第17章
そのあと、俺は再び孤独になった。
美湖が完全に見えなくなった直後に、あの気持ちを思い出して、なぜ言わなかったと自分を罵る。
うわぁ──────美湖が死んだ時、あれほどに後悔したくせに、その過ちをもう一度繰り返すなど馬鹿もいいところである。
そうしてしばらく沈んだ後、美湖の台詞を思い出した。
──────『また来年ね』
美湖はそう言ったのだ。ということは、美湖は再び俺の前に現れる。きっと、来年の今日に。
なら──────
「また、来年言えばいいんだろ」
そうつぶやくと、なんとなく安心した。
次の日の学校は、久しぶりに真面目にノートを書いた。しかし、授業の内容がほとんど分からなかったというのは言うまでもない。高校の受験勉強はちゃんとしていたものの、入学してからほとんど授業を聞いていなかったからだ。
ノートの飛んでいた長い長い分は、仕方がない、瞬にでも見せてもらおう。
もう前向きになれたせいで、部活はどうしようとか、友達は瞬だけじゃないかなどという心配点が新たに浮かんできたのだが、その点もどうやら大丈夫らしかった。
授業が全部終わると、瞬が俺を引っ張って美術室に行く。部活に行くんだと言う事はもちろん分かったが、なぜ今更俺を連れていくのかが分からなかった。
「先輩、みんな、こいつが光です」
瞬の言葉に、絵に没頭していた部員の人が一斉に顔を上げて、こちらを向いた。俺は俺で、「こいつが」の意味が分からずに怪訝な顔をしていた・・・・・・と思う。
「あぁ、色鉛筆のめっちゃ絵上手い人?」
1人が言うと、みんなが「あぁ、あの」と言う風にうなずいた。
「あのって、どの?」
と、挨拶も飛ばして聞いた俺に先輩・・・・・・だと思う、その人が笑って答える。
「瞬君から、話聞いてたから」
「話?」
またも聞き返す俺に、今度は恐らく同学年の人が言った。
「下描きからものすごく細かくて、色塗るときも色鉛筆で丁寧にやっていって、出来あがりがものすごく綺麗で上手くて、だったかな?」
決まり悪くなって、俺は顔を赤らめてうつむいた。そんな、大袈裟な。
「いや、そんなにそこまででも・・・・・・ないですから、本当」
瞬を密かに恨みつつ、俺は言う。
「で──────今日部室に来てくれたってことは、入部してくれるのかな」
いきなりの話に驚いて、思わず瞬を振り返るとニッと笑って言った。
「俺はそのつもりで、連れてきましたけど」
でも、今見る限りでもほかの人のが中学とは格違いに上手くて、「途中入部」は難しそうに見える。
「追いつけるの・・・・・・かなぁ」
とつぶやくと、「大丈夫!」と瞬が俺の背中を叩いた。
「俺より上手いから大丈夫っ」
何を根拠に言っているのかは分からないが、瞬の顔は自信に満ちている。
「瞬君が言うなら、いけると思うよ。美術部の中でもかなり上手い方に入ってると思うから」
さっきの先輩が言って、また別の人も口を開いた。
「とりあえず、簡単に描いてもらったらいいんじゃないの?」
確かに、とみんなが口ぐちに言い、花の花瓶を前に鉛筆を持たされた。
「本当に1年くらい、描いてないから・・・・・・」
とつぶやきつつスケッチブックに向かう。美湖のことは言いふらすことでもない、というか非現実すぎて言えないので、これが1年振りの絵、ということにしておいた。
人に見られると描きにくいだろう、ということで俺が描いてる間は、みんな自分の絵に戻っておいてくれる。そんな気遣いはさすがだと思った。
しばらく経って、色塗りも含めて完成した。それを言うと、全員が俺の前に集まってきて口ぐちに激賞。俺の有無を問わず、入部が決定した。「有無を問わず」と言っても、聞かれたとすれば俺の答えはもちろん「Yes」だ。なんとか追いつけてるらしいことも分かったし、先輩も同級生も含め、俺を歓迎してくれていた。
これももちろん、瞬が前々から俺のことを話してくれていたおかげだ。こういうときは、本当にいい奴だと思う。
友達と言う面でも大丈夫だった。瞬とクラスは違ったものの、美術部の尚平が自分の友達たちに紹介してくれたので、もう既に「友達グループ」が出来た中でも、俺はやっと「新しい友達」を作ることが出来たのだ。
────────────こうして俺はいろんな人のおかげで、中学の時のような、楽しい日々を取り戻すことが出来たのだ。