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エンジェル・ペイント  作者: 沙夜菜
■Go together sometime
17/25

第16章

それからは、どう日々が過ぎていったのかは分からない。

 ただ起きて、ごはんを食べて、学校に行き、授業の内容は頭を素通りして、部活には行かず、家に帰り、絵は描かず、またごはんを食べ、風呂に入り、寝る。

 それの繰り返しで、かれこれ1ヶ月過ぎた・・・・・・らしい。俺がめくらなかったので、母さんが毎月めくってくれていたカレンダーが正しければ、の話である。

 そして、それを約210回ほど繰り返して、1年が過ぎた。

なんだなんだで高校生になっている。瞬とは、同じ学校だ。

 1年間、まるっきり絵は描いていない。描く気になれなかった。描いても、喜んでくれる人がいない。

─────美湖と出会う前は、そんな人などいなかったわけだが─────

 そんな矢先に、事は起こった。


─────・・・・・・う

  光。光ってば。

 雨上がりの夜中に、そんな声が聞こえた。母さんか?だとすればなんだ。

「何ーっ?」

後々思い返せばかなり不機嫌な声で俺は聞き返した。

『そんな嫌な声しなくても。せっかく来たのに』

 どこかで聞いたことがある声がする。夢の中か。1年経って今さら、こんな夢を見るようになるとは一体何──────────

『夢じゃないよ、残念だけど』

 いたずらっぽいあの声が、また聞こえる。夢じゃないと言った。じゃあ違うのか。

『ほっぺたつねってあげたいけど、ごめんね、出来ないんだ』

さっきの声からは打って変わって、遠慮がちな、出会った頃の声になる。

「────────美湖?」

 囁くようにつぶやくと、笑った気配がした。

『やっと気付いた?』

なんとか目を開けてみる。俺の顔を覗き込む、あの頃のように笑った顔が見えた。

 上半身も起こした。

「美湖。─────本当に美湖?」

と尋ねると、何度言ったらわかるの、とまた笑う。

『本当に美湖。』

「でも・・・・・・なんで」

1人でつぶやいたつもりだったが、聞こえたらしい。

『心残りがあって成仏出来なかった・・・・・・とか言ったら怖い話みたいだけど。要約すれば、そんなとこだと思うよ』

 心残り?何が、なんで。

『光の絵、見に来て。いきなり死んだから、本当にびっくりした』

俺の、絵──────そういえば、絵が好きだった。色鉛筆で描いていたんだな。ここ1年描いていないから、今となっては同じように描けるかも分からない。

 黙っていた俺に、美湖は心配そうに聞いてきた。

『絵・・・・・・ある?』

「・・・・・・ない」

どんな顔をするかと美湖の顔を見上げると、見たこともないほどの悲しそうな顔をしている。

「ごめん、どうしても、描く気になれなくて。1年近く描いてないから、今ちゃんと描けるかも分かんないし」

『描いてよ。描いてたら、また前みたいに描けるって』

 しばらく俺は考え込んだ。そりゃ、描いてたらまた調子だって戻ってくるはずだ。

でも───何を描くんだ。前は何を描いていた。

『あの池行こう。いっつも、あの池描いてたし。今から、一緒に。明け方まではまだ3時間くらいあるから、大丈夫』

「明け方?」

と俺が聞き返すと、美湖が肩をすくめる。

『明け方の5時までには、帰んなきゃ消えちゃう』

消えちゃう──────つまり、永遠にこの世にあらわれることはないわけだ。

「行こう、じゃあ。ちょっと待ってて、着替えるから」

 前のように一番上にあった服をひっつかんで、さっさと着替える。

スケッチブックと鉛筆───これを出すのも1年ぶりなわけで、薄くホコリがつもっていた───をかばんに入れて、美湖とともに家を出た。もちろん、親を起こさないようにかなり注意して、だ。

 外には誰もいなくて、静かな町を俺は自転車で、美湖は「飛んで」行く。

 あの頃のように、公園を抜けて、木の並木を抜け、さらに奥の森へ入って─────

記憶の中と同じ、でもかなり久しぶりな、青緑に澄んだ綺麗なあの池があった。

『やっぱり、ここはいつ見ても綺麗』

 俺より先に立って、振り返って美湖が言う。美湖の体が透けて、その向こうに水が見えた。

「どこで描く」

池の周りを歩きつつ、俺は聞く。

『光が好きなとこ。今は月が出てるから、いつも来てた昼間よりいいかもよ』

 好きなとこ。好きなとこって、どこ。

分からなかったので、今立っていたところ────露の上に腰を下ろした。

 かばんからスケッチブックと鉛筆を出して、描き始める。やっぱり上手く出来ずに、それでも根気よく続けていくと、少しずつ・・・・・・本当に少しずつ、描いてる本人にしか分からないほどだが、調子が戻ってきた、気がした。

『描けてるよ。最初に描いたところ辺りは前と比べるとアレだけど、今のところは全然、前通りに上手いし』

「描いてる本人にしか分からない」と思ったが、美湖には分かったらしい。

 そのままぽつぽつ言葉を交わしつつ1時間ほどが過ぎ、下書きが完成した。

「じゃあ色は明日・・・・・・」

と言った俺に、美湖はすがるような目で言う。

『今夜帰ったら、もう来年まで来れないから・・・・・・出来たら5時までに、完成しないかな』

腕時計をみると、3時くらいだ。あと2時間。いつも────と言えないことが今となって悲しくなる────よりかは雑になるかもしれないが、完成は可能だろう。

「多分・・・・・・出来るかな。いつもより適当でも文句言うなよ」

さっきの、「描いてる本人にしか分からない」ものが分かった美湖だ、どうせ「少し雑」も見抜くだろうから、予め言っておく。

 美湖はうなずいて、じゃあ帰ろう、と笑った。

 来る時と同じように、自転車と「飛ぶ」のとで、家に戻る。

 使い古しのTシャツなど、いろいろと使って色を塗っていった。少し雑になると思ったが、案外普通に出来た。

『なんだ、いつも通り上手いよ』

と美湖は笑って、その笑顔に影が差す。

『もう、帰んないと。また来年ね』

 まるで夏休みの親戚同士だ。でも、あくまでも美湖は友達なわけで────

 美湖の顔が、何か言いたげになったがその表情がすぐに消え、困ったような笑顔で『じゃあね』

と言う。瞬く間に美湖の足から薄くなり─────やがて、光のきらめきだけになって消えた。

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