、困ったようにこっちを見た。
「ごめん、2人が髪直してたのもあったけど、私がうっかりこの鞄下の方に詰めてたものだから──────」
その言葉を聞く途端に、尚平が吹きだす。
「瞬と一緒じゃねーか」
「今それぶり返すこともないだろーっ」
そんな2人をよそに、俺も白砂に向き直った。
「いや、全然大丈夫だから、本当。尚平の言った通りにこいつも一緒だし」
今まで喋ったこともなかったからか、今まで硬かった白砂の表情がここで初めて緩んだ。その顔がどことなく美湖に似ていて───────思わず、俺はここに美湖がいたらどうなったか考えてしまった。
「そんなことより、早く行こうー?」
白砂の肩から顔を出した伊勢谷の声で、美湖の事は頭の隅に寄せて──────決して、振り払ってはいない──────俺はうなずく。
「なつ達が言いあってるからじゃん」
と白砂が言うが、「だって心美が・・・・・・」と伊勢谷が口を尖らせた。
「なつ」というのが「伊勢谷 那月」のあだ名ということに気付くまで、少々時間がかかる。「心美」が「芦刈 心美」と気付くことも。そして、白砂の下の名前が「香澄」というのも、後々分かったことだ。
というわけで、ごちゃごちゃ言いながらも俺たちは出発した。
「えーっと、とりあえず近くからってことで嵐山回るか」
と、俺がつぶやきつつ、地図を睨む。ごちゃごちゃといろいろなことが書いてあって、日頃から地図と無縁な俺にとっては迷惑極まりない。
「もうちょっと分かりやすく書けっていうんだよなー」
と文句を言っていると、隣で白砂が笑った。
「どこ行く、私地図には強いんだ」
俺は少し迷ってから、最終的に瞬たちを頼ることにした。
「お前ら、最初どこいきたい?」
「清水寺ー」
「人力車ー」
瞬が言い、次に伊勢谷が言う。
「よし、じゃあ清水寺な。尚平たち、いい?あと人力車は高いから却下。6人って、3台頼まなきゃダメだし」
伊勢谷が頬を膨らませ、尚平と芦刈は賛成した。
たまに景色の写真を撮ったり、地元の人に6人でのを撮ってもらったりしながら清水寺まで歩くと、思いのほか時間がかかった。
入場料の300円を払って、中に入る。観光の季節だからか、外国人を含め人は多かった。
「ぁ、音羽の滝ってこれかな?」
芦刈が言う。
「手合わせたらいいことあんの?」
伊勢谷が首を傾げて、「やって損はないよね」と「黄金水」のところで手を合わせ始めた。
「俺、延命水ね」
尚平と瞬がそこに行って、俺も延命水で合掌する。
「私は・・・・・・黄金水でいいか」
白砂と芦刈もそう言って、最終的には男子が延命、女子が黄金となった。
あとは、寺の写真を撮ったりして、時間を潰し、混雑時は2時間で退場とのことだったので2時間後に、俺たちは清水寺から金閣寺に移動した。
「わぁ、教科書通りにキラキラじゃん」
尚平が声を上げる。
「やるな、足利義満」
俺もつぶやいた。でも、価値的には銀閣寺の方が上らしい。先生の話によれば、金閣寺は足利義満が立ててから一度燃えて建て直したらしいが、銀閣寺は建設当時からそのまま────だとかなんとか。
ここも、写真に撮っておくことにした。もうすぐやってくるその日まで、きっちり絵を完成させておくのだ。
次にお土産屋を回りつつ、抹茶アイスを買い、渡月橋を渡って・・・・・・などとやっていると時間はあっという間に来た。
旅館に戻り、すぐに夕食の時間になる。大広間で班ごとに固まり、見たこともないような豪勢な食事に息を呑んだ。海老の殻を剥くのに少々手間取って、瞬に馬鹿にされ、それに対して豆腐相手に焦った顔をするところを馬鹿にしてやった。
次に風呂に入って、浴衣に着替える。
「俺さぁ、浴衣とか人生初なんだけど」
と瞬と尚平に言うと、「俺も」と2人とも意見が一致した。
「家族とどっか行った時も、いつもホテルだもんな。あの料理とか、本当ビックリしたし」
尚平が言う。
「・・・・・・でも、あんなのいくら取られるんだろ」
ボソッと瞬がつぶやいた。
「そんな、金のことなんか気にするなよ」
俺の指摘にうなずくが、瞬は「海老とかさぁ」ともう一度つぶやいていた。
風呂のあとは、男子部屋に集まっての「反省タイム」がある。俺たち3人の部屋に、女子3人が集まってきて、反省と言いつつの雑談が始まった・・・・・・気がしていた。
「私さぁ・・・・・・財布落としたみたいで」
白砂の言葉に、伊勢谷と芦刈はため息、俺たちは声を上げる。どうやら、女子の2人は予め聞かされていたらしい。
「財布って・・・・・・え、まじで財布?」
俺の言葉に、白砂がうなずく。もう泣き顔寸前だ。
「探しに、行ってくれないかなとか言ってみたりして」
伊勢谷が困ったようにこちらを見てきた。
「俺は、別にいいけど、先生の許可とかもらえんのかな」
瞬が言う。
「・・・・・・無理だろ。じゃあ、もう夜中くらいしか」
尚平も言うが、俺は首を傾げた。
「夜中でも、徹夜しようとか言う奴はいっぱいいるだろうし、先生も寝てるかどうか・・・・・・」
しばらく全員が考え込んだが、俺は頭を上げる。
「まぁ、いいか。5時くらいまでに帰ってこれば大丈夫だよな、多分。じゃあ夜の1時に、着替えて・・・・・・どこにする」
その言葉に、女子3人の表情が明るくなった。
「じゃあ、私たちここに来るよ。いいよね、別に?」
芦刈が言って、あとの2人がうなずく。白砂の申し訳なさそうな顔は言うまでもない。
「ごめんね、本当に」
俺たちは首を振った。
「気付かなかった俺らも悪いし。全然気にすんなよ」
俺が言い、瞬と尚平もうなずく。
そうして、1時がやってきた。