第15章
「南無佛陀耶.....」
さっきからずっと、お坊さんがお経を唱えていた。
身内と、俺と瞬だけとあって、そんなに大人数でもない。すすり泣いている人もいるが、こんなところで涙は出てこなかった。ただ数珠を持って合掌しているだけ。美湖は隣にはいなかった。美湖は、前の方にいた。写真の中で小さく微笑んでいる美湖が、もう二度と俺の隣に来ることはない。
それが信じられなくて、だから涙も出てこないんだと思う。
だって。
現実感がなさすぎる。病院ではあの音が俺に現実を突きつけてきたが、今は何。お経は祖父の法事などで聞いたことあるものだし(種類が違うとかなんとかは知らない)周りの人がいくら泣いても、そんな人の死が分かるようなものでもない。
周りはみんな黒いスーツなどで、制服の俺たちは明らかに浮いていた。同系色とはいえ、やはり黒と紺は違う。浮いていたので、後ろの隅っこに座っていた。来てくれた方が多分美湖も喜ぶ、と呼ばれたとはいえ、身内の中に「友達」であるだけの遠慮もそれを手伝っていた。
お経が終わって、身内の焼香が始まる。身内もそうたくさんはいないので、すぐに俺たちの「参列者の焼香」も回ってきた。
それも終わると、お坊さんが会場─────といっていいものかは分からないが─────から出て行った。
次に、「喪主」である美湖のお父さんの挨拶があり、それも終わると「通夜ぶるまい」が始まる。
みんなで食事をするわけだが、これで緊張しないわけがない。箸を伸ばすことさえもおっくうで、ずっと机の隅っこで瞬ともぞもぞしていた。そんな俺たちに気付いてくれた美湖のお母さんが、隣に来て話しかけてくれた。
「美湖、ここに引っ越してきてから本当に学校が楽しくなったみたいだった。前の学校では、友達も少なくて内気だったんだけどね。見て分かるほどに、明るくなってたんだけど────全部、光君と瞬君のおかげだと思う。ありがとう」
その言葉に、あわてて俺たちは首を横に振る。
「そんな、全然。明るくなったのは美湖自身で、そんな俺たちのおかげとか全然、うん、そんなんじゃなくて」
グダグダになったが、美湖のお母さんは美湖そっくりの顔で微笑んで続けた。
「いつも2人とも、絵がものすごく上手いって聞いてて。文化祭で見たけど、美湖の言うとおりね。学年での絵の中でも引き立ってたし、美術の中でさえもすごかったもの」
ここまで言って、表情が寂しそうな顔に変わる。
「そんな硬くならなくていいわよ」
と言い残して、美湖のお母さんは別のところに行ってしまった。その目の端には、光る何かが見えた気がした。
1時間ほど経ったか分からないが、お開きの前に俺たちは帰らせてもらう事にした。ほかの家族が1組、帰ったと言う事もある。そんな長々と居座っても迷惑だろう。
「今日はわざわざ、ありがとう」
出際に言われて、俺たちはまた首を振った。
「こちらこそ、ご家族だけだったのに失礼しました」
と言って、家へと帰る。
「光」
別れ際、瞬が声をかけてきた。振り返ると、続ける。
「そんなへこむなよ。悲しいのは、分かるけど。俺だって悲しいけど、今朝言った通りに」
その言葉に、俺はうなずいた・・・・・・つもり。実際うなずけてたかは分からない。
瞬が手を振って、俺も振り返す。
そのまま家に走って帰って────
そのあとの記憶はないが、朝に見た顔からすると多分、今夜も泣きはらしたんだと思う。